Rappel

8-1.

 公演後。

 生徒たちは舞台を降りて、保護者たちと涙の抱擁を交わすのだが。


 そのなかで紀平吉良は降りる暇もなく、衣装のままメイクもそのまま、

 大量の関係者に囲まれ、名刺攻めにあっていた。


 いつだったか同級生に囲まれて、


『演技のあとは汗臭いからやめてほしい』


 などと言っていた彼女。

 今日もやはり困り顔、タオルで首筋を拭いている。


 私は両親が大物なだけに、『話は実家を通してください』状態。

 トップであるしお誘いの声も多くあったが、無礼に当たるような囲い込みはされなかった。


 だから私がのんびり紀平吉良の様子を眺めていると、


 そのうち先生がやってきて、業界人たちを遠ざける。


 そこまでしてようやく、両親が彼女の元にたどり着く。

 優しそうな、まさに紀平吉良をはぐくみそうなご両親。


 彼女たちはしばし歓談したあと、割とすぐに別れた。

 仕方ない。私たちはこれから撤収作業があるのだ。


 再度近寄ろうとする業界人たちを教師陣が牽制するなか、



「透子ちゃーん!!」



 紀平吉良はこちらに向かって大きく手を振り、小走りに駆け寄ってくる。

 私はそれに、



 利き手は三角巾で吊っているので、左手を振って答えた。











 少し話を戻そう。

 具体的には、卒業公演が始まるまでの日々に。



 言うまでもないと思うが、私はまずオーディションには受かった。

 主人公の座へ収まるのに、障壁となる存在は一切いなかった。


 こんなものは当然である。

 予定調和、のうちにも入らない。

 だからこそ、


 私の紀平吉良召喚計画は、ここからが大事だった。



 舞台を降りた彼女を引っ張り出す方法は一つ。



 三年生学期末公演の再現である。



 あの時は藤田さんがケガで急遽出演できなくり、代わりに紀平吉良が舞台に立った。



 ならば今回も誰かが

 私の相手役となるはずの子が出演できなくなれば



 あまり早くてはいけない。

 演者に役が固定するまで待たなければ、そちらのなかから代役が立てられるだろう。

 彼女が舞台に立つとしても、玉突きで空いた端役になってしまう。


 どうしても『紀平吉良としかトレードが効かない』状況に持ち込まなければならない。


 だから私は虎視眈々と待ち続けた。

 前回は公演まで一ヶ月というところだった。

 紀平吉良なら、それだけあればだろう。

 事実、彼女はそれでやってのけた。


 だから私は待ち続けた。

 かわいそうな相手役と稽古を重ねながら。

 藤田さんすら抜けた今、飢えた心に紀平吉良を過剰摂取してしまったあとで。

 また一からコンビネーションを重ねなおす日々を耐えながら。


 私はずっと待ち続けた。

 のんきに今度こそは照明にいそしもうという紀平吉良を見つめながら。

『逃がさない』と舌舐めずりしながら。


 さしずめ私は悪魔だった。

 それもソロモン72柱にいるような、話が通じる部類ではない。

 どの宗教のどの神話でも純粋悪として恐れられるような、最低の部類の。



 遠足の日は、待つと遠くなるように感じるもの。


 私もずいぶん待たされ焦らされたものだが。






 ある日、そのチャンスが巡ってきた。


 卒業公演まで残り一ヶ月というころ。

 選択科目の移動教室が終わり、教室へ戻るべく階段を降りていると



 少し先に相手役の子を見つけた。


 絶好のシチュエーションである。



 あとは急いでぶつかったフリでもして背中を押せば!



 肩とつま先に力が入り、ズンズン踏み出した私だが。



 ここまでずっと悪魔的思考をしている人間のクズでも。

 そもそも根っこは、ただ傲慢で舞台に情熱的なだけの少女なのだ。



 だからといって、よりにもよって。

 彼女の背中まであと数歩のところで。


 神は私の悪魔崇拝を解いた。


 瞬間足が止まり、汗が噴き出す。

 頭の中で声が渦巻く。



 本当にそんなことをしていいのか?


 あの子も自分に次いで相手役を勝ち取った、才能ある少女。

 この日までずっと努力してきた少女。

 きっと卒業公演に、そこで開ける道に懸けているものがあるはず。


 それを踏みにじっていいのか?


 奪って、しかも私のためだけに、それを欲してもいない者に投げ与えていいのか?


 いや、そもそも下手したら、相手は死んでしまうんじゃないのか?



 奥歯に過剰な圧が掛かる。

 しかし、しかしそうしないと、紀平吉良が。



 紀平吉良!!





 あぁ。

 思いは天に通ず、とは、よく言ったものである。


 私は今まで、思いではなく努力で、天ではなく目の前の道を押し通ってきた。

 だからそんな文言、くだらない慣用句とばかり思っていた。


 だが、

 それは最悪のかたちで現実のものとなる。

 あるいは天罰というものかもしれない。


 葛藤しつつも、震える体で相手の背中へ小走りに近寄ったそのとき


 心の中で彼女の名前を叫んだそのとき




「あ、透子ちゃん。おーい!」




 呼ばれて飛び出たように。

 私とは別の選択科目から戻ってきたのだろう。



 階下に、手を振る紀平吉良の姿を見つけて



 あ、だめ。




 こんなところ、あの子に見られたくない。




 急ブレーキで足がもつれた私は、




 階段から転げ落ちた。











 結果、私は右腕を骨折し

 吊っておかなければならないために、卒業公演へは出られなくなり



 計画とは違い、私が勝ち取った主役に

 計画どおり、紀平吉良が代わりに入った。



 そして私は、照明係の席に座った。

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