5-1.
「なんの騒ぎだ…?」
「今は神聖なる裁判の時であるぞ!」
聖職者の怒号をかき消すように、外から群衆の声が押し寄せた。
怒号と泣き声が入り混じる。
「――皇帝陛下にお目通りを!!」
「あの子を殺さないでッ!」
門が叩かれ、番兵の焦った声が飛ぶ。
「村の者たちが押し寄せています!
すごい数です!」
「なんだと? 直ちに追い返せッ!」
扉がどん、と軋み、重厚な扉の隙間から人の波が見えた。
「――陛下、御無礼を! しかしどうかお願いです!」
「アンナは悪くない! あの子がいなければ村は滅んでた!」
「あの子は魔女じゃないッ!」
村人に弾き飛ばされ、扉が開いた。
聖職者たちは怒鳴り、番兵たちは必死に押し返す。
その騒ぎのなか。
自慢の巨体で番兵たちを弾き飛ばしながら、いつも野菜をくれるおばちゃんが叫んだ。
「そもそもあんたら教会が、
あんたらよりも、あたしはこの子を神の使いだと信じたいね!」
助けてくれた母娘の母・マルタさんが続ける。
「アンナを処刑するなら、村人全員を処刑しな!
畑を耕す者も、税を納める者もいなくなるけどね!!」
そうだそうだ!と村人が拳を突き上げる。
マルタさんの娘のリナは、母にぎゅっとしがみついて「おねえちゃん、助けてくれたのに…!」と涙目になっている。
「みんな……、」
笑うとこじゃないのに、笑いそう。こんなに泣きそうなのに。
ほんとに、転生したのがこの村でよかった。
すると――
どんっ、と鈍い音。
玉座の前に置かれた杖が、床を叩き――打撃音が、広間の石壁に反響した。
「――静まれ」
制すように、レオポルド陛下は片手を高く挙げる。
低く響く声に、一斉にみんな動きを止めた。
陛下が立ち上がる。
深紅の外套がゆるやかに揺れて、琥珀色の瞳が炎みたいにゆらめいた。
「村人が我が身を顧みず押し寄せ、
被告の無罪を主張する――かような光景、この目で見る日がくるとは」
静かなのに、有無を言わさぬ圧力。
大司教の顔が、ひくりと引きつるのが見えた。
「神の名を借りて、民を救った者を裁く――
それを"信仰"と呼ぶなら、帝国の冠は泥に沈むだろう」
ざわ……と観衆がどよめく。
その隣で、ずっと黙っていた皇后陛下が立ち上がる。
白磁の肌、灯りを弾くドレス。
鈴のように澄んだ声で――
「皆、あの子を見なさい。
恐れではなく、希望を与えた。
それこそ神が授けし"奇跡"ではなくて?」
……奇跡、だなんて。
胸の奥がぎゅっと締めつけられる。
「しかし、陛下……」
「あの者は……」
大司教が言葉に詰まる
法務卿も顔色を変えたまま、汗を拭っている。
レオポルド陛下は壇上から降り、ゆっくりと私の前へ。
鎖の音がかちゃり、と鳴った。
その音をかき消すように、皇帝の靴音が響く。
「アンナ・ワシタニ」
あたたかい声。ちょっとどきどきする。
「そなたは、民を陥れようとしたのか?」
「……いいえ。みんなを、救いたかっただけです」
ふるえる声で答えると、陛下は静かにうなずいた。
「その言葉、嘘偽りはないと言えよう。
現にこれだけの村人が、命を顧みぬ証人となっている」
時が止まった。
広間の空気が、光に満ちていくみたいだった。
「この娘を処刑すれば、民は絶望に沈む。
民の涙は、帝の恥だ」
ざわめく民衆。ひきつる司教たち。
「レオポルド四世、我が名において命ず。アンナ・ワシタニを――」
「無罪とする!」
観衆の息を呑む音が聞こえ――
広間が、爆ぜた。
歓声、嗚咽、鎖の音。
マルタさんとおばちゃんが泣きながら両手を合わせて叫ぶ。
「陛下、ありがたや……!」
それを見て、皇后陛下が私に微笑む。春のこもれびみたいにあたたかな顔で、私に向き直る。
「アンナ。あなたの知識は、神の啓示。
恐れではなく、学びに変えなさい。
すれば――帝国は、もっと強くなるわ」
マッシーがマントを翻してひざまずいた。
「陛下の御慈悲に、敬意を」
レオポルド陛下は少しだけ目を細め、マッシーを見た。
……"お前を信じた甲斐があったな"って言ってるみたい。
手首から鎖が外された瞬間――
外から鳴り響く鐘が、今度は祝福のように聞こえた。
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