新人冒険者教官〜ジルフォードのやり直し
知捨猫
第1話 開花
「くぁぁ…」
瞼を擦り、古びた木製のベッドをぎしりと軋ませながらジルフォードはいつも通りの時間に目を覚ました。
窓を開けると空は白み始めているが、まだ薄暗い。
彼の朝は走り込みから始まる。
冒険者を引退しても続けてきた日課だ。
凍える風が入り込み、吐き出される息が白い。
意識が覚醒するにつれて違和感を感じて部屋を見渡す。
古びた木造り、棚には書類や本が並んでいる。
いつもの部屋にも関わらず、何かがいつもとは異なる。
部屋が広い。天井が高い?
そして妙に体が軽い。
腰をベットに下ろして記憶を探る。
昨日、訓練を受け持っている新人パーティ【鋼鉄の牙】から救援依頼が出て増援と共に現場へ駆けつけ、死者を出さずに任務を終える事ができた。
久々の長距離移動と戦闘、無理をした身体を引きづりながらギルドへの報告を済ませてから泥のように眠りについた。
彼は思い出すように膝をさするが、慣れない感触に思わず手を止め、自分の膝に視線を落とす。
「…。
………。
なんっっじゃこりゃあぁぁぁ!!!」
…ワン!ワンワン!!
コケコッコー!
ワンワン!!!
ガタッ
どこのガキだ!うるせえぞ!!
ワンワン!!!
コケー!コッコッコッコ!
「ステータスオープン」
ジルフォード 15歳 Lv1
MP 18/18 SP 0
STR 15 VIT 11 INT 20 DEX 14 AGI 12
固有スキル 祝福
保有スキル
【初級】 剣術Lv1、身体強化Lv1、魔力操作Lv1、魔力感知Lv1、火魔法Lv1、水魔法Lv1、風魔法Lv1、土魔法Lv1、気配察知Lv1、隠密Lv1、採取Lv1、調合Lv1、…
【中級】 なし
【上級】 なし
我が身に起きた事を理解するのにたっぷり1時間は要し、居間の椅子に腰を下ろして現状を確認する。
40年間表示され続けていた、固有スキル【大器晩成】が【祝福】に変化している。
過去の例では【祝福】という名への変化はなかったが、効果が若返りなのは一目瞭然。
55歳を迎えたはずの体が一晩で15歳になっている。
そして習得済みスキルが引き継がれている。
Lvが42から1に戻った事でステータスは大幅に下がっている。
しかし、駆け出し冒険者の平均ステータスが10前後なことを考えればこれはかなり高い。
ジルフォードが15歳だった時は全て1桁だった。
筋肉もある程度付いており、年齢の割に鍛えている体付きは過去の記憶とは異なる。
40年間の努力も身体に宿っているのだろうか。
【大器晩成】は珍しい部類の固有スキルだが、開花に成功した者の記録はある。
記録によると、5〜20年の期間で取得経験値の減少、ステータスの減少、スキル効果減少といった試練が課せられる。
期間は開花を迎えるまで不明で、減衰効果は1割〜5割でランダム。
難度が高いほど開花後の効果は高くなり、デメリットがメリットに転じ易い。
「獲得経験値上昇」「スキル効果上昇」など。
おまけに最長20年が経てば無条件で開花する保証がない。
Lvが一定に達していることも開花条件にもなっている説が濃厚だ。
濃厚、つまりわからない。
Lvが低くても弱い魔物を多数討伐数すれば開花した。
毎日鍛錬を続けていたから開花したと思われる。
など眉唾な情報も散見する。
ただでさえ成長しにくい試練に加えて不明確な条件がいくつも加わり、この固有を授かると早々に冒険者業を諦める者も多く、開花者の記録は50人に満たない。
しかし、このスキルを開花した者からSランク冒険者が出ていた事実が完全に外れとも呼べない理由になっている。
ジルフォードの試練は成長しにくいことに加え、<スキルLvの上限が1>であった。
過去数百人の記録にこの試練は存在しない。
