1話【異能】


2035年。


私は、新日本国際国家・政府化学技術イノベーション事務局で技術員として働いている。


私たちの使命は単純だ。

異能を持たない者に、疑似的な力を与えること。

異能者に対抗できる「手段」を生み出すこと。


かつての日本では、それは不可能だった。

異能戦争を境に、この国は変わった。

異能者は脅威となり、非異能者は無力を突きつけられた。


銃や刃物が解禁されたところで、

異能という暴力の前では焼け石に水だった。


だから私はここにいる。

ただの武器ではなく、

異能に届く技術を作るために。


事務局地下。

薄暗いラボの中央で、王来王家燕は無言で一つの物体を見下ろしていた。


それは銃だった。

冷たい金属の感触が、指先を通じて伝わってくる。


その隣に、もう一つ。

人の形をした“影”が横たわっていた。


それに気づいた瞬間、背後で小さな悲鳴が上がる。


「ヒッ…!!?」


新人の部下、財前都姫ざいぜんときだった。


影の正体は遺体。

どこかの誰かだったもの。


燕はそれを一瞥すると、静かに口を開いた。


「あら都姫、死体は初めて?」


財前は顔を引きつらせながら、縦に首を振る。


「なら今日で慣れときなさい。ここの仕事は異能者の遺体と向き合う仕事よ」


そう言って、燕は財前の肩に手を置いた。


「その子がお前の後釜か?」


背後から、気だるげな声が投げかけられる。


ボサボサ頭の男。

このラボの責任者、魏藍衝平ぎらんしょうへい


「後釜って、まるで私が辞めるみたいな言い方やめてくれますか?」


呆れたように返しつつ、燕はすぐに表情を切り替えた。


「それで?これが次の試作品と被験者ですか?」


「あぁ、そうだ。こいつだ」


「今回の被験者は…?」


「第三級異能犯罪者。名前は”カミヤジンタロウ”」


燕の視線が遺体へと戻る。


「今回はどうやってここに?」


「…対異能警察部隊との異能聴取中の公務執行妨害で執清しっせい


「異能者に対しての武力行使、過度な場合は生死は問わない…ね。要するに対異能警察部隊に殺されたってわけね」


「そっ。そんで第三級なため、ここに送られてきたってわけだ。」


ここに送られてくる遺体は、研究材料。

そう割り切れなければ、この仕事は続かない。


「それで何から始めるの?」


燕は一歩下がり、魏藍を見た。


「まずは”カミヤ”の異能だ。閃光人間フラッシュマン


「フラッシュマン?」


「手を正面に突き出すと、とんでもない光を放つ。まぁ手から閃光手榴弾だと思えばいい」


「なるほど」


王来王家燕はじっと魏藍の動きを見守っていた。彼女の鋭い眼差しが、次の指示を待つかのように魏藍に注がれている。それに気づいた魏藍は、軽く肩をすくめて言った。


「そんなに急ぐな、王来王家」


魏藍はホワイトボードの前に立つ。


「新人ちゃんのために、基本のおさらいだ」


「どうして今更そんなことを?」


「彼女が生き残るためだ」


財前が背筋を伸ばす。


「えっ、わ、私のためですか…?」


「そうだ。覚えておけ」


異能者と呼ばれる者たちは、例外なく「脳と肉体が異常な活性に耐えられる身体」を持っている。

通常の人間が同じ状態になれば、脳も肉体も先に壊れてしまう。


その異常を引き起こすのが、S細胞だ。


空気中に存在するとされるS粒子が、体内で白血球と結合し変質したもの。

それがS細胞となり、血流に乗って脳へ到達する。


S細胞は脳を強制的に活性化させる。

ドーパミンやアドレナリンの分泌を急激に引き上げ、

脳は本来あり得ないレベルのエネルギーを発生させる。


その負荷に耐えられた者だけが、異能者として生き残る。


だが代償は大きい。

異能とは、S細胞を消費して放出される力だ。

使えば使うほど、確実に失われていく。


生きている異能者は、体内でS細胞を補える。

しかし――死体から取り出したS細胞は違う。


消費し切れば、終わりだ。



「はいはい、じゃあそろそろ始めてもいいかしら?」


燕の視線が、再び“カミヤ”の遺体へと落ちる。

その目には躊躇も嫌悪もない。ただ、次に進むための冷静さだけがあった。


魏藍はゆっくりと頷いた。


「そうだな。異能の基礎は説明したし、準備はもういいか」


彼は一歩、燕へと歩み寄ると、次に財前へと視線を向ける。


「財前、今話したことはしっかり覚えておけ。お前がこいつの役割を引き継ぐつもりなら、なおさらだ」


突然向けられた重い言葉に、財前は一瞬だけ息を呑み、それから姿勢を正した。


「は、はい!予習と復習、しっかりやっておきます!」


声は少し上ずっていたが、逃げ腰ではなかった。

その様子を見て、魏藍はわずかに満足そうに頷く。


そして燕へと向き直る。


「それじゃあ始めるぞ。燕、準備はいいな?」


「ええ。都姫、悪いけど手伝ってもらうわよ」


「は、はい!頑張ります!」


財前の返事に、燕は一瞬だけ微笑みを浮かべた。

だが次の瞬間には、その表情は完全に仕事のものへと切り替わる。


「いいわ、始めましょう。私達の仕事と研究を」


ラボの照明がわずかに落とされる。

機材の起動音が、低く、規則正しく鳴り始めた。


解剖台の上で横たわる異能犯罪者。

生前、その力で人を脅かした存在は、今や無抵抗な“材料”だ。


だが、それは単なる死体ではない。

非異能者が異能に抗うための、可能性そのもの。


燕は銃へと手を伸ばす。

冷たい感触が、確かな現実として掌に伝わる。


薄暗いラボの中、

静寂と張り詰めた空気だけが、静かに、確実に満ちていった。


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