第12話
美しい桜を眺めながらグダグダとふたりで雑談をし、時刻が13時を回ったところで帰る準備に取り掛かる。
腰掛けていたレジャーシートをカバンに入るサイズで折りたたみ、弁当をもう一度包み直してカバンへ入れる。
軽く履いていた靴を履き直し、私は近くで待機している皐月へ声を掛ける。
「それじゃあ行こっか、皐月」
「うん、なんだか思ってたより長居した」
「確かに。1時間位で飽きそうって思ったら、なんだかんだで3時間くらい居たね」
興味の無さそうな皐月の事だから、1時間が経った位で帰りたいと言いだすかと思ったが、彼女は私の雑談にずっと付き合ってくれた。
誘った手前、楽しんでいたのか不安ではあったが、皐月は想像よりこの花見を楽しんでくれたようで、私は心の中で軽くガッツポーズをする。
少し先を歩く皐月に追いつくため、私は少し急ぎ足で歩く。
20段ほどあるであろう石で出来た階段を上り、行きに来た方角へと向かっていく。
上を見上げると、美しい桜の葉が連なって桜色の屋根が出来上がっており、これが来年まで見れないのかと思うと少し名残惜しい気分になる。
来年も来ようと心に誓い、隣を歩く皐月の方を向く。
桜に見惚れる事なく歩いている彼女の横顔は、初めて会った時と比べて柔らかいものになっている。
これがもし私と関わり初めてからの物なのだとしたら。
そう考えると、これからも皐月とこの関係を保ち、仲良くしていきたいと心から思う。
もっと色んな所へ一緒に行って、もっと色々なものを見て。
そして、彼女の心の中にある闇が晴れるように。
私の今の願いはただそれだけである。
初めて話した時の皐月の状態が忘れられず、未だ昔の話は詳しく知らない。
しかし、それを聞いてこの関係が壊れるのであるのなら、私から聞き出すことは絶対に無いだろう。
いつか、彼女が話していいタイミングで話してくれれば、それでいい。
「三澄さん?どうしたのずっとこっち見て」
皐月が掛けた言葉で、私の意識は現実へと戻される。
どうやら考えている間、ずっと皐月の方を見ていたらしい。
「あ、ごめん考え事しててぼーっとしてた」
「私の顔見ながら考え事って、どんな考え事なのそれ」
「教えない」
「あっそ、じゃあいい」
私の言葉に、皐月は興味を無くしたように目線を外す。
「皐月の事を考えていた」など、事実であってもあまり言えたものでは無いだろう。
その話をして、皐月が昔の事を思い出し不機嫌にでもなったら面倒くさい。
事実である言葉がうっかり口からこぼれ出ないように飲み込み、足早で歩く彼女に置いていかれないように、少し駆け足で彼女に追いついた。
***
「今からどこ行く?」
「...まだどこか行くの?」
皐月が面倒くさそうな声で返す。
駅の中まで入ったので彼女はこのまま帰ると思ったらしいが、まだ14時にもなっていない為もう少し遊んでも良いだろう。
「もちろん。せっかく引きこもりの皐月が外に出たんだから、この機会にどこか行かないともう出てこないかもでしょ」
「三澄さんが誘ってくれれば出る」
「え?」
予想だにしない彼女の言葉で一瞬動揺する。
驚きのあまり上手く返事を返せないでいると、皐月は「だから、三澄さんが誘ってくれればまた出掛けてもいいって言ってるの」と続ける。
まさか、あの引きこもりの皐月がそんなことを言うとは思わなかった。
私の誘いなら受けるという言葉に彼女からの信頼を感じ、私の心は動揺から喜びへと変化する。
「じゃあこれから、楽しそうな場所を見つけたら皐月に声掛けるね」
「行くって決まってからでいい。確定じゃないと行かない」
「はいはい、分かった。」
細かい所を指摘する皐月の言葉を軽く受け流す。
私の態度が気に食わないのか、皐月は若干不機嫌そうな顔で「だから今日はもう帰る」と言っている。
また一緒に出掛けてくれるという言質は既に彼女の口から取っているため、今日は素直に従って解散でもいいだろう。
「それじゃあ今日はもう解散で。また家に来る時は連絡入れて」
「今から皐月の家行ったらダメ?」
「...なんで今からうちに来るの」
「いや〜皐月のお母さんとあまり話せなかったし、会話も途中で切っちゃったから謝りたいなって」
「また今度会った時でいいじゃん」
「それじゃ、いつになるか分からないから。つべこべ言わずに今から皐月の家行くから」
「来なくていい」
皐月の家へ行こうとする私を、皐月は頑なに拒む。
しかし拒まれて簡単に引くような私ではなく、そっぽを向いて駅のホームへ歩いていく皐月の後をつけるように歩く。
帰りの方向が同じために同じホームへ向かうのは仕方ないのだが、前を行く皐月からのちらちらと向けられる視線が痛い。
「そんな睨まなくたっていいじゃん。それに皐月の家に行くなんていつも通りでしょ?」
「今日は家にお母さんがいるから。話させたくないから家に来ないで」
「ふ~ん。じゃあばったり会うかもしれないから皐月の家には行けないね」
「それは...違うじゃん」
今まで言葉を畳みかけるように発していた皐月の口が、私の一言で急にたどたどしくなる。
私が「皐月の家に行かない」と言うと、唐突に口数が少なくなる彼女は可愛い。
嫌だ嫌だと言いながら、彼女は私が家に来るのを楽しみにしているらしい。
そんな事を言われてしまっては、「皐月の家に行かない」という選択肢は、必然的に私の中から颯爽と消え去る。
「じゃあ家に行ってもいいよね」
「...お母さんと余計なことを話さないなら...特別に許可する」
「余計なことって?」
「それは自分で考えて」
断固拒否していた皐月から家に上がる許可が降りる。
相も変わらず不機嫌な声で話す彼女の横顔は、想像通りの不機嫌さで、眉尻が少し持ち上がっているように見える。
そんな会話をした後、五分程の時間が経った頃に目的の電車が到着する。
行きの電車とは打って変わって車両の中には人があまり居らず、ホームに見える限りでも座席に座れるであろう人数しかいない。
目の前で開かれる扉に飛び込み、私と皐月は扉から一番近い座席へと座る。
座った途端、皐月は背もたれにもたれ掛かってうとうとしており、かなり疲れていることが伺える。
「皐月大丈夫?疲れた?」
「...疲れた。久しぶりに外出たしいっぱい歩いたから」
「まあそうだよね。眠たかったら私の肩でも貸そうか?」
「...ん」
私が冗談交じりに肩を差し出すと、皐月は言い返す事無く頭を私の肩に乗せる。
まさか皐月が素直に従ってくれるとは思わず、私は動揺して体が固まる。
私は早まる鼓動の音が伝わらないようにと願いながら、肩で小さく寝息を立てる彼女を起こさないように精神を集中させた。
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