第6話 この日、僕は戦いへの一歩を踏み出した

 鴉羽さんの言葉に驚いたままの芹沢さん。

 僕の方も、何のことかわからず言葉が出ない。

 僕が知っていることといえば、祖父母の家が政治的な力を持っているらしいことぐらいだ。

 

「……もっとも、彼自身には血のつながりが無い。養子ということだ」

「ええ、僕もそう聞いています」

「なるほど、では血統では無いと……いや、でも、偶然? 養子に入るときに確かめなかったんですか?」

「落ち着け……まずは説明だ。立原くん、いや壮真くんでいいかな? 先ほど芹沢が言った要石を覚えているか?」


 奥で芹沢さんがなんやら指を振りながら考えに没頭しているようだが、それを無視して鴉羽さんが僕に問う。

 

「え……ええ。防壁を作る魔法の道具で、防衛隊が守っている、でしたよね」

「そう、そしてこれは500年前からだ。その間ずっと要石が存在し、それぞれの要石を防衛隊が守っている。500年だ。彼らは家族を増やし、一族として代々その役目を果たしている――」


 鴉羽さんが言葉を区切る。

 

「――支族十二家。日本の防壁を保つ大要石おおかなめいしを代々守る家だ。それぞれが一地方を守っている。ところで、壮真くんは『龍崎」という名前に聞き覚えはあるか?」

「なんかいろいろやってる財団? でしたっけ……海外援助とか研究とか……」

「そうだな。あとは鷺沼、鷲津、虎ノ瀬、鹿倉……あとは携帯電話の猿渡などが有名か。今挙げたようなのが十二家に属している。そして立原は龍崎の分家だ」

「……初めて知りました」


 偉そうな祖父だと思っていたけど、実際に偉いのか……

 

「このように、それぞれが大要石を守るために表の顔を持ち、そこで得られた財を使って戦っている。その意味で彼ら十二家は日本の守りに多大な貢献をしていて、事情を知るものは敬意を払っている……」


 そこで芹沢が口を挟む。


「まあ、その分だけ偉そうですけどね」

「……うん……まあそういう一面もあるが……話を戻そう。彼らが大要石を守っているおかげで、概ね日本の防壁は問題無い。侵略者が表層世界に現れることはないんだが、中には防壁そのものを揺らがす侵略者もいる」

「それは……強いから?」

「そうとは限らん。大要石の防壁も一様ではなく、強い部分と弱い部分がある。そして弱い部分はちょっとした干渉で揺れ動いてしまう。その場合は表層世界に何らかの影響がある。例えば……」

「街灯が折れたり、ですか……」

「そうだ。今回は幸いといっていいのか、人的被害は君だけだったが、中には死傷者が出ることもある。そして十二家はそうした被害に手が回らないのだ。余計な戦力があれば大要石の防衛に回すからな」


 たとえそのような事件が起きたとしても、大要石の、防壁自体の維持の方が重要なのだろう。

 そのことは理解出来る。

 鴉羽さんは続ける。

 

「そして、十二家が動けない防壁を通した攻撃、これを我々はリフトと呼んでいるが、それに対処する日本政府の機関が我々SORA、Special Operations for Rift Affairs という組織だ」

「たしか国の書類では『異界亀裂事象特別管制室』でしたか? まあ、略称の語感を優先した感がありますよねえ。あ、個人的には結構良い名前だと思いますよ」


 芹沢さんの言葉に鴉羽さんも大きくうなづく。


「普段はSORAとしか言わんし、事情を知らん者ならどこかのNPOかベンチャー企業にしか思えない名前だからな。その点は秘密保持にも有効だ。で、問題は我々と十二家の関係なのだ」

「悪いんですか?」

「悪くは……ない。相互に補完する関係だ。だが、特定の領域においては競合する関係にある……」

「真世界の資源なんかはひどいですよ。ほとんどが十二家に押さえられて、こっちには残りかすしか回ってこない。そもそも向こうが協力的だったらピアサーだって……」

「落ち着け。確かに、機材開発の素材が回ってこないのも問題だ。だが、最も問題なのは、人材部門なのだ」


 ありがちな話だ。

 僕は高校入学時にスポーツ万能で有名な同級生が、いろんな部活に熱心な勧誘を受けているのを後ろの席から見ていたことがある。

 それこそ野球、サッカー、バスケット、柔道など、普通は全然選手層がかぶって無さそうな部活がいつもその同級生の周りに群がっていたのだ。

 

