抵抗を封じる、やわらかい拘束

【前回までのあらすじ】

 私たち夫婦が“それ”と呼ぶ、ひもでほどけるショーツは、私たち夫婦の営みの合図になっていた。しかし、私が“それ”を身に着けるのを静かに拒絶すると、夫が身に着けるようになった。

 けれども、夫の変化は、日常的に女性用の下着や服を身に着けることや、営みの中での姿勢にも表れる。夫の誕生日に、私は夫へ、女性向けの下着を贈り、それを身に着けた夫と、営みを始める――


―――


 私は夫の上に、静かに身を預ける。

 あかりを落とした寝室の中で、二人の影が重なり合い、ゆっくりと一つの形を作っていく。


 これから続く時間を、ふたりで確かめ合うために。


 二人の体重が重なり合ったまま、私はそこでそっと動きを止めた。

 今夜の夫は、私が何度も深く息を乱すように包み、確かめてくれた。

 その余韻よいんはまだ、胸の奥に温かくともっている。


 だからこそ、今すぐに結末へ急がせてしまうのは、もったいないように思えた。

 それにこれは、夫がくれた時間への、小さな“お礼”でもある。


 私が静止しているせいだろうか。

 さっきまで細かく揺れていた夫の呼吸は、次第に整いを取り戻していく。

 胸の上下が落ち着いていく様子が、肌越しにゆっくりと伝わってくる。

 その変化を感じ取りながら、私はそっと、中心の重なり方をわずかに深く整えた。

 触れ合う部分に、ごく軽い緊張を作るように。


 その瞬間、夫がこらえきれずに小さく声をもらす。

 その反応を耳にしただけで、胸の奥にふわりと満たされるものがあった。

 ほんのわずかな仕草で、互いの温度がまた一つ、確かめられる。

 その事実が、静かにうれしかった。


 私はそのまま、夫の胸元に触れる手の動きを絶やさず続けた。

 指先が夫の肌の上でゆっくりと円をえがくたび、夫の身体は小さくふるえる。

 そのふるえがゆっくりと胸から喉、そして呼吸のリズムへと伝わっていく。


 一つ息を吸うたびに、夫の背が反り返るように浮き上がり、次の息をころには、力が抜けてベッドに沈み込んでいった。

 その落ち方は、まるで一度高みに登り詰めて、そこからふっとほどけるように落ちていくようだった。

 そんな動きを、何度も繰り返していた。


 肩が波の頂に押し上げられたようにふるえ、声になりきらない息が喉でほどけて、短く、途切れ途切れにもれる。

 そのたびに、夫の手がシーツを弱く握り、やがてまた力を失って開かれていく。


 高まりと、ほどける瞬間が、交互に訪れる。

 それは一度きりではなく、区切りをつける間もなく続いていき、夫の体温はゆっくりと上がり、呼吸は何度も波打ちながら乱れていった。


 けれど夫のその波は、まだ、夫の外側へは、放たれないままだ。

 そうしてまるで、夫の内側だけで静かに、何度も揺り上げられているようだった。

 私はその揺れを両手で受け止め、夫が沈み込むたび、そっと包み込むようになで続けた。


 身体の重なりそのもののは保ったまま、揺らすような動きは、決して加えない。

 あえて結末へは、急がせないために。

 だってこれは、今夜、存分に私の身体を楽しんで、私を翻弄ほんろうした夫への、ちょっとした仕返しでもあるのだから。


 何度も高まりに翻弄ほんろうされた夫は、息を乱しながら、すがるように私へ手を伸ばそうとした。

 その指先が私の身体に触れようとした瞬間、私はそっと自分の手を夫の胸から離し、その手を押しとどめる。

 もう私に触れさせはしない——そう静かに告げるように。


 太ももの位置にとどまったままだった夫のショーツを、私はゆっくりと完全に脱がせる。

 そしてそれを夫の両手ににぎらせ、頭の上の方へ持ち上げるよううながした。

 まるで、余計な抵抗を封じるための、やわらかな拘束のように。


 夫は素直に従い、腕を上げたまま私を見上げる。

 その姿を確かめた瞬間、胸の奥に静かに満ちてくるものがあった。


 ——今、夫の身体の主導権は私が握っている。

 そのことを、夫自身にもはっきりと分からせてあげた。


 私はそっと夫の身体に重心を戻し、ふたたび深く寄り添う。

 触れ合った瞬間、夫の呼吸がふっと跳ねあがり、押し殺したような声がもれる。


 胸元に顔を寄せると、夫はかすかにふるえ、その反応が私にも伝わってきた。

 片方の手は、夫の胸元に残されたもう一方の先端へと触れ、細かな反応を確かめるように、ゆるやかに動きを続ける。


 もう片方の手は、上に上げられた夫の腕に沿ってゆっくりとなで、必要以上に力を入れさせないように、落ち着けるようにと、呼吸を整えるように導く。

 そのたび夫の身体はやわらかく沈み、次第に声さえも出せなくなっていく。


 やがて、夫の喉からは音にならない息だけがもれるようになり、波のように乱れた呼吸だけが、静かな部屋に残った。

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