嵐としゃべる生首とわたし
「嵐が来ますよ」
家にいる生首は、天気をお知らせしてくれる。中々の高精度で、人気のある個体を手に入れたのだけれど、と思いながら僕は首を傾げた。
「明日は嵐が来ます」
歌うような軽やかな声は、嵐が来ることを繰り返し伝える。けれど、最近の天気は快晴ばかりで嵐どころか雲一つ見当たらない。むしろ、雨が降らないものだから困っているのだとニュースで聞いた記憶があった。
だから、雨が降るのならば良いことであるはずなのに。妙に心がざわついて仕方がない。
「嵐、嵐ですよ。全てを吹き飛ばし、水に流してしまう嵐です」
そんなに降るのか、と思わず漏れた言葉に生首が微笑む。
「はい、そうですよ。人間さん。方舟に乗っても逃げられないような嵐です」
天気以外のことを話すのを聞いたのは、初めてのことだった。ぽかん、とした僕に生首は言葉を続ける。
「きっと地球は滅びることでしょう。恐らくは、人間も」
触れれば人肌の温度で、柔い肌をしている。けれど、天気のことしか話さないから、機械なのだと思っていた。精巧に作られた、天気予報機。まさか、本物のいきものだったのだろうか。
ひどい扱いをした記憶はないが、冷や汗をかく。機械といきものを同等に扱っている自信は、僕にはなかった。
生首は目を細める。飛びかかって、僕を襲うことはしないらしい。
方舟って、なに、と僕はどうにか言葉を続けた。下手に動くのも、下手なことを言うのもどちらも避けたい。動揺を悟られると悪いことが起きそうだった。
「聖書をご存知ないのですか。まあ、そういうこともあるでしょう」
生首は一人頷くように首を揺らした。動けるんだ……と僕は思う。初めて見た。
「滅びを避けるために必要なものですよ。今回の嵐までに用意することは出来ないでしょうけど」
滅び確定ですね、と事もなげに生首は言う。
それが本当ならば、明日は世界が滅び始める日なのだろう。残念なことに生首が予報を外したことはない。恐ろしい嵐が、明日やってくる。
「この家も沈んでしまうでしょう」
あっさりと言われた言葉に僕は口を開いてしまう。
君には何か当てがあるのかい、と。
「まさか! この首に出来るのは、明日の天気予報だけ。飛ぶことも浮かぶことも出来ません」
ただ、滅びを待つことしか出来ないのですと言う生首は、嘘をついているようには見えなかった。
さて、明日滅びるかもしれない、と知っても特にやりたいことが思いつかない。自分の薄っぺらさにげんなりしてしまったが、気を取り直した。
薄っぺらな人間でも生首だとしてもどうだっていいだろう。だって、明日になれば世界が滅びるのだから。
それに、明日の天気を予報出来るような生首だって、生き残ることは出来ないのだ。少なくとも、僕はひとりぼっちで消える訳ではない。
――というのはどうでしょう?
わたしは手のひらにいる檸檬色の生首に尋ねた。
いっそ、世界を滅ぼして仕舞えば、ハッピーでないと感じる生き物がいないことになるのでセーフかなと思ったのだが、違うらしい。それはそうか。わたしが悪かったです。
「ほうこうせいをみうしなってませんか」
厳しい檸檬色の生首の言葉にわたしはぐうと声を出してみた。
「つぎです。つぎのおはなしをきかせてください」
自称生首のお姫様であるらしい彼女は、ハッピーエンドが語れないわたしを解放してはくれないようだった。
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