ザナック蘇生ifアイザナ
@Zana_14
再生の詩
──────────
アインズ様×ザナック王子です。
ザナックを蘇生してアインズ様とひたすらイチャイチャさせます。
蘇生する理由なんて、友達になりたかったから、だけで十分だと思う。
再生というのはもちろんザナックの生き直しと、アインズ様の心の再建のこと。
突然過去の話に飛んだりします。
ザナック視点から。
──────────
俺、ザナック・ヴァルレオン・イガナ・ライル・ヴァイセルフは死んだ。
アインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下には
"痛みなく殺して貰う"と約束をしたのだが……貴族達の謀反により無念にも殺された。
剣を抜いて啖呵を切ったはいいが、俺の剣の腕や相手の数を考えれば、結果は当然だった。
──今まで俺は…臆病に生きていた。
気難しい兄を刺激しないように自分を抑えて、最期まで父上と対話できず、妹を遠ざけていた。
王国を案じていたのも、自分がかわいくてそう動いていただけに過ぎないのかもしれない。
だが、最後に信頼してくれた側近と共に戦えた。血が煮えたぎるような高揚感に包まれ、剣を握っていたあの瞬間は──俺の全てが本物だった。
良い死だった……。
ああ、魔導王陛下に痛みなく殺して貰う方が傍から見ればマシだっただろう、
すました顔で妹の心配するほどの呑気さも、『死にたくない』と言う叫びに掻き消された。
最後までそんな矛盾を抱えて
俺は……死にたくなかった。愛されたかった。幸せになりたかった。
───────────
…重い…。突然、鉛のような重さが全身を押し潰して、微動だにできない。
これが金縛りと言うやつか、いや……俺は生きているのか?
そう思うと、目の前に薄い光がさしてきて、豪華な天蓋が見えてくる。視線を動かすと紫色の壁、体を支える柔らかいベッド、肌触りの良い布。状況が整理出来ない、体も相変わらず動かない。
だが不思議と安心できる匂いが微かにする。何処かで嗅いだことがあるような。
もしやとは思うが……俺は生き返ったのか?
それともここは、天国かあの世なのか?
そもそも、死んでいるはずの俺が何故こんなに思考できているんだ……。そんな疑問が頭に浮かぶ。
発声しようとすると、喉からヒュウッと音が漏れた。
「ぁ……あぁー……」
掠れ声は広い部屋に溶け込むように消えていく。
「よかっ、た…しゃべれる……あ、あれ…」
(はぁ……? なんでだよ…)
体も動かない、呂律が回らず声も上手く出ない。
混乱して情けなくなり、
泣きそうになったその時──、聞いた事のある低い声が響いた。
「起きたか……。蘇生直後だ、安静にしていろ」
そこには、恐らく"転移魔法"で現れた、骸骨のアンデッド……魔導王陛下、アインズ・ウール・ゴウンが佇んでいた。間違いない、開戦前、話をした仲だ。
「ま、まどうおうへいか…?」
陛下は、呂律の回らない覚めたばかりの俺を一瞥し、目を細めた……。いや、正確には、瞳の赤い光が細くなり、揺れたように見えた。
一瞬、部屋の空気が静まったように感じた。
「……私のことは、アインズと呼べ。」
謎に少し間が空いて、骸骨の彼は口を開いた。
「あ、あいんずさま……わたしは、なぜ……」
先程、蘇生と言っていたよな。
生きているのか、俺は。けれど身体が重く、指一本すら動かせない。
喋ろうとすると、陛下……"アインズ様"の長い指がゆっくりと俺の唇に触れた。
骨だ。冷たい……けれど、どこか優しい。
アインズ様は、興味深い物を観察するように頭を傾けて、俺の頬をしばらくふにふにと揉みながら、何か考えているようだった。
「喋るな。」
「……っ!」
彼の声は思いのほか穏やかだったが相変わらず平坦で、必死にこくこくと頷くと満足そうに、気のせいか、骸骨である顔も笑顔に見えた。
「…いいな」
ふっ、と小さく笑みを漏らすような声が聞こえた。
いい? 命令に従ったことに対してか?
彼の骨である顔はいくら見つめたって表情が読めない。というか俺の頬を揉んでいるのはどうしてだ、何が『いい』んだ?
(疑問が……尽きない。)
「待っていろ。」
彼は、どこか嬉しそうにしながら…
というか骸骨なので声色からの勝手な憶測の感情だが、陛下は俺に背中を向けて転移して消えてしまう。
初めて見た転移魔法を目に焼き付けてから、一旦状況を整理する。
俺は、死んだ。そして、魔導王陛下によって蘇らされ、今……自分の体の五倍ほど大きさのベッドに横たわっている。
(デカい……それに、この低反発。くせになる。)
そういや、陛下は、「待っていろ」と言ったよな。
待つ?? 何を待っていれば……。
ところで今は何時なんだろう………部屋は薄暗いが
もし、カーテンを開けられれば大体の時間帯は分かる。
全力で手に神経を集中させる。
あ、ピクリと指先が動いた気がする。
今度は腕も動かしてみようとするが…。
「う、ぐ……っ」
重い。まるで自分の体じゃないようだ。
「はぁ……はーっ…………。」
視線を動かすと、視界の端の腕は、全く位置が変わっていなかった。
無駄に力んだせいで、頭に血が上って……ぼーっとする。
───カーテンは、体が動かないため断念した。
まぁ時には諦めも肝心だ。
ん………? というかこんな状態では何も出来ないではないか。
魔導王、いや……アインズ様のお役に立てるような事が俺にあるのだろうか。今のこの石像のように固まる怠惰な俺に。
何故、何故アインズ様は俺なんかを蘇生されたんだ?
喋るな、って言われたが……独り言くらいはいいよな?
でも、このまま独り言を繰り返してると軽く精神崩壊を起こしそうだ。
早く帰って来てくれ陛下……いやアインズ様か……慣れないな。
練習しておこう。
次会った時に噛んだりして不敬にならないように。アインズ様……アインズ様……。
陛下じゃなくて、アインズ様。
あ・い・ん・ず・さ・ま。
「───なんだ?」
突然、ご本人が真横に現れる。
急いで転移してきたようだ。
驚きで心臓がはねる。……まったく、どこまで愉快なお方なのか。
「───ふぎゃっっ…!?」
俺もまた叫び声、いや奇天烈な鳴き声を上げてしまった。
声を上げた数秒後に顔に熱が集まって来るが、これはただ、楽しくて興奮しているだけだ。
「なんだそれは、蛙の真似か?」
そんなに驚かれるとはな……とアインズ様は話しながらミニテーブルにトレーを置いた。
その上には、スープが乗っていて、甘くてクリーミーないい香りがする。
「……いえ……違い、ます。しつれい、しました」
正直、驚いた。考え事をしていたら……まさか本人が隣に現れるとは。
もしや、俺は監視されてるのでは?
スープを軽く混ぜている骸骨の王の横顔をまじまじと見詰めながら、そんな事が頭に過ぎった。
ふと、彼との目線が近くなった事に、自分が上半身を起こせているのに気付く。
「私の名を、呼んでいただろう?」
アインズ様の声が先程より幾分か高く、明るくなる。
「練習、をしていました……次に呼ぶ時、に……噛まないように」
いつの間にか、彼の名前を声に出して呼んでいた事実に、なんだか気恥しく感じる。
だが、馬鹿正直な俺の答えに、彼は嬉しそうに笑った気がして、カチリと彼の歯が小さく鳴った。
「腹が空いているだろう? スープを持ってきた。冷めないうちに食べるといい」
「はい、喜んで…頂きます」
自然と、そう返事をした。
段々とハキハキ喋れるようになってきて、俺も嬉しい。
しかし、人と会話ができるのがこんなにも楽しいなんて。まぁ、彼はアンデッドで人間では無いが、
とにかく……会話が久しぶりだからか、涙が出そうだ。
そもそも、こんなに感情を露わにして涙を流すのはもう何年も無かった気がする。
いや、あった。
つい数日前も───。
あの日、魔導王の魔法で無数の命が奪われた光景が頭をよぎる。その日の夜には暗い部屋の中でひとり
肩を震わせたことを思い出す。
王族として、兵を率いる者として、泣くことは許されないと知っていた。だが、胸に押し寄せる後悔と無力感を振り払うことができなかった。
───あの膨大な死の上に、自分の国は立っていた。
目を閉じれば、今もこびりついた血の匂いが鼻を突くような気がした。
それでも、俺は今生きている。
(考えても仕方ない)
俺は思考を放棄して、食欲を優先させることにした。
「いただきます…」
蘇生、されたばかりのせいかとにかく腹が減っている。
(いい香り……)
スプーンですくって口に運ぶと、かぼちゃの甘い風味が口の中に広がる。滑らかな口当たり、素材そのままの甘みとほんの少しの塩気。
それに胃に優しそうだ。
「もっとかきこんでもいいぞ、食欲がないのか?」
俺が遠慮をしているのかと思ったのか、心配そうにアインズ様は声を落として言った。
「いえ、食欲は……あります。ご心配には、及びません……」
何故か食欲はすごくあるし、確かにガツガツといきたくなるが────城にいた頃から、王族として育った癖で、食事は自然とゆっくりとした所作になっていた。
あまり無様を晒す訳にもいかないので、この癖は好都合だ。
(直すのも難しいしな……)
「口に合うか?」
「えぇ、こんなに美味しい食事をご用意いただき、ありがとうございます」
無様といえば……この服、洗濯したての様な匂いが……する。
後から着せられたんだよな。
ということは蘇生後……いやその前か……? 俺の無様な体が、彼の前に……。
落ち着け。でも、彼にとって俺は所詮下等生物。
きっと、ペットとかそこらの動物と同じカテゴリだろう。見たとしても何とも思われてない……。
いやいや、どう思われたとか関係ない! 俺の中の人間としての尊厳が壊れていく音が……!
うん、これ以上は止めよう、今何かを思考しても仕方が無い、それにせっかく蘇生されたのに羞恥で死ねる。
(俺よ、無になれ。)
「そうか、おお……綺麗な食べ方だな。参考にしていいか」
「……んぐ! ……アインズ様が私を、何故ですか?」
俺はスープを吹き出しそうになるのを我慢して、飲み込んでからアインズ様を横目で見て、疑問を口にした。
俺を参考だとか、変なヒトだ。
綺麗な食べ方なんて、そんなふうに褒められたのは初めてだ。
(吃驚した……。心臓に悪いな、このヒトの発言は)
「落ち着いて食べろ」
「うっ、ん゛、けほっ……大丈夫です」
口にしていたのがスープでよかった、固形物だったら喉に詰まってたな。
アインズ様の視線を肌に感じながら皿とスプーンを置いて、水を飲んで深呼吸をすると、俺のその動きさえ目で追われる。
「ほう、食器を置く所作までもが優雅だな……」
(だからなんで、そんなに褒めるんだよお…!)
「……ありがとうございますアインズ様、……身に余るお言葉です」
思わず緊張で早口になってしまった。
「謙遜するな、私は嘘を吐かない。」
(謙遜ではない、事実なんだからな……)
そもそも、俺のような人間に"優雅"は、流石に的外れな評価では?
もしや、魔導王陛下は、俺を掌握して操ろうとしてるのか……?!
「ええ、陛下が嘘を吐くなどと思っていませんよ」
目を細めてニコリとするが、口角がひくついていないだろうかちゃんと誤魔化せているだろうか。
「……そうか」
(確りと見てくださいよ、陛下。この優雅とは程遠い、まるい身なりと
「…何かお気に障りましたか?」と聞かれたり、「殿下がご立腹よ…」とヒソヒソと話される程の評判の鋭い目つきを。)
このヒトは目が悪いのか? それとも何か別の大きな目的があって俺を蘇生したのか?
だが───何となく、だが……。
そんな性格のヒトではない気がする。
「陛下は、やはり優しくて親身なお方ですね。感謝しています、あたたかくて美味しいスープや、こんな上質な衣服に、さらにベッドに寝かせていただいて……」
「……ふふ、そうか……お前には、私がそんな風に見えているのだな。」
アインズ様は歯の間から息を漏らしてふっと笑う。
そして、眼窩の奥の赤い光をギラつかせた。
(ぐえっ……!?)
「えぇ……。」
(もしや、怒った、か……? しまったな、失言だ……確かに、アンデッドの王に向かって……優しいとか、変か……)
黙々とスープを飲む。アインズ様は相変わらず俺の動きを目で追っていて、むずがゆいというか食べにくい……見られていると余計に緊張してしまうな。
─────2─────
食事が終わり、静寂が訪れた。
テーブルの上にはまだ温もりの残る紅茶が置かれている。俺はそれを手に取り、そっと口をつけた。
「……ふ、うっ」
一瞬、顔を顰める。苦い。相変わらず舌に馴染まない味だ。しかし、これはこれで悪くない。そんなふうに思いながら、俺は対面の男を見た。
アインズ・ウール・ゴウン。
不気味なまでに完璧な骸骨の王。自分を"蘇生"した張本人。
「……アインズ様。ひとつ、お聞きしても?」
アインズ様が僅かに肩を揺らした。
今まで堂々としていたのに、やはりこういう時の反応は妙に人間くさいな。
「な、なんだ……?」
ローブの裾を引きずって振り返るアインズ様に、俺は少し考え、それから静かに問いかけた。
「なぜ、私を蘇生されたのです?」
その瞬間、彼の動きが止まり、眼窩の中の赤い光が揺れた。
しばしの沈黙。
やがて彼は「あー……」と呻くような声を出した。
顎に手を当て、言葉を探すかのように何度か唸り、最後に「うん」と頷いた。
「……必要だったからだ」
「ほう…」
「その……魔導国の未来に、お前がいたほうがいい、と思ったんだ。決して個人的な感情とかではなく、あくまで戦略的な理由だ。」「……たぶん」
その言葉は、少し早口でぎこちない響きがした。
「なるほど」
それが可笑しくて、笑ってしまった。
彼の言葉がどこか……"何か"を誤魔化しているようにも聞こえた。だが、それを責めるつもりはない。
「では、その期待に応えられるよう、私も動かねばなりませんね」
この人に着いて行ったら楽しくなりそうな気がする、行く先は想定してたものより、そんなに悪いものじゃない。そんなふうに感じて、自然と口からこぼれていた。
これはただの再確認でも、追従でもない。──俺が決めた事だ。
「あ、あぁ。無理はするなよ?」
「ええ、まずはリハビリからですね……」
そう言って、ふう……と一息ついてから、慎重に足を床へ下ろす。
「焦るなよ。」
ベッドのふちに手をかけて立ち上がろうとすると
俺を見守りながら、アインズ様はその大きな手でそっと肩を支えてくれた。
(うお………こんな感覚……初めてだ)
その手の重みと温もりに、思わず目を見開いた。
支えられていることに慣れていないせいか、それとも、彼の手が驚くほど優しかったからか──。
「あ、ありがとうございます……」
「これを使って歩けるか?」
アインズ様は、空中の見えない空間から、金色の杖を取り出す。
そして、取り出した杖をそっと、俺の右手に握らせた。
「はい……」
アインズ様の手は骨のはずなのに、
"冷たい"のに
何故か"暖かい"気がした。そのぬくもりが、俺の胸の奥に静かに染み込んでいく。
「急がなくていい。」
彼は俺の背中に手を回し、そのまま静かに扉の前まで導いてくれた。
扉が開いて、ぎぃ……と軋む音が妙に大きく聞こえた。
──────廊下には豪華に装飾された柱が並ぶ。深紅の絨毯に杖をついて、一歩一歩踏みしめて歩く。
「ふ、不思議な、感覚だな……おっと、」
歩くという行為が当たり前だったのが嘘のように慎重に足を動かした。
「……もっとゆっくりでいい」
俺は、歩行の難しさに悩みふらつきながらも、背中を支えてくれるアインズ様を見上げた。
「すみません……お手を煩わせてしまい」
「……無理もない。蘇生直後で体力が戻っていないのだろう。それに、二週間程寝ていたからな。」
「そんなに……」
眠っていた時間の事を考え出すと、きっと逃げてくれたはずのラナーとクライム、謀反を起こした貴族達の生死や現在の様子が気になってくる。
これだけの時間があれば、ふたりは逃げ切れているだろうか。
アインズ様は、俺の首を受け取りはしたが……きっと裏切りに対して不快感があったのだろう。
だから、俺は蘇生されたのか……?
