男として

「香華。殿下に恩があると言っていたわね? なら……受けてくれますね?」


「わ、私は……」


 確かに恩はある。

 それに白龍のことも嫌いではない。

 いや、むしろ好ましく思っている。

 もちろん主人として、ではあるが。

 だが……。


「皇太子殿下はそれでよいのでしょうか……?」


 白龍の気持ちが一番大切だ。

 だからこそそう問えば、白龍はしばし考えるように目を閉じた。


「――香華。僕は香華が好きだよ。君は覚えていないだろうけれど、僕らは昔一度だけ会ったことがある」


「――……え?」


「その時僕は君に一目惚れしている。……だけど。……ううん。だからこそ、君に聞きたい。君は僕のことをどう思っている?」


 香華はギュッと唇を噛み締めた。

 そんなことを急に聞かれても困る。

 もちろん白龍のことは尊敬しているし、好意的に見ている。

 しかし……。


「僕を男として見れるかい?」


 香華の命を救ってくれた白龍。

 このあざを見ても、顔を顰めることすらなかった。

 ただ一人、最初から香華を香華として見てくれた人。

 そんな人の妻になる。

 なれるのだろうか?


「………………はい。私でよければ、どうか皇太子殿下のおそばにいさせてください」


「……香華――!」


 香華の言葉を聞いた皇后は、大きな拍手を送った。


「ああ――! これで私の憂いは晴れるわ!」


「ようございました。皇后様」


「孫も見れるのよ! 夢みたいだと思わない?」


「はい、本当に」


 なんだか話がさくさく進んでいる気がする。

 香華はその前にと、あわてて皇后に声をかけた。


「その前に皇后陛下。陛下のお体の不調を治せておりません。私にぜひともその機会をお与えください!」


「――そういえばそんな話だったわね。……いいわ。とても気分がいいから、あなたに任せることにするわ。……義理の娘になるのだし」


「…………は、はい」


 なんだか今更になって、本当に皇太子の結婚の申し出を受けたのだなと自覚してきた。

 艶虎のことを思い出し、大丈夫だろうかと焦りながらも皇后のそばへと向かう。

 すると皇后は少しだけ恥ずかしそうに告げた。


「実はね……便の出がよくないのよ」


「………………便秘ということですか?」


「そうね。そうなるわ。……恥ずかしいからあまり言いたくなかったのだけれど」


 なるほど便秘なら皇后の症状も納得できる。

 食べて吐き気を感じるのも、本来なら出ているべきものが出ていないからだ。

 なるほどこれならすぐに対処できるなと、香華は深く頷いた。


「そういうことでしたら皇后陛下。私がお役に立てるかと思います」


「あら本当に? それはありがたいわ。――ぜひお願いさせて」


「もちろんでございます!」


 どうやら皇后からの信頼も得られたらしい。

 これで心置きなく、皇后のマッサージに取りかかれるというもの。

 便秘からS状結腸のあたりが詰まっているはずだからまずはそこをほぐす。

 そしてオイルはペパーミントを使おう。

 胃腸の動きをよくして消化も助けてくれる優れものだ。


(ああ……! やはりマッサージのことを考えている時が一番楽しい……!)


 心の中で一人ウキウキしていると、そんな香華に白龍が告げた。


「じゃあそれが終わったら、結婚に向けて話を進めないとね」


「凰輝にあざを治すよう頼んでおきなさい」


「わかりました」


 そうだ。

 ここからはきっと、怒涛の展開になるだろう。

 なぜなら香華はこのままいけば、妃になるのだから。

 いろいろ準備をしなくてはならないはずだ。


「――殿下。もしよろしければ少しだけお時間いただけないでしょうか?」


「どうしたの?」


 白龍の妻になる。

 ならそのためにもまず、やらなければならないことがある。


「……お姉様と決着をつけてきます」


 きっとこのまま白龍の妻になったとしても、艶虎は納得しないだろう。

 妃になった後あれこれ策略を巡らされるのも嫌だ。

 なのでこの際、真正面から戦いたい。

 そう伝えれば、白龍は笑って頷いてくれた。


「香華がそれを望むなら。……でもよければ、少しだけその前にいいかな?」


「――え?」

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