 最終的に彼は自分で選んだ水泳部に入部したが、すでに何度も高校記録を塗り替えているらしい。

 すごい人はいるところにはいるもんだ、と思ったものだ。

 

「あの……根本的な事ですが、どっちが強いんですか?」

「正直に言おう。圧倒的に十二家が強い。立場も、戦力も、そして予算もな。だから私のような支部長は何度も部下を十二家から引き抜かれ、苦労しているのだ。だから、壮真くん。怪我が治ったらSORAで働いてみないか?」

「僕が? もしかして……戦う方で、ですか?」


 思わず起き上がってしまった。

 頭痛はいつの間にか引いており、やっと部屋の様子がわかる。

 僕の部屋の倍ぐらいの部屋で、他にもベッドがあり、病院の相部屋みたいな構造だ。

 

 だけど、壁や天井の雰囲気は病院のそれとは違う。

 なんと言えば良いのか……そう、ハイテク研究所みたいだ、と僕は思った。


「大丈夫か? ……うん、ならいい。その通り。自力で真世界に移動できるほどの才能は、真世界でこそ輝く。ああ、安心しろ。学校を辞めろとかそう言うのでは無い。そう……バイトだ。それも今より断然稼げる」


 稼げる。

 僕はこの言葉に弱い。

 なんせ常に時給と働ける時間、疲労具合などを勘案して効率の良い稼ぎを考えているからだ。

 

 逆に無策で適当なバイトを続けてしまっては、今の苦境を乗り切れない。

 その意味で、夕方のコンビニを週3回、余裕があれば引っ越し屋という今の状況は、ギリギリを狙った現在の最適解なのだ。

 あ、でも……

 

「それって危ないですよね? 怪我したりとか……」


 僕は頭に手をやる。

 ガーゼが当てられ、ネットで保持されているのが手触りでわかる。

 

「確かに、だが……」

「全然大丈夫だよ。センサーも武器も無い状態じゃ一流のリフターでもどうしようも無いさ。武器、防具、そのた十分な支援装備が支給されるんだから、心配いらないんじゃないかな?」

「お前は……まあいい、私は立場上そんなに楽観的な保証はできない。だが、ドクターの、芹沢の言ったとおりに、戦うための装備を支給する。また、希望があれば訓練なども支部内で行っている」


 なるほど、責任者という立場でいい加減な事は言えない、か。

 じゃあ、嘘はつかないだろう。だったら……

 

「死者、負傷者はどれぐらいの割合で出ますか?」


 あまりに直接的な質問に、さすがにすぐには答えが返らない。

 だが、鴉羽さんは言葉を選んで話し出した。

 

「0……とは言えない。殉職者もいる。過去の統計でいうと……時代によっても違う。昔より装備は整ってきて死亡率は下がっている。そうだな……ここ10年で言うと、SORAの全支部を併せて年間5人。業務を続けられなくなるほどの重傷が同じく5人、というところだ」


 少ない……のか?

 いや、そもそもの全体数が問題だ。


「戦う人って、何人ぐらい居るんですか?」

「全国でおよそ4000人。ただ出撃回数には個人差がある。当然出撃が多いほど負傷する率は高い。だから学生アルバイトと考えると、もう少し率は下がるはずだ」


 4000分の5。

 パーセンテージにすれば0.125%か……

 普通のバイトに比べれば高い。

 多分、警察と比べても高い。

 

 だけど、この率なら立ち回り次第、という印象だ。

 

「さらに新しい試みとして、今年度からなるべくチームを組んで活動する事を推奨している。今のところ効果はあって、死傷者はもう一段減る見込みだ」

「まあ、嫌がるリフターは多いけどね。元々一匹狼が多いんだよね、彼らってさ」


 なるほど、単独だったら死んでいても複数なら助かることもあるのか……

 

「そのチームって僕でも組んでもらえるんですか?」

「心配いらない。元々新人が一定期間他の者について、見習いとなる仕組みは前からあるのだ。今言ったのは単独で活動してるベテラン同士でチームを組む話だから、まだ先のことだ」


 そこで言葉を区切って鴉羽さんは沈黙を保つ。

 空気を読んだのか芹沢さんもなんかそわそわしながら立っている。

 僕の返事を待っている、ということなんだろう。

 

 そうだな……

 

「わかりました。やります」


 こうして、僕は戦いの最初の一歩を踏み出したのだ。

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