開花までの期間は、公式記録の最長20年を大きく上回る40年だったという事になる。
冒険者ギルドや領主への報告は必須だな。
そう思いながら、ため息をついて髭を撫でようとした手が空を切る。
しかし、信じてもらえるだろうか。
今日は1月1日、15歳を迎えた成年が固有スキルを授かる日だ。
年齢も変わっているとなれば、同姓同名の成りすましを疑われるのではないか。
むしろ荒唐無稽過ぎて信じる方がおかしいだろう。
何せ自分自身ですら実感が追いつかない。
…ふむ。
…。
…。
ありのまま報告するか。
誰にも相談せず姿をくらますなどという不義理は論外。
妙案など浮かぶはずも無い、とすぐに思考を止めた。
取り敢えず身体を動かしてこようかと両手を挙げてぐっと伸びをする。
肩が軽い。
腰を上げるとすくりと体がついてくる。
のそり、ではない。
悩みとは裏腹に、自身の動作一つ一つに言いようの無い歓喜が込み上げる。
この体はどの程度動けるのか。
スキルは以前と同精度で扱えるのか。
呪いは解除されたのか。
悩み以上に、試したいことが湧いてくる。
浮き足立つ思いを抑えながら、壁にかけているツーハンドソードを持ち上げた瞬間、上がりかけた口角はすぐに下がった。
長年愛用してきた相棒がずしりと重い。
金属の無機質な冷たさはまるで拒絶のように、今の自分では扱えない事をはっきりと告げていた。
いつもより少し早い朝食を終え、今まで世話になった武器と防具の整備を行いながら今日中にやるべき事を整理する。
今日の休日が終わってしまえば仕事の日々、自由に使える時間は限られる。
考えがまとまってからの行動は早かった。
店が開く時間を待ち、今の体に合う衣類を一式と装備を買い揃えて来た。
この
成長が遅かったので、15歳にも関わらずまだ150cmを超えた程度だ。
未成年と思わしき者が金貨で買い物をしていれば悪目立ちもするだろう。
防具は成長期の身体でも調整し易い硬革で揃え、左籠手にはバックラーを取り付けた。
武器は鉄製のショートソード、そして腰には自作のホルスターと補助具を身につける。
日がすっかり昇っているため、街から数キロ先の平原へと足早に向かう。
平原は見通しもよく、低ランクの弱い魔物ばかりで数も少ない。
駆け出し冒険者御用達の訓練地帯だ。
40年間の技術が腐っていなければ、ソロでも充分対応できる。
磨いた技術が使える確認は済ませておきたい。
平原に向かいながら歩幅や速度の確認を行う。
身体は軽いと言っても、身体機能の低下ははっきりと感じる。
特に間合いの減少、踏み込み速度の低下は厄介だ。
平原の入り口付近に留まり、日が頂上に登るまで素振りやイメージでの戦闘を繰り返した。
ようやく納得して魔物を探し始めること15分程で角兎を見つけた。
まずは魔力操作の確認から。
見た目が拳銃風の鉄筒を左手で握り、内部に土魔法の魔力を込める。
鉄筒は2本の構造になっており、片方に1発だけ土弾を込め、薄い土壁を張って蓋をする。
気配を消さずに近づけば、角兎は直ぐにこちらに気づいて駆けて来た。
鉄筒で狙いを定めて親指で筒の底をタップすると高速で弾が打ち出され、あっさりと角兎の頭蓋を貫通する。
念の為、倒れた角兎にショートソードを突き刺してとどめをさす。
連発は難しいため使い所は限られるが、自身の攻撃手段の中では最高火力を誇る。
鉄筒をつついて熱による歪みや破損がないか確かめる。
今では使い慣れた魔法だが、完成までに幾度と無く暴発させて自傷しており、扱いはかなり難しい。
「具合は良いな。しかしこの程度か」
魔力の制御に問題はないが、ステータスの影響だろう、威力はかなり下がっている。
次は近接戦闘の確認と、辺りを見渡して次の獲物を探して奥へ歩を進める。
不満を口にしつつも手応えはしっかりと感じ、にやりと笑みを浮かべていることに、本人は気がついていない。