なら、国民はどうなったんだろう。
「……おい、?」
息が詰まる。俺はアインズ様に応えられず、俯いた。
「……」
杖をつきながらも今にも止まりそうな程ゆっくり歩く。
(もっと、俺に出来た事は確実にあったはずだ、それなのに)
あぁ、俺はいつもこうだ。
全てにおいて行動が遅い。幼い頃、ラナーのことをもっと気にかけていれば、あいつが「純真なお姫様」を演じだす前に気付けていれば………俺たちの関係は何か変わっただろうか。そんなふうに何度も後悔していたこともある。
今考えるべき事では無いのに、今まで考えないようにしてたのに。大量の過去の記憶と俺の脳内の後悔の言葉が流れて来る。ぐるぐるぐる、と頭の中を激しく回るように。
俺がラナーの様に賢ければもっと先を見通して行動出来たのだろうか、俺に父上の様に慈愛と人望があればエリアスも貴族達もついてきてくれたかもしれない、バルブロ兄上の様に俺にもっと自信と威厳があったなら早くに王位継承出来ていただろう。
廊下に響くアインズ様の規則正しい足音が、唯一俺の正気を保たせている。
たらればの話を考えるなんて俺らしくない、だけど………しなかったことにもやった事にも後悔が溢れて来る。
俺は王国の為に何が出来た?
必死にもがいた先にあったのは──いつも誰かの背中だった。
何もかもが手遅れで、俺じゃ実力不足で。
それでも……不気味な笑顔を浮かべながら茶を差し出す妹や、愛息子の話が長い大貴族と………ただ一緒に居るだけの未来を望んでいた。
身勝手で愚かな。そんな未来。
今の俺には何が残っている?
王族でもなんでもなくなった俺は……価値があるのだろうか。
ここでも、きっと"俺"に意味も意義もない。きっと誰かの代わりにすら、なれない。
本当に、俺は……ここに居ていいのだろうか?
目の前が滲んで、自分がどこに立っているのかも分からなくなる。
こんな、俺は……。
「俺は……生きていて、いいのか」
ふと漏れたその問いは、ただ純粋な、誰にも向けられていない疑問からだった。
「ザナック。」
俺の気を逸らせるような力強い声にハッとする。
背中を支えていた手が離れたかと思うと、ふわりと宙に浮くような感覚。
「無理をするな、リハビリなのだから。」
横向きに、抱き上げられた。背中と膝裏をしっかりと支える手の感触に、何故だか泣きそうになる。
アインズ様は、俺を胸元へ引き寄せた。彼のローブがそっと頬を掠めた。俺は驚いて、見上げるしか出来ない。
「え、えっ……どう…して……」
「ナザリックの庭園を見せてやろう。この時期の花は、見ごろだ。」
その言葉には少しでも俺に安らぎを与えようという意図があったように思えた。
「アインズ様、……私は重いですよ」
重くないわけが無い。確信しながらそう聞くが、彼は首を傾げる。
「私の方が体重はあるだろ。それと……お前、素の一人称は"俺"なんだろう? そっちの方が気楽でいいぞ」
「いや………"俺"、は余計な脂肪が、ふぐっ」
俺の言葉を遮るように、ぎゅっと胸に押し付けられる。
いや……近い近い。
密着した箇所から彼の冷たさが伝わってきて、じんわりとふたりの体温がまじわる。
俺はまるで子供みたいに抱えられて運ばれ、人生最大の恥を味わっている。
こんな歳になって、抱えられるだなんて。
「そんなに緊張しなくていい。肩の力を抜け。」
「は………ハイ」
両開きの大きな扉の前に来ると、アインズ様は片手で扉を押す。
すると───ふわぁっと春の風が頬をくすぐったく撫でて、色とりどりの鮮やかな花が咲き誇る庭園が目に映る。
「素晴らしい庭園ですね……」
こんなに広く、丁寧に手入れされた庭を見た事が無い。俺は城で花を育てていたが、こんなにたくさんの花を世話するなんて相当大変だ。
「フフ、そうだろう」
アインズ様は機嫌を良くしたのか声を弾ませる。
「ええ、美しいですね……」
「……気に入ったのなら、これからはいつでも見に来ていい」
その言葉に、俺は目を細めた。
アインズ様の腕の中で、ゆっくりと春の風が吹き抜けていく───。
「……ありがとうございますっ………!」
思わず、心から感謝が溢れた。
目の前に広がる色とりどりの花々に、初めて見る花があることに気づき、心が踊る。……ナザリックにしかない花なのか?
そんな好奇心を感じつつ、顔が自然とほころんでしまう自分を抑えられない。
「顔が緩んでいるな」
「へっ……? そうですか!?」
慌てて頬を掴んで表情を戻そうとすると、「やめろ」と制される。
「はぁ……本当に、良かった。……ザナック」
アインズ様が、突然顔を近づけてくる。
骸骨が無言で接近してくるのが俺は恐ろしくて、避けることも出来ずに、
(は、え………? な、何、なんだ、し、死ぬ??)
すると、額がぶつかり、ごつんと音がした。
「あ、すまない……」
(ち、近っ!!)
唇がつきそうなほどの距離。
たぶん、恋人とかの距離感で彼は見詰めてくる。
俺の鼻息がもし、かかっていたら申し訳ない。
「いえ、大丈夫……です……」
もう、頭がぶつかって痛いだとかそれどころでは無い。近い……とにかく近い。
それと何故か、動悸がすごい。
アインズ様に抱えられてると……どうにも落ち着かない。なのに、こんな至近距離で見詰められても、嫌と感じない。
ああもう、なんか、俺……おかしいな。
「……お前を蘇生するのにどれだけ時間と労力を使ったか分かるか。アイツらを説得するの、大変だったんだぞ」
真っ直ぐ俺を射抜く赤い光。相変わらず低く荘厳な声、だが少しだけ震えている。
まただ、アインズ様の人間くさいところ。
「……俺には到底理解出来ない程でしょう」
でも、そんな彼の柔らかいところを……もっと知りたくなる。
「そうだ。理解出来ない、理解してくれないだろうな……。」
「すみません……」
俺が軽く頭を下げると、骨の指が頬に伸びてきて引っ張られる。
「な、なんれふか? いふぁいれふ……。」
痛いとは言ってみたが、俺に気をつかって全く力の入っていない引っ張りだった。
「間違っても……死ぬなんて言うなよ」
アインズ様は顔を上げ、やや命令口調、半分懇願の様な低い声で。
「ふっ…………ええ、せっかく蘇生していただいたので、リハビリを経て早く歩けるようになってお役に立ちたい所存です! 魔導国の為、アインズ様の為に尽力する覚悟です。」
両手に拳を握って意気込みを伝えると、
理由は分からないが「はぁ………」と大きなため息を吐かれた。
─────3─────
国宝の鎧を身に付けた、リ・エスティーゼ王国の第二王子、ザナックが俯いている。
顔を上げたザナックの瞳が、まるで俺の内側を見透かすように向けられる。
「どうして……そのように狭量なのですか?」
「……狭量か」
「何を狙っているのですか?」
「何を狙っているのか、」
言葉を受け取り、自分の中で反芻した。
ユグドラシルの、かつての仲間達がこの世界に来ているかもしれない……そう願っていたけれど……。
「何を狙っているか、難しいようで簡単なことだな。」
少し考えて、素直に答えた。この王子には話していいかなと思ったからだ。それにたぶん、隠しても仕方がない。
「私が狙っている……求めているのは、たった1つ」
「─────"幸せ"だ。」
「幸せ?」
「人であろうと何だろうと、求めるのはやはり……幸せ、なんじゃないかな?」
「そのためであれば、他者の幸せを奪ってもよいと……?」
淡々と怒りを滲ませた声でザナックは聞き返して来る。
「当然じゃないか。私の大切な者たちが幸せになるためなら、それ以外の者などどうなろうとかまわない。」
この感覚が人間の感覚とズレていると気付いている。だが、俺は本気で、そう思っている。
創造主と共にいられない彼ら──子供のように大切なNPCたちをせめて幸せにしてやりたい。
「君だって、自国の民の幸せと引き換えに、他国の者たちが苦しむとしたらどうする? 幸せを諦めろと言うのかい?」
「っ……!極論だ!!」
ザナックはテーブルを叩いて立ち上がる。
