わずかな解放と嗚咽

【前回までのあらすじ】

 私たち夫婦が“それ”と呼ぶ、ひもでほどけるショーツは、私たち夫婦の営みの合図になっていた。しかし、私が“それ”を身に着けるのを静かに拒絶すると、夫が身に着けるようになった。

 けれども、夫の変化は、日常的に女性用の下着を身に着けることや、営みの中での姿勢にも表れる。そうした変化を、私は受け止める一方で、ためらいを抱えつつも、クリスマスの夜に夫へ特別な下着を贈る。夫はそれを身に着けたまま、私の支配を受け続ける――


―――


 私が夫の上に身を落ち着ける前、夫の身体はまだ、ショーツの布地の中になんとか収まっていた。

 けれど、私がわずかに夫へ動きを与えるたび、布の奥に潜んでいた反応が、徐々に形を主張しはじめ、繊細なショーツは、次第にその役割を保てなくなっていた。


 薄い布の中央が持ち上がり、収まりのきかない“存在感”だけが、外からでもはっきりと分かるほどになる。

 本来は静かにその部分を覆うはずの下着が、今ではほとんど象徴的に、根元のあたりに寄りかかるだけになっていた。


 私はその様子をしばらく見つめ、少しだけ身体を後ろへ引く。

 そして、ショーツの端にそっと指を添え、布地の位置をほんのわずかに下へずらした。

 布にかすかに押さえつけられていたものが、その瞬間、すっと完全な自由を取り戻したように見えた。

 夫の息がひときわ強くゆれ、その解放の感覚に全身が反応していることが、空気越しにも伝わってきた。


 私はさらに身体を後ろに引き、その解放された部分に、顔を近づける。

 触れるか触れないか、その境界だけをなぞるような位置を保つ。


 視界を奪われた夫は、私の息づかいだけを頼りに、次に何をされるのかを感じ取ろうとしているのだろう。

 声を上げたいほどの緊張が、喉元のどもとでふるえているのが分かる。


 その息は、抑え込まれたうめきのようでもあり、羞恥しゅうちに染まった呼吸が詰まりかけているようでもある。

 胸の鼓動が速まるたび、夫の全身は、小さく跳ねるように沈黙を破りかける。


 私の吐息だけが、夫の中心へかかっていく。

 その気配に、夫の呼吸はさらに乱れ、声にならない呼吸がかすかにふるえを帯びていく。

 やがてそのふるえは、期待と屈辱が入り混じった嗚咽おえつの手前のような音へと変わり、夫はそれを必死に押しとどめようとしていた。


 私がさらに顔を近づけると、夫がついに声をこらえきれず、喉の奥でかすかなふるえをもらす。

 その一瞬の反応だけで、夫がもう自分では支えきれないところまで追い込まれているのが分かる。

 私は、その事実を確かめた途端とたん、胸の奥が静かに満たされていくのを感じた。


 そっと夫の胸元へ両手を添え、私は、夫にわずかな抵抗さえ許さない姿勢をとってあげる。

 夫はそのまま、私の手と身体の重みに合わせて、沈み込むように息をめる。

 その様子は、私が与えた緊張と期待を、余すことなく受け取っている証に思えて、私はその反応だけで、今夜に求めていたものが整ったと悟った。


 私はそれ以上は何もせず、夫を見守るだけだった。

 呼吸を奪うほどの緊張と、逃げ場のない期待が、夫の身体を内側から締めつけているのが伝わってくる。

 視界は奪われているはずなのに、私がただ見下ろしているだけで、夫はその視線の気配にふるえ、胸の奥をかき乱されているようだった。


 やがて、夫の方が先に限界を迎えた。

 なんとか押し殺そうとしている嗚咽おえつが、夫の口から徐々にこぼれ始める。

 それは屈服くっぷくというより、もう逃げられないと悟った誰かが、最後の戸惑いを吐き出すような音だった。


 次の瞬間、夫の身体は大きくふるえ、まるで自分の意志とは別の場所で、何かがせきを切ったかのように力が抜けていく。

 私はただその変化を受け止めるだけで、何一つ、動いていないのに。


 夫は、自分の深部からせり上がるものにあらがえず、静かな崩れ落ちるような息を吐き切った。

 私はその夫の息が落ち着くまで、やさしく夫のお腹をなでつづけてあげた。

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