攻撃魔法は練り上げた魔力を《火力》《範囲》《持続》《速度》《方向制御》に割り振って行使する。
全てのスキルLvが1のジルフォードでは、ファイヤーボールを放ったところで5mも届かない。
INTが下がった今では3mも無理だろう。
当たっても怯ませる程度が関の山だ。
20歳の頃から魔法の応用を模索し始め、完成した攻撃手段の一つがこの複合弾だ。
1.土魔法 弾の生成 《火力(硬度)》《持続》
2.火魔法 威力向上 《火力》
3.風魔法 発射装置 《速度》《方向制御》
属性毎に役割分担を行い、一連の魔法行使を一つの魔法と見立てて放っている。
範囲は全ての工程で極小に留めて威力を優先させている。
現在の形に至るまでには、更に数年試行錯誤と改良を重ねた。
戦闘開始前に鉄筒の中に弾の生成を済ませておき、手順を短縮。
筒の形状を改良して、物理的にも方向制御を補正。
動作を反復練習して体に覚え込ませて、発動するまでの速度や、発動時の魔力分配を安定化させた。
初めは何度も暴発させ、発動までも5秒以上かけて放っていた複合弾であったが、現在では放つまでに1秒もかからない。
次の魔物を探し、遠目に牙狼3頭の群れを確認する。
この平原では最も厄介な相手も試すべく歩を進める。
牙狼はこちらを認識すると、ひと吠えして3手に分かれ勢いよくこちらへ駆けてくる。
10mに迫った辺りで【身体強化Lv1】をかける。
全身に纏った魔力の密度を足に集めながら、こちらも魔物へ向かって疾走する。
先頭中央の牙狼へと詰め寄り、噛みつきを躱し様に袈裟狩りにするも首は落ちない。
右の牙狼へ向きを変え、バックラーとショートソードで弾きつつ複合弾を1発打ち込み蹴り飛ばし、残った1匹に対応する。
早々に手負にして囲まれないよう立ち回れれば脅威ではない。
後は作業とばかりに危なげなく仕留めていった。
【身体強化Lv1】では使っても気休め程度、ほぼ効果はない。
そのためジルフォードは魔力の大半を足へ偏らせて戦闘を開始した。
こうすれば確実に1歩は先行できる。
たかが1歩、それでも確実に現れる効果だ。
この操作が可能なるまでにも1年費やした。
戦闘中に魔力の集中箇所を移動させられるまでには更に1年。
才ある者なら初めからできるかもしれない。
魔力操作のLvが高ければ簡単にできるのかもしれない。
だが、凡夫のうえにスキルLvの上限が1の制約があるジルフォードには、時間をかけて努力で補う以外の方法はなかった。
最後の確認だ。
ジルフォードはそう自分に語りかけた。
<スキルLvの上限が1>
恐らく【大器晩成】の試練として与えられたこの呪いが解消されているか確認する。
そのためにするべき事は
・自身のLvを1つ上げる
・獲得できたSP1を所持スキルに割り当てる
この2つだ。
「くくくっ」
思わず呆れて笑いが溢れる。
あまりにもくだらない確認だ。
本来なら誰でもできること。
しかし、誰でも当たり前に出来た事が、自分だけは40年間できなかった。
今更、こんな日が来ようとは思いもしなかった。
だがそれも昨日までのはずだ。
剣を握る手にぎゅっと力が入る。
冷たい風が体を刺すが、それがどうしたとばかりに全身が湯気だつ。
体が早く試したいと興奮している。
そんな感情はとうの昔に捨てたはずだった。
どうやら、40年間成長していないのはスキルだけではなかったようだ。
「かっはっはっ!」
ジジイになっても、教官になっても、性根はクソガキのままだったらしい。
あぁ、この感覚、40年ぶりだ。
あの時もここでこうして立っていた。
わくわくして自分が抑えきれない。
ジルフォードは満面の笑みで叫び、次の魔物目がけて走り出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます