あなたが私の身体から離れようとする感覚

【前回までのあらすじ】

 たまたま私が買った福袋に入っていた、ひもでほどけるショーツ。“それ”は、私たち夫婦の私たちの営みの合図になっていった。しかし、私が“それ”を身に着けるのを静かに拒絶すると、私の夫が身に着けるようになった。

 けれども、私たち夫婦の変化は、それだけではない。夫が新たなショーツを用意してきて、それを夫が身に着けていた。営みが始まり、夫が私の中に――


―――


 夫の呼吸が、少しだけ荒くなった。

 私は、背中にわせた指に、少しだけ力をこめる。


 やがて、夫の身体の緊張がほどけていくのを、私は身体で感じた。

 おだやかで、静かな終わり方だった。

 夫は短く息をき、私の中からそっと離れようとする。


 いつもなら、そのあわただしい動きに、どこか安堵あんどを覚えていたはずだった。


 けれど、今夜は違った。

 夫の身体が、私の中からゆっくりと離れていこうとする、その感触。

 心のどこかが、かすかに追いすがるように反応した。


 まだ、離れてほしくない――。

 その想いが、言葉になる前に、胸の奥で小さくふるえる。

 身体の奥に残るぬくもりが、夫と私をつなぐ何かのように感じられた。

 それが絶たれてしまうのが、惜しいとも、怖いとも感じられる。

 その二つの感情が、私の心中で、静かににじんでいく。


 ほんのわずかでいい、もう少しだけこのままでいてほしい。

 そんな願いを、声に出すことはできなかった。

 ただ、夫の背中に回した手に、ギュッと力を込め、長く息を吐く。


 私のそんな思いを、夫は感じ取ったのかもしれない。

 離れようとしていた身体の動きが、ふと止まった。


 まだ、私と夫のつながりは、たもたれたまま。

 夫の吐息が、私の頬にかかる。

 その呼吸は、さっきよりも少し荒く、それでもどこか落ち着きを帯びていた。


 思いが通じたのだと感じた瞬間、胸の奥に静かな満足が広がっていく。

 私は、夫の背に添えていた腕の力を、ゆっくりとゆるめた。


 やがて、夫は再び、そっと身体を引き離そうとする。

 その動きが、名残惜しくて、私は思わず夫の手に自分の手を重ねた。


 指先が触れ合う。

 それだけで、まだ途切れていない温もりが、確かにそこにあるように思えた。


 私は、夫の指に自分の指をからめようとした。

 けれどその前に、夫の方から、そっと指をからめてきた。


 思いがけないその動きに、胸の奥が小さくふるえる。

 何かを確かめるような、静かなぬくもりだった。


 私は、夫の手をゆっくりと自分の身体の方へ導いた。

 夫の指先が、ためらいがちに、けれどやさしく肌にれる。

 その手の動きは穏やかで、どこか祈るようでもあった。

 そのやわらかな感触が、少しずつ私の中の緊張をほどいていく。



 どれくらいの時間が過ぎたのか分からない。


 気づけば、胸の奥にあったわずかな違和感が、静かに溶けていくようだった。

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