学校一の美人から、放課後謎解きをさせられている件について

真白 悠月

前編

 図書室で今日の課題を終え、図書委員兼クラスメイトの青野さんにさよならを告げると、俺は急いで自分の教室まで走った。

 待ち合わせ場所である二年一組の教室の前にたどり着いた時、右手に着けた腕時計は、約束の五時まであと二分あることを示していた。


 少し乱れた呼吸を整えつつ、教室の後方の扉を開けると、待ち合わせの人物ーー白瀬香澄しろせかすみが、窓際の一番後ろの自分の席に座っていた。

 白瀬は俺が教室に入ってきたことに気付くと、開口一番


「あら、走ってきてくれたの?そんなに私に会いたかった?」


 と笑顔でそんな軽口を叩いてきた。


「抜かせ、二時間前まで一緒に授業受けてただろ」


 後ろ手で扉を閉めながら、ぶっきらぼうにそう答えた。


「あら、黒瀬くん、照れ隠し?照れ隠しならもう少し上手く隠してほしいわね」

「いや、俺は別に自分の照れを隠したい訳じゃないし、だい――」

「大好き?」

「だ・い・い・ち照れてませんて言おうとしたんですー!大好きなんかじゃありませんー!」

「なるほど、これがホントの照れ隠しってやつね」

「人の話を聞きやがれ!!」


 このやろう、俺とまともに会話する気あんのか!


 不満を心の中で呟きつつ、白瀬の前の席にドカッと腰を下ろす。

 ちなみにここは隠さないが、白瀬の前の席が俺の席なのだ。


「で、今日はどうする?俺の方は特に何もないから、白瀬もないんだったら今日はこれでお開きだな」


 話を先に進めようと、俺から話を切り出した。


「そんなに焦らなくてもいいじゃない。放課後が終わるにはまだ時間があるんだから」

「俺はサクッと終わりにしたいんだよ」

「せっかちね。だから頭と顔がそこそこよくてもモテないのよ」

「褒めるかディスるかどっちかにしてくれませんかねぇ!そういう白瀬だってなあーー」


 モテんのかっ!と反論しようとしてすぐ止めた。皆まで言い終えるより先に、週に一度は告白を受けているという周知の事実にすぐさま思い至ったからだ。


 白瀬香澄ーー学園一の美人とも噂される彼女。

 人目を引くその端正な容姿だけでなく、誰とでも分け隔てなく接する姿勢は男女問わず人気がある。

 学力についても学年一、二位を競い合っている程だ。ちなみに競争相手はこの俺、黒瀬凛太郎くろせりんたろうだ。

 そんな才色兼備な白瀬がモテないはずがなく、学年、いや、校内全体の憧れの的と言っても過言ではない。


 ではなぜ、そんな人気者な彼女と、頭が良くて顔がそこそこいいだけの俺が放課後一緒に過ごしているかだが、それは俺と白瀬が密かに付き合っており、人目につきにくい場所で逢瀬を重ねているからだーーってそんなわけはない。

 とある放課後、一人読書をしている白瀬が読んでいた本のタイトルが目に留まり、それが偶然にも俺が読んでいたミステリー小説の新刊だったこともあり、つい「あ、新刊出たんだ」と思わず呟いたのが運の尽き。それ以来、俺は白瀬の謎解きに付き合わされているというわけだ。


「途中で言葉を止めた辺り、どうやら私の人気っぷりに思い至ったようね。その殊勝な態度だけは誉めてあげるわ」


 白瀬は満足そうに微笑むと、右手で艶やかな黒髪を軽く払った。

 

 くそっ、悔しいが、確かに可愛いんだよなあ!


