第5話 この付加機能はすべて無料で利用できます

〈人生に悩みはつきもの。人間関係、恋愛・結婚、育児・教育、その他何でも。あなたのAI人工知能に任せてみませんか? この付加機能オプションはすべて無料で利用できます〉 

  ――株式会社GPWゲート・プロフェッショナルズ・ワタナベの福利厚生紹介冊子より


『ハル、元気にしてる? レンから定期連絡は来ているから大丈夫だとは思うけど、たまにはあなたからの連絡もほしいな。1年に1回ぐらいはあなたの声が聞きたいです。会うことは無理でもそれぐらいはしてちょうだい。ああ、そうそう、この前アキが彼女を連れてきてね、結婚を考えてるんですって――』

 オオタミ・ハルは母から先日送られてきたビデオメッセージを自宅でもう一度再生していた。さすがにこちらも返事を送りましょう、とレンに諭されたからだ。

 自分から率先してしようとしないのが彼女らしい。いや、単にどういった内容にすればいいか思いつかなくてズルズルとそのままだっただけだ、と彼女は自らに言い訳をしている。

 どのみちこのメッセージが彼女の手元にやってくるまで3週間かかっている。なら返事だって3週間はかかるし、そもそもこのメッセージが届いたことが母親に伝わるのも3週間後だ。ということは返事をしなくてもそのまた3週間ぐらい後にはまた母親からメッセージが来るだろう。彼女が返答をするしないに関わらず、母親とはそういうものだ。

「ねえ、レン。なんて返せばいいかな――やっぱいい、自分で考える」

『はい、それがいいと思います』

 いままでの彼女なら、レンに任せていただろう。

 それをしなかったのはササ・ユメコの結婚話があったからに違いない。そもそも返事をしようとしたのも、ユメコのことがあったからだ。

 とはいえ億劫なのも確かなのだろう、彼女は「はぁ」と一つ溜息をつくと、手のひらサイズの携帯端末スマートデバイスを机の上に立てて動画の撮影を始める。

「お母さんひさしぶり、わたしは元気にしてるよ。んっと、いつもどおりだから。えっと、まあ、レンがいるんだしそんな心配しなくて大丈夫。ん~、あっくんの彼女って、どんな人かな。あ、結婚だっけ、式とかするのかな――ってまだそこまで決まってない感じ? どのみちわたしはたぶん行けないと思う。仕事抜けられないし、お祝いのメッセージは送るけど――」

 無難な話題を無理にでも詰め込んでいく。ときおり言葉に詰まるけれども気にしない。ただし基本的に自分のことは話題にしない。職場の同僚のユメコが結婚したことを話題にしようか悩んだものの、自分のことじゃないしと思って結局は伝えることにした。

「うーん、こんなもんか。レン、あとはテキトーに編集しといて?」

『お任せください、お嬢様』

 机の上の投射装置に表示されたレンの立体映像ホログラムは、本物の執事のように綺麗な所作で一礼しながらそう答えた。

 その様子を見ながら、彼女はその立体映像と並んだ場所にある電子フォトフレームを眺める。そこには執事服を着た金髪美男子の姿があった。

 レンのアバターの元になったVR乙女ゲーム「キミと5人の王子様が超絶バトル。死闘を抜けたその先にあるものは?」の隠しキャラであるレオニール。

 アバターは少し簡略化デフォルメされているのに比べ、こちらは造りがとても精巧だ。といってもファン以外には区別がつかない細かい部分だけど、これはAIが持てるアバターのデータ量制限の都合なのでどうしようもない。というわけで、レンはレンだし、レオニールはレオニールである。レンとレオだと少し似ているけれどこれは偶然である。

 レオニールは5人の王子様の逆ハーレムエンドを達成すると攻略可能になる、主人公の執事の男性だ。実は隣国の王子で、というよくある設定なのだけれど、ハルは最初から彼が目当てでこのゲームを入手した。

 先日ようやく隠しルートが解放されてただいま絶賛攻略中である。

 ちなみにタイトルにあるとおり乙女ゲームでありながらアクションバトルものである。ただしVRで身体を激しく動かすのは主に周囲の損害的に危険なので、付属のコントローラで操作する。結局はコントローラによる操作がもっともやりやすいのだ。そしてハルは割とアクションものが苦手なので、攻略にはずいぶんと時間がかかっていた。

 その昔、未来を扱ったライトノベルでは仮想世界のアバターを脳からの直接信号によりフルダイブして操作するVRというものが空想されたことがあるらしい。その間現実の身体は全く動かなくなるとか。そんな危険な代物は現実の世界では生まれなかった。

 ハルは時間を確認する。昼食を摂ってからビデオメッセージを作成していたので、14時半である。今日は仕事はない。午前中にトレーニングルームで最低限必要な運動は行ったので、残りの時間を使ってやることは一つしかない。

 彼女はVRのためのヘッドセットを手に取る。

 ハルが暮らすのはステーションの従業員居住区域に用意された部屋で、かなり広めのワンルーム。当然だけどトイレと浴槽付きのシャワールームあり。部屋の角に大きめのベッド。今座っている机は別の角にある。部屋の広さは40平方メートル(日本の伝統的な表現だと約25畳)。もちろんクローゼット等はそれとは別にある。基本的に金属でできている部屋なのだが、内装の工夫で木質を感じられるようになっていた。

 ただし流し台はあれど、コンロはない。もちろん火の手がもっての他であることが一番の理由ではある。ただ自炊なんてしたことがないハルにとってはとても都合がよいし、レンに頼めばバランスの良いメニューをステーション内の共有施設である自動調理機で作って持ってきてくれるのである。

