ズリ……ズリ……。

 そんな音を立てて引きずられた香華は、杖刑が行われる開けた場所まで連れてこられた。

 どうやら見せ物にしたいらしい。

 体が磔にされる十字の板のそばには、椅子と天幕が置かれそこには艶虎が座っていた。

 香華が現れると、艶虎はにたりと嫌な笑みを浮かべる。


「遅かったわね。待ちわびたわ」


「…………」


 香華は両手を掴まれて艶虎の前まで連れてこられると、膝をつくよう強要された。

 自らの前で無理やり頭を下げる香華に、楽しそうな笑い声を上げる。


「惨めねぇ。調子にのらなければよかったのに! そうしたらこんなにつらい思いをしないですんだはずなのに……」


 艶虎はもう一度香華の髪を掴むと無理やり顔を上げさ、目を合わせながら吐き捨てた。


「ぜんぶお前が悪いのよ。――醜女が。皇太子殿下に色目なんて使うからこうなるのよ」


 ものを投げ捨てるかのように香華の髪を離すと、艶虎は美しい刺繍がされた布で手を拭う。


「恨むなら自分の行動を恨みなさい」


 もう一度腕を掴まれると、香華は十字の板の上に寝させられる。

 腕を縛り付けられ、身動きができない状態にされた。


(ああ……。生きていられるのかしら……)


 百回も叩かれたら、生きていられたとしても肉は裂かれ、筋肉は壊れ、骨は砕けるだろう。

 歩くことができなくなれば、ここでは死んだも同然だ。

 それにそれは香華としても、同じことだった。


「……せっかく、マッサージできるようになったのに」


 白龍の不調を治すためにはじめたマッサージ。

 少しずつでもよくなっていく体に、うれしそうにしてくれる白龍の姿を思い出す。

 立てなくなればマッサージもできない。

 そうなったら白龍の元にも行けないだろう。


(……あれ? 思ったよりもすごく悲しい……)


 最初はものすごく嫌だったのに。

 皇帝から面倒なことを任されたと嫌々行っていたのに、もう行けないのだと思うと胸に焦燥感が広がっていく。

 白龍と二人で一緒にいるあの部屋が好きだった。

 古い本とインクの匂い。

 それに混じる白龍の優しくもあたたかな香り。

 あそこで働く白龍を眺めながら、時折彼と雑談するあの時間が……とても好きだったのだ。


「……バカだなぁ」


 失うことになって、はじめて気がついた。

 自分はなんで愚かなんだろうと、思わず笑ってしまう。

 するとその声が艶虎に届いたのか、彼女は香華のところにやってくると見下した。


「なに笑ってんのよ。――まさか皇太子殿下が助けてくださるなんて思ってないわよね? あんたは今日、歩くこともできない役立たずになるんだから」


「……違います。己の愚かさに笑えたんです」


「…………今すぐやりなさい。気絶したら冷水でも浴びせて、意識がある時に百回打ちなさい」


「かしこまりました」


 ああ、気を失うことすら許してくれないのか。

 これでは本当に痛みに狂ってしまうかもしれない。

 香華はそっと目を閉じると、両手を力強く握りしめた。

 耐えなくては。

 泣いて喚いたって、艶虎は許してくれないのだから。

 だから、耐え続けるしかない。

 たとえこの身が壊れようとも……。


「――っ、ゔっ!」


 一回。

 バチンッと音を立てて振り下ろされた。

 痛みと衝撃に声が漏れれば、艶虎の楽しそうな笑い声が響く。


「もっと力強くやりなさい!」

 

 そのまま二度、三度と振り下ろされる。

 そんな肉を叩く音が響く中、香華は歯を噛み締めながら耐えた。

 痛い、痛い、痛い、いたい、いたい、いたいいたいいたい!


 ――でも、耐えなくては。


 どれほど叩かれただろうか?

 今が何回目か数える気力も薄れていく中、とある一撃による痛みが、香華の体を走り抜けた。


「――あ゛ぁぁぁぁっ!」


 生温かなものが足を伝う。

 だめだ。

 これ以上は本当に、死んでしまう。

 どうにかならないか。

 なんとかこの場を切り抜ける方法はないのか。

 必死に頭を巡らそうとするたびに強く叩かれて、その度に香華は悲鳴をあげる。


「……っ、ぅ……」


「ちょっと、そいつまだちゃんと起きてるの? 気絶させないで」

 

 意識が朦朧としてきた。

 痛みを感じる体が、これ以上起きていることを拒絶しているのだ。

 けれ度意識を飛ばしたところで、また起こされてしまう。

 だがもう、だめだ――。

 霞む視界の中、香華が意識を手放しかけたその時。


「――今すぐその刑を止めろ!」


 聞き覚えのある声が聞こえ、香華は最後の力を振り絞ってそちらを見る。

 ぼやけた視界ではよく見えないけれど、誰かがやってきたのがわかった。

 声なのかその白い髪のおかげなのか、香華はそれが白龍だったらいいなと、淡い夢を抱いた。

 

(殿下が知ってるわけない。だから助けてくれるはずないのに。……バカなの)

 

 そんなことを心の中でつぶやきながら、香華は意識を手放す。

 だがその最後の時、己を抱きしめるあたたかな手と知った香りを感じた気がした――。

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