静かな拒絶の中で、私はまだ、あの人をきっと愛している
Çava
私たちの間の、いつもの営み
窓の外では、雨の音がしていた。
昼間は晴れていたのに、夜になって急に冷え込んだらしい。
私は部屋の
それでも、いつもの静かな夜のはずだった。
私は、シーツの上で息をひそめながら、隣にいるあなたの気配を確かめている。
私はもう、全てを脱いでいた。
外した私のブラとショーツは、軽くたたまれて、ベッドの端に落かれている。
少し前まで結んでいた髪はほどかれ、湿った夜気が、私の首筋をなでていた。
その感触がくすぐったくて、思わず小さく息を吸う。
あなたの手が、私の髪をすくう。
その指先が少しだけ冷たくて、私は肩をすくめた。
「だいじょうぶ?」
あなたの小さくささやく声が、
私は、かすかにうなずいた。
肌が触れるたび、時間がゆっくりと溶けていく。
あなたの動きは慎重で、どこかたどたどしい。
昔のように私の身体を求める勢いはなく、まるで壊れやすいものを扱うようだ。
あなたが身に着けているショーツのひもが、軽く私の肌に触れる。
サイドのひもをそっとほどけば、簡単に脱がせることができてしまう。
ワインレッドの薄い布に、レースがたくさん使われている。
それをあなたが身に着けることが、営みの合図。
だいぶ前から、私たちの間では、そうなっていた。
そのことにもう、慣れてはいるのに。
それでも、そのひもが私の肌に触れる感覚は、まだ私の心をざわつかせる。
何度も呼吸が重なっては離れる。
そのたびに、胸の奥で言葉にならない感情がふくらんだ。
懐かしさなのか、違和感なのか、自分でもうまく説明できない。
けれど確かなのは、いま
昔より少し長くなったあなたの髪が、私の
私よりは少し短い、あなたの髪。
そこから、
その香りは、どこか遠い記憶をくすぐられるようで。
それが、やわらかい痛みを、私の胸にしっとりと広げてくる。
あなたのやわらかな指が、私の肩から腕へとすべる。
私は目を閉じて、その感触に身をゆだねようとする。
指の動きが、とても
でも。
「いつものように……お願い」
少しかすれた声で、あなたがささやく。
その声に、私はほんのわずかに、身体を固くしてしまう。
理由は私にも、よく分からない。
私の胸の奥に、言葉にならないざらつきが残った。
ベッドに身をゆだねるあなたの胸に、そっと、手を伸ばす。
指先が触れた瞬間、あなたの身体が小さくピクリと動いた。
その反応がどこか壊れやすいもののようで、私は息を詰める。
その音が、私の指先を通して胸の奥に伝わってくる。
そのたびに、胸の奥のどこかが、じんわりと熱くなる。
「……ん」
かすかな声を、あなたはあげた。
それは甘いものでも、苦しいものでもなく、ただ抑えきれないような響きだった。
私は一瞬、手を引こうとして、それでもやめた。
その反応に
ただ、触れているこの場所に、私たちがいまも
ゆっくりと指をすべらせる。
あなたの肌の下で、鼓動が、まるで呼びかけるように、強く打つ。
その鼓動のリズムは、私の呼吸も、少しずつ乱していく。
そのまま、私はあなたの胸の先端へ、触れていく。
できるだけ、軽く、やさしく。
あなたの身体は、またピクリと動いた。
その動きは、さっきより大きい。
私はそのまま、手のひらであなたの胸を包むように、そっと動かしていく。
「んっ……」
あなたの声が、少しだけ大きくなる。
その変化に、私は戸惑って、手の動きを止めてしまいそうになる。
触れているのは肌なのに、確かめているのは心の
不安と、
私の指先が、その境界をさまようたび、空気が静かにふるえた。
私は身体をわずかに起こして、あなたの胸に唇を近づける。
――いつものように。
「や……んっ!」
再び声がもれ、あなたの呼吸が、ひときわ強く乱れた。
何かを押し殺すような、短い吐息。
あなたの指が、私の腕にかかる。
私に、しがみつくように。
何かをこらえるような音。
私の腕の下で、あなたの肩が大きくふるえた。
それは、痛みでも恐れでもなく。
この時間を壊したくないという、あなたの思いのようにも感じられた。
そのふるえが、どこかもろくて、怖いほど
私はその理由を考える前に、ただ、自分の胸の奥に波打つものを抱え込んだ。
それでも、触れてはいけないものに触れてしまった気がしていた。
――私は静かに、唇の動きを止めた。
理由は、うまく言葉にできない。
けれど胸の奥には、甘くて、苦くて、言葉にならないざらつきが残っている。
あなたは何も言わず、ただ私の手を握りしめる。
その握り方が、いつもより少しだけ強くて、それでもやさしくて。
私は何も、言えなくなった。
静かに、営みが終わる。
あなたは先に眠り、私はその寝息を聞きながら、天井を見上げた。
私の手を握ったままの、いつもよりも熱い、あなたの手。
それは、私よりも大きい。
そっとあなたの手を放して、今度は私が、あなたの手に触れる。
ちょっとだけ
そうだ。
あなたは私の、夫だ。
その事実が、いまさらのように重たく響く。
この数年で、あなたの中で何かが静かに変わっていった。
身につけるものだけでなく、仕草も、言葉も。
それにつれて、私のあなたへの想いも変わった。
でも、それでも、私はあなたを愛している。
ただその形は、同じものではなくなっている。
私はシーツを引き寄せ、眠るあなたの肩を
あなたの肩に沿わせた指先が、わずかにふるえる。
——それでも、私はその
そのふるえは、私の静かな拒絶。
でも、そんな拒絶の中でも、私はあなたの温もりを、手放せない。
――私はまだ、あなたを、きっと愛している。
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