 ……いかん、これでは話が前に進まないではないか。サクッと帰りたいと言った手前、これでは少々きまりが悪い。


 ふうーと俺は息を吐き出すと、とりあえず話を元に戻すことにした。


「で、どうすんだ?白瀬は何か考えてきたのか?」


 これで何もなければ白瀬に茶化され損だ。果たして、白瀬は待ってましたと言わんばかりに「もちろんよ」と短く答え、本題を切り出した。


「今日はあの子が何をしているか考えてもらおうと思うわ」


 そう言うと彼女は窓の向こう、窓から左手に位置する体育館の方を指し示した。

 俺は白瀬が言うところのあの子を探すべく、窓から身を乗り出して言われた方向に目を見やる。

 すると、体育館の裏手側に、壁に背をもたれながら手持ち無沙汰な様子で立っている一人の人物を認めた。

 遠過ぎて顔までははっきり見えないが、ズボンを履いていることから男子であることは間違いない。

 女子はチェックのスカートだから、服装から性別くらいは判別できる。


「遠過ぎて顔がよく分からないが、誰なんだ?」

「うちのクラスの男子よ。この列の一番前の席の赤城あかぎ君」


 くいっと、今しがた赤城君と呼んだ人物の机に向かって白瀬が軽く顎を動かす。


 ああ、赤城ね。特に仲がいいというわけではないので、脳裏に浮かぶ彼の顔も朧げだ。

 俺の記憶が正しければ、勉強やスポーツに秀でているといった、特筆すべき特徴は特になかったように思う。

 平凡なただのクラスメイト、それが俺の記憶の中にある赤城だ。


「なんで赤城だって分かるんだ?」

「なんで赤城君だって分かるのかしらね」


 さてなんででしょうと、俺を試すかのように楽しそうに白瀬は笑った。


「ーーさあ、思考力を試しましょう?赤城君がなぜあそこにいるのか、あなたの解釈を聞かせてくれる?」


 2年生に進級してから何度となく聞いてきた、彼女の決まり文句。

 まあ、それはいいとしてその前にーー。


「白瀬、その姿勢は目のやり場に困るからやめてくれ」


 五月の月頭から、うちの高校も衣替えが始まり、生徒の服装はブレザーからワイシャツに変化した。

 白瀬は両手で頬杖をつきながら先ほどの問を投げかけてきたのだが、彼女のその姿勢は健全な男子高校生にとって破壊力抜群だ。

 なんせ、ワイシャツから覗く、高校二年生には似つかわしくない豊満な胸の谷間が、暴力的なまでに俺の思考力を鈍らせてくるのだから!


「あら、なにか不都合なことでも?」

 そのままの姿勢で、彼女がイタズラっぽい笑みでそう答える。


 ……こいつ、わざとだな。

 そんなことで俺の思考力が鈍るとでも?別に、視線が自然と吸い寄せられるなんてことないんだからな?


 俺はさりげなく視線を白瀬から外しつつ、咳払いを一つすると、この放課後が始まって以来、ずっと気になっていたことを白瀬に尋ねた。

 「逃げたわね」とボソッと呟いた白瀬の発言はもちろんスルー。


「毎度思うんだが、言い方が仰々しすぎないか?『解釈』なんて、女子高生が日常生活で使う言葉かね」

「あら、かっこいいでしょ?決まり文句は、かっこいいから決まり文句なのよ」


 頬杖をついた姿勢から体を起こし、白瀬は軽く胸を張りながら自慢げにそう答えた。

 どうでもいいことだが、姿勢を変えたところで、目のやり場に困ることに変わりはなかった。


「さいで」


 そんな俺の心情を悟られまいと、適当に答えて会話に区切りをつける。

 俺はもう一度、窓の向こうにいる赤城に目を向けた。

 先ほどと同じように壁に背をもたれたまま、来るべきその時が来るのを待っているかのように腕を組み、じっと動かず立っている。


 確かに赤城はクラスメイトだが、話した回数など片手で足りくらいで、接点はほとんどない。

 ぶっちゃけ、あいつがどうしてあそこに立っているかなんて全く興味はない。


 ただ、白瀬はあいつをだしに……、もとい、きっかけにして、俺に思考力を試しているのだ。


 まあ、とりあえず考えてみるか。

 なーんて軽い気持ちで臨んでいた今の俺に、この後起こる白瀬の罠に気付くはずもなかった。

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