「レン、夕食の時間になったら呼んでね」

『お嬢様、その前に少しお話があります』

「え? なに?」

 結局その日、ハルは『キミバト大好きなゲーム』をすることはなかった。



 その日ソラシマ・カイトは14時から始まった8時間の勤務を終え、ゲートステーションに併設されたトレーニング区画モジュールに赴いて軽く汗を流した後、自室に戻りシャワーを浴び、一息ついていた。

 星系間通信管理士の仕事、というよりもゲートステーションを管理する仕事全般について言えるが、基本的に24時間誰かが働いている。

 カイトのいるJPN51星系内50番方向ゲートステーションの星系間通信管理士は全部で6人。基本的に1人勤務の3交代制になっているが、5回勤務すると次の1回は休みになる。休みは6人が順番でとるので、次の勤務は4回分の勤務時間が経過後、つまり明後日の6時から14時ということになる。

 この間までスミバヤシ・キョウジが結婚式のため1か月以上長期休暇を取得していたので、その間は5人で回していた。そのため5回勤務後の休みはなかったが、そもそも勤務翌日は休みになることが多い(6時からの勤務の場合のみ、翌日22時からの勤務が発生する)。そして給料は基本給に加えて時間給もあるため働けば働くほどお金はもらえる。

 といっても労働基準法に基づいて、働ける時間に制限があり特に宇宙労働者に対しては制限が厳しい。だからこそだろうか、カイト自身はそれほど働いている自覚はないし疲労やストレスも感じていない。

『カイトおにいちゃん! メッセージが届いてるよっ!』

「……」

『どうしたの? ははーん、さては妹の可愛さに惚れ直してるでしょー?』

 ウザい。

 カイトは一人っ子なのだけれど、妹がいるというのはこんなにウザいものなんだろうか、と彼は訝しむ。

 もちろん本日のアイのおふざけである。机の上の投影装置に表示された立体映像ホログラムは、なぜかカイトが通っていた高校の女子制服姿をして、高めの位置でサイドテールにしたピンクの髪が特徴的な女の子になっていた。

「俺には妹はいない」

『妹じゃないよ、義妹いもうとだよ、おにいちゃん!』

 どちらも同じじゃないかと思ったカイトだが、なんとなくアイが言いたいことは察せられた。

「やめなさい」

『またまたあ、そんなこといって嬉しいくせに~。と、に、か、く、メッセージ読んでよ、おにいちゃん! 義母ママからだよ?』

「まじか、それを先に言えよ」

 カイトは慌てて机の上に置いてある携帯端末を操作し最新のメッセージを見る。送信日は20日前、前回は25日かかっていたから早いほうだろう。彼は少しほっとした。

 母親からのメッセージに彼が慌てるのには理由がある。彼女は仕事の関係上コノハナサクヤと地球を行き来することがあり、ごくたまに彼のいるJPN51星系もしくは近隣星系から通信アプリ〈C-LINE〉で連絡を取ってくることがあるのだ。その場合早急に返さなければ後が怖い。

 だけど今回はそうではなかったらしい。もしそうならアイは彼をもっと急かしていたはずだ。

 彼はメッセージの内容に目を通す。ビデオメッセージではなくテキストメッセージだ。

『愛するカイトへ。あなたに会えなくて寂しい。たまには直接あって、顔を見みたいな。ところでお母さんは義娘むすめが早く欲しいのだけれど、恋人はできたかな? なんて、その仕事じゃ難しいわよね。だからアイちゃんにいろいろプレゼントしておいたから楽しんでね――』

「……」

 アイが着せ替えコスプレ趣味なのは別にカイトのせいではない。それは彼の母親の趣味であって、彼女はいつも彼に恋人ができたらすぐに紹介しなさいと言っている。それはアイに対してしているように、その恋人を着せ替え人形にしたいからである。

 ちなみにアイの主人はカイトなので、本気でやれば容姿アバターをもっと普通のものにすることは可能だ。それをしないのはひとえに、そうしないと彼の母親がねるからである。

 カイトには父親がいない。だから一人で自分を育ててくれた母親には大変感謝している。そのため自分の許容範囲であるなら、彼女の願いは叶えたいと考えている。

 そして彼の母親もまた、カイトの許容範囲をよくわかっていた。

「返事は明日でいいか」

 母親からのメッセージを読むと彼は一言呟く。内容はおよそ一か月の近況報告で取り立てて新しいことはない。いま返事を出したところですぐに届くわけでもないく、下手すれば1か月先だ。だから一日ぐらい誤差である。

(続きでも読むか)

 彼は携帯端末の電子書籍リーダーを立ち上げて、読みかけの小説を開く。大昔に書かれたため版権が失効し無料で読めるものだ。人類がまだ宇宙に進出する前に書かれたもので、銀河帝国と惑星同盟が数百年もの間星間戦争をしているところに、稀代の英雄が現れて雌雄を決するという、なかなか壮大な宇宙劇スペースオペラである。人類が宇宙に進出した今だからこそ、こんなことは現実には起こりえないことはわかるけれども、これを書いた作家の想像力にカイトは脱帽である。

『どいておにいちゃん! じゃなかった、待っておにいちゃん! わたし義母ママから頼まれごとしてるんだ』

 何かのセリフ(カイトにはよくわからなかった)を言いかけたアイに彼は首を傾げる。

「なんでアイにわざわざ?」

 どうして彼に直接ではなくアイに頼むのか、カイトはとても嫌な予感がした。

 そして過去を振り返れば、彼は気づくのだ。アイを通した頼まれごとを彼が拒むことはできないことに。つまり外堀を埋められている。

『ホントはこんなのイヤなんだよ~。でもでも、義母ママからの頼みは断っちゃダメ。だ・か・ら、義母ママおすすめのマッチングサービスに登録していいよね、お・に・い・ち・ゃ・ん?」

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