だが「失礼しました、陛下」とすぐに落ち着いて座った。
「いや、気にすることはない」
「……魔導王陛下ほどの、知恵と力を持たれる方が、それ以外の方法をお持ちではないのですか?」
「……あるかもしれない、だが目の前に簡単に幸せを手にする手段があるならそれに飛びついた方がよい。"幸運の女神に後ろ髪はない"だったか?」
「ふ、変わった女神ですね……。」
「あっ、失礼、別に陛下の信仰する神を愚弄するつもりはございませんでした、お許しください」
彼は堅い表情から、一瞬微笑んだがすぐに戻ってしまう。それでも先程とは違う、どこか柔らかい表情だ。
真剣に議論する時、クスリと笑った時、自分の失言に気付いた時。人間って、こんなにくるくると表情が変わるんだな。
「気にしないでくれ、特に信仰しているわけではないからな」
それに、"幸運の女神に後ろ髪はない"というのはことわざだしな。
「さて、そういうわけだ。私の守るべき者の幸せのために、君たちには不幸になってもらう。納得できたかね?」
彼は少し俯いて、口を開いた。
「ハァ………そうですね。自国の利益を追求し、自らに従う者たちを幸せにすることこそ、上に立つ者の役目と言えます……」
「さて、次は私が質問する番かもしれないんだが……そうだ、ガゼフ・ストロノーフの持っていた剣は今、誰が持っているんだ?」
ザナックの着ている鎧は間違いなくガゼフの着ていた物だった。
「その鎧も彼が着ていたものだろう」
「剣はブレイン・アングラウスという男が預かるという形で持っています。」
「ブレイン・アングラウス?あぁ……あの男は、今回こちらに来ているのか?」
あの青髪の男、居たら間違いなく厄介だな。
「いえ、王城に残っているはずです」
「……なら、君たちをどのような魔法で全滅させたとしても、何も問題はないな」
そう言うと彼はふっと笑って、
「負けるつもりはございませんが、あまり苦しくない魔法で優しく殺していただけると幸いです」
負けるつもりは無いと強気に言っておきながら……
"優しく殺して欲しい"なんて冗談を言える余裕、やっぱり王族ってのは、肝が据わってるな。
「ふむ、そうだな……。せっかくここまで話した仲だ、君ぐらいは、できるだけ優しく殺すとしよう。」
(面白いやつだし、殺す時は……なるべく苦しまないように即死魔法を使うか……。)
「……感謝いたします」
ザナックは、ハハッ、と笑った。
まるで何も恐れていない子供のように、無防備に。そして、俺の出した水をゴクゴクと飲み干す。
「っ………!」
思わず、
右手が動いてしまった。
何故だか彼の手を、止めそうになった。
(何を……、毒が入っていたらどうする!? いや、そんなものは入れてないが……)
「おいしかったです、陛下。」
コトッ、とコップを置いて彼は笑った。
「………………」
その笑顔が、俺の全てに焼き付いた。
───────
約1時間前の対話を思い出していると、アルベドが言いにくそうに声をかけて来る。
「アインズ様……」
「何だ?アルベド」
「王国の貴族達が、魔導王陛下にお会いしたいと申し出ております」
「連れてこい」
貴族達は目の前に着くなり、跪いて「我々は御身の足元にひれ伏したいと思う者たちです」と言う。
「───まずはこれを、陛下に」
革袋を差し出され、警戒しながらも受け取る。
何か、違和感を感じた。
紐を緩めて中身を確認すると、王子の……ザナックの
首が入っていた。
彼は、貴族の謀反で殺されたか。
「丁重に葬ってやれ」
袋をアルベドに渡す。彼女は、それをそっと受け取った。
「それで、こいつが着ていた鎧はどうした?」
横にいるアルベドには感情の乱れがはっきりと伝わっていただろう。
