第32話 カンマ

「今日でいったん活動終了します。俺たち受験あるんで」




彼がそう言うとフロアからは笑いとざわめき、そして励ましの声がちらほら。


高3の夏となれば受験に向かって最後の追い込みだ、進学を控えた受験生なら当たり前。


ただ、彼らの活動休止は想定していなかった。このままバンドを続けていくと思っていた。




「残念?」


「いえ、そうですね。しょうが無いですけど」


「あたしもリハの後に聞いたのよ。なんで?って。そしたら『音楽サークルで機材の充実した東京の大学を目指してる』って、言うから、笑っちゃったわ」


「そう、なんですか」


「嬉しそうね」


「はい」




彼らは子供じみた「音楽で成功したい」なんて衝動で動いていない。もっとしたたかに行動している。




「春頃、全然活動してなかったじゃない?」


「ええ」


「で、いきなりこれよ。作曲期間?って思ってたんだけど、違うと思うわ」




マスターが思案気に言う。色々なバンドを見てきて感じるところがあるんだろう。




「何か大きな事があったのよ。演奏、歌詞、声全てに神経を行き渡らせるような。わかんないけどね」




春先に喫茶店で泣いていた二人を思い出す。男子が喫茶店で泣く。余程のことがあったのだ。




「今日も録音してるんですか?」


「録画も、してるわよ」


「焼いてください」


「許可もらったらね」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る