穏やかな時間

 それから一週間ほどたち、白龍はみるみる元気になっていった。

 すっかり悩みの種であった頭痛も消え、穏やかに過ごせているようだ。

 今日も今日とて日課の朝の散歩を、香華と共に行っている。


「いい天気だねぇ。ぽかぽかと心地よいよ」


「本当に。あ、殿下。よろしければ上を向いてください。下ばかり向いていてはストレートネックになってしまいます」


「すと……? わかんないけどわかった」


 こくんと頷いて空を見上げる白龍。

 その素直な姿に少しキュンっとしつつも、香華は白龍の斜め後ろをついて歩く。

 天気のいい日はこうして二人で散歩をする。

 もちろん少し離れたところに護衛のため凰輝はいるが、二人でいられるこの時間が居心地よくて好きだった。

 たわいない話をしながらも美しく咲き誇る花を眺める。


「花を眺めるなんて何年やってなかったんだろう? 気持ちいいね」


「はい、とても……」


 穏やかな春の季節。

 陽の光を浴びるだけでも心地よくて、無意識にも口元が綻ぶ。


「そういえば美味しいお茶が手に入ったんだ。みんなで一緒に飲もうか」


「はい! ありがとうございます!」


 ここ最近は仕事を詰め込みそうになる白龍の手を止めるため、香華と凰輝、美琳でお茶会を開いているのだ。

 どうやら白龍はそれをたいそう気に入ったらしく、ここ最近はこうしてお茶やお菓子をすすんで用意してくれている。

 仕事以外の楽しみを見出せているのなら上々だ。

 ちなみに近々そのお茶会を外で開催しようと画策している。

 白龍をもっと陽の下に出して、少しでも血流をよくしてほしいのだ。

 仕事人間の白龍は、あっという間に肩こりを再発してしまう。

 今の香華の目標は、少しずつ彼に運動させることである。

 なのでと、香華は一歩前に出て白龍の隣を歩く。


「殿下、もしよろしければ今度外でお茶会をしませんか?」


「外で? いいけどなんで?」


「外に出ることが体にいいからです」


「そう? 香華がそう言うならそうしようかなぁ」


 自らの周りを飛ぶ蝶を眺めながら頷いた白龍に、香華はバレぬよう小さくガッツポーズをとる。

 これで外に出ることを習慣づけて、最終的には運動をしてもらおう。

 簡単なストレッチでもいいのだ。

 とにかく体を動かしてもらい、健康体に近づいてほしい。

 白龍が穏やかに暮らせること、それが今の香華の願いだ。

 それを己の手で作れるなんて最高の職場だと、胸を張って言えるくらいには、香華はもうすっかり白龍の忠臣となっていた。

 なのでこのまま白龍健康計画を進めようとしたその時だ。

 白龍があ、と声を上げた。


「ちょうどいいから久しぶりに剣でも振ろうかな?」


「――剣!? 危ないです! おやめください!」


「……大丈夫だよ? 昔からよく振ってたし」


「ですが怪我でもしたら……!」


 想像するだけでゾッとすると首を振っていると、少し離れたところでその話を聞いていたのだろう。

 凰輝が近づいてきた。


「大丈夫だよ。殿下これでも剣の天才なんだから」


「………………そうなんですか?」


 香華は目をぱちくりとさせた。

 白龍は文系だと思っていた。

 肌は白いし線も細い。

 きっと運動系は全般苦手だと思っていたのに、実はそうではなかったようだ。

 驚く香華に、白龍は苦笑いを浮かべた。


「まあ香華の前では筆しか持ってないしね。頼りないと思われてもしかたないのかもね」


「頼りないなんて思ってません! むしろ頼り甲斐がありすぎるくらいです!」


 命を二度も救ってくれたのだ。

 頼り甲斐しかないだろう。

 だからこそ否定すれば、白龍はふむと顎に手を当てた。


「ならなおさら香華に認めてもらうためにも、剣を振らないとね。見にくるかい?」


「――し、心臓がもつなら……!」


 不安しかないと青ざめていると、突然後ろから声がかけられた。


「失礼いたします、皇太子殿下。皇后様がお呼びです」


「母上が? めずらしいね」


 どうやら散歩は終わりのようだ。

 皇后から呼ばれたのなら、白龍は向かうだろう。

 楽しい時間が終わるのは少し残念だが致し方ない。

 白龍を送り出そうと頭を下げようとしたその時だ。


「そちらの女官もともにと、皇后様からのご命令です」


「――私ですか?」


 一体なんのようだろうか。

 香華が思わず白龍を見れば、彼もまた不思議そうにしており、二人して見合ってしまった。


「……とりあえず行こうか?」


「……はい」


「それじゃ、俺はいつも通りやってますよ?」


 凰輝の言葉に頷いた白龍の後を追い、香華もまた皇后の元へと向かう。

 ただの女官である香華を、皇太子の白龍とともに呼ぶなんて一体なんのようだろうか?

 偉い人に呼び出される時はいつだって嫌な目にあう。

 そのため若干青ざめた香華の手を、白龍が優しく握る。


「大丈夫だよ。母上がひどいことをすることはないだろうから」


「……はい。ありがとうございます」


 確かに相手は皇后とはいえ、白龍の母親だ。

 だからきっと大丈夫。

 不安なことなんてなにもない。

 そう、思っていたのに――。





「今すぐに皇太子付き女官の任を解きます」


 どうして、こうなったのだろうか――?



 一章完

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