私がまだ知らなかった、あなたの新たな一面

【前回までのあらすじ】

 私たち夫婦が“それ”と呼ぶ、ひもでほどけるショーツは、私たち夫婦の営みの合図になっていた。しかし、私が“それ”を身に着けるのを静かに拒絶すると、夫が身に着けるようになった。

 けれども、私たちの変化は、そうした営みの中だけにとどまらず、夫は、日常でも、女性用の下着や服を身に着けるようになっていく――


―――


 そのころからの私たちの営みも、また少しずつ、変わっていった。


 夫はさらに、“受け身”になることが、増えていた。

 最初は、そうなる理由を深く考えないようにしていた。

 けれど、夫の中に、以前とは違うやさしさが宿っていると、私は感じていた。


 その夜も、私たちは言葉少なに向き合っていた。

 あかりを落とした寝室の中で、息づかいだけがあわく重なり合う。

 私は、夫の肩越しにのびる影を見つめながら、そっと手を伸ばした。


 私の指先が、夫の胸に触れる。

 その瞬間、夫の身体がかすかにふるえた。


 私は、ただその温もりを確かめるように、指をすべらせる。

 夫の呼吸が少し乱れ、くちびるはしがふるえた。

 言葉はなく、声も上げない。

 けれど、その沈黙が、すべてを語っているように思えた。


 もう一度、私はそっと触れた。

 さっきより、少しだけ念入りに。

 夫は小さく息を飲み、目を閉じた。

 その表情には、ためらいと受け入れが入り混じっていた。

 その奥に、私がまだ知らない夫の一面が、静かに浮かび上がってくる気がした。


 ――このまま、触れ続けていいのだろうか。


 そんな迷いが胸の中をかすめた。

 けれど、夫を確かめたいという思いで、私はその温もりに指を重ね続ける。


 夫は、息を一つ深くき、私の手の上に自分の手を重ねた。

 それは、私の手をこばむ仕草ではなかった。

 ただ、自分の静かな思いを伝えるような、おだやかなれ方だった。


 夫の胸の先端へ、私は唇を近づける。

 もう片方の胸へは、私の手で触れていく。

 夫はほんのわずかに、小さく声をあげて、全身をふるわせた。


 私は無言のまま、舌先で慎重に、私が感じているいとしさを伝えていく。

 しばらくそれを続けていると、夫は短く、大きな声を上げた。


 かすかにふるえ続ける夫の身体から、私は少しだけ、身体を離す。

 それから私は、夫をそっと抱き寄せた。

 夫の頭が、私の胸元に、静かにあずけられる。


 髪をやさしくなでていると、夫のふるえがおさまっていく。

 それと共に、呼吸もゆるやかに落ち着いていくのが分かった。

 その小さな動きのひとつひとつが、私の心にしみていく。


 その夜は二人とも、それ以上のことをしなかった。

 ただ、お互いの体温を確かめながら、しばらくのあいだ、静かに寄りそっていた。



 目を閉じると、夫の息づかいが、私の胸にあたたかく触れた。

 その感触の中に、どこか新しい安心があった。


 変わりゆく姿の向こうに、それでも確かに“夫”がいる。

 私はそのことを、ようやく少しだけ信じられる気がした。

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