俺は乱暴に椅子に腰を下ろす。
貴族達は驚いた様子で口を閉じる。
「どうしたの? アインズ様の質問に対して答えないと言うの?」
アルベドが貴族達に答えるように促す。
「い……いえ、そのですね………王子の死体のある天幕に残っていると思われます」
「フッ、そうか分かった、お前たちよく働いてくれた。この働きに釣り合うだけの褒美をやろう、何が欲しい?」
自分でも驚くくらいに低い声が出た。
「私を、家族をお助けください!」
「魔導王陛下、私は御身に絶対の忠誠を誓います!」
「分かった分かった、ならばお前たちとその家族を殺す事はやめよう」
自分の主君を裏切り、その首を差し出してなお助命を乞うなんて───
怒りさえ通り越して、もはや呆れるしかない。
「アルベド、彼らを"ニューロ二スト"のところに送ってやりなさい」
「フッ……かしこまりました」
柔らかい微笑みで答えるアルベド。
貴族達はアルベドについて歩く。ぞろぞろと歩きながら「魔導王陛下、万歳!」と喋る様子が虫ケラにしか見えなくなる。
ああ。これでは、ナーベラルと同じでは無いか。
アルベドと貴族達が去った天幕には、コキュートスとアウラ、マーレが残る。
「アウラ。」
「はい、アインズ様」
「ニューロ二ストにはあの者らが死を望まないかぎり、絶対に殺さないようにと言っておけ」
「かしこまりました、アインズ様!」
去ろうとするアウラの腕を力強く掴んでしまう。
「……?」
「───死を望んでも、しばらくは殺さないようにともな」
俺はそう言い放ち、「はい!」と元気よく返事をするアウラを見送るとゆっくりと椅子に腰掛ける。
まるで何もかもが色褪せたように──。
「興味がなくなったな」
本当に不思議と全てがどうでも良くなってしまう。
「コキュートスを指揮官に副官をマーレとする。お前達が直接力を振るうのも許可するので、……誰1人として生かして帰すな。」
あの貴族達は仲間を、単騎で敵の王と対峙した主君を殺すことに抵抗がなかったのか。
けれど、そんなことを俺は本当に気にしていたわけじゃない。
ただ約束を違えられたことが許せなかった。だから俺は……まるで子供みたいに怒っているんだな──。
─────4─────
礼拝堂の扉を押し開けると、冷たい空気が流れ出してきた。光の届かない奥から這い寄るように。
けれど、その中にも確かに"陽"はあった。
高窓から差し込む淡い昼の光が、堂内を斜めに照らしている。
その光を縫うように、空気中の埃が金色に染められ、ゆるやかに舞っていた。
広い空間には張り詰めた静寂が満ちていた。微かな息づかいさえ、罪深く思えるほどに。
黄金の装飾が施され、光を受けて鈍く輝く柱、彩色されたステンドグラス、その先に──それはあった。
純白の棺。
棺の周囲には、手入れされた花が静かに咲いている。
この礼拝堂には誰も入れないはずだが、花は毎日、新しいものへと変えられていた。俺が命令したわけでも、部下の気まぐれでもない。
ならば誰が? ……答えは決まっている。俺だ。
今日も、俺は白い百合を一輪、手にしてここへ来た。
無意識に足が向いていたんだ。たぶん、そうなんだろう。理由などない。
棺のそばまで歩み寄ると、俺は立ち止まった。視線を棺の蓋へ。指先を、そっと伸ばす。
魔法で封印された蓋は、俺の意思に応じて静かに開く。
花びらのように舞う魔力の粒子の中、彼が、いた。
ザナック・ヴァルレオン・イガナ・ライル・ヴァイセルフ。
死してなお、穏やかな寝顔を保ち続ける、あの男。
戦の末に命を落とした王子。かつて敵であり、短くも言葉を交わした相手。
──安らかに見える。その表情に、 苦悶も、怨嗟もない。
かつて命を賭して俺に挑み、矜持を貫いた男