第8話 揺れる昼休み

  体育の授業は、男子がいる二クラス合同で行われた。といっても、全部で四人だけ。

 女子たちは体育館でバスケらしいが、男子は剣道場に集合となっていた。


 剣道場に向かう途中、湊は隣を歩く葵に声をかけた。


「体育の先生、村尾先生で良かったね」

「うん。あの人なら変に気を使わなくて済みそう」


 村尾先生はバレー部の顧問でもあり、男子を毛嫌いする教師が多いこの学校では珍しく、誰にでも分け隔てなく接する明るいタイプだった。

 ただ、脳筋で何も考えていないだけかもしれないけど、それでもありがたい存在だった。


 剣道場に入り、準備体操を終えたところで、ジャージ姿の村尾先生が現れた。

 男子四人が整列すると、先生は少し困ったように頭をかいた。


「えー、みんな聞いてくれ。来月の体育会で、男子は——チアダンスを披露することになった」

「えっ!? チア……ですか!?」


 湊が思わず声を上げると、先生は湊の肩をポンポンと叩いた。


「私も、男子にチアダンスなんて最初は冗談かと思ったけどな。職員会議で男女平等の象徴とか言い出してさ。ま、決まっちまったもんは仕方ない」


 そう言いながら、先生はプリントを取り出した。


「これが衣装のデザイン案だ。学校が用意してくれるそうだぞ」


 全員が身を乗り出して覗き込む。

 そこにはノースリーブのトップスに、ミニ丈のプリーツスカート。

 湊は思わず顔をしかめた。だが、他の男子三人は違った。


「かわいくない? こういうの着てみたかったんだよね!」

「ほんと、今から楽しみ!」


 妙にテンションが高い。恥ずかしい衣装で大衆の前に立たせて辱める狙いがあったのかもしれないが、「女の子になりたい」と転校してきた彼らにとっては、むしろ願ったりかなったりなのだろう。


 ひとり浮いたように立ち尽くす湊の肩を、村尾先生が軽く叩いた。


「まあ、決まったことだ。恥かかないように練習するしかないぞ」

「……はい」


 観念したように返事をすると、村尾先生は笛を鳴らした。


「まずはアームモーションからいくぞ。リズムを感じて、手足をしっかり伸ばせ!」


 湊はぎこちなく腕を動かしつつ、ふと思った。

 ——本当に俺、どこまで女の子としてやっていくんだろう。


◇ ◇ ◇


 体育が終わると昼休みになり、いつもの四人でテーブルを囲んだ。

 湊がお弁当箱を開いた瞬間、舞がニヤニヤして身を乗り出す。


「聞いたよ〜。体育会で男子チアダンス踊るんだって?」


 舞は大きなおにぎりを頬張り、面白くて仕方ないという顔だ。


「うん、衣装も見たよ。すっごく可愛かった!」


 葵は箸を置き、両手で頬を押さえて夢見るような笑顔を浮かべる。

 すると舞が、例の遠慮ゼロの質問をぶつけた。


「衣装、すごく可愛かったよ。着るの楽しみ」

「葵ちゃん、本当に女の子なんだね。いつから?」


 舞の遠慮ゼロの質問にも、葵は淡々と答えた。


「小学生のときかな。姉のスカートをこっそり着たのが最初。中学で親にバレて家族会議になっちゃったけど……そこからは家ではずっと女の子で、高校は長髪OKのところを選んだの。この学校の編入試験を知って、思い切って受けたんだ」


 葵の過去のことは初めて知った。女の子になろうとする覚悟の違いに、感銘を受けた。


「じゃあ湊ちゃんは?」


 舞の矛先が自分に向く。


「私は……高校入ってからかな。文化祭で女装したら、似合うって言われて……。どうせ女子にモテないし、だったら可愛いほうが得かなって」


 美羽が「アニキは女の子になりたかったんだよ!」と吹聴したせいで、湊はその場しのぎの設定を口にする。女装歴の浅さを誤魔化すには丁度いい。

 舞には予想外の答えだったみたいで、さらに質問を重ねた。


「じゃあ、好きになるのは女子?」

「うん」


 これは設定上仕方ない。男子が好きなんて言ったら、推しとか聞かれるし……それも困る。

 これ以上追及してほしくない湊を舞は冷やかす。


「ってことは、ここは天国じゃん?」

「いや、スカート履いた男子なんてモテないだろ」

「まあね〜」


 舞は豪快に笑うと、今度は葵に振る。


「私は女子でも男子でも関係ないかな。好きな人は性別に関係なく好きって感じ。じゃあ舞は?」


 負けじと葵も舞に話題を振った。


「男子。……っていうか恋愛めんどくさい。ほら、彼氏できたらダイエットとかさ〜」


 言い終わると、舞はミニハンバーグにガブッと噛みついた。たしかに、こんな姿は彼氏には見せられない。説得力がすごい。


 そして舞は、おかずを飲み込む勢いで、いきなり話題を変えた。


「で、紗耶は? 好きな人いるの?」

「げほっ……!? な、何で私!?」


 紗耶は盛大にむせた。普段の冷静さがどこかへ消えている。


「紗耶って、こんなに可愛いのに全然浮いた話ないじゃん」

「女子高だからよ! 恋愛なんて今は考えてないし……!」


 耳まで赤い紗耶を見て、舞は満足そうに笑った。


「はいはい、追及はここまで。じゃさ——」


 舞は空気を切り替えるように身を乗り出した。


「今週の土曜日、バレー部休みでしょ? みんなでカラオケ行かない?」

「えっ、いいんですか?」


 葵がぱっと顔を輝かせる。

 その様子を見て、湊も自然と笑ってしまった。


「もちろん。二人の私服も見てみたいし。ね、紗耶も来るよね?」

「……みんなが行くなら、私も行くわよ」


 さっきの動揺が嘘のように、紗耶は落ち着いた声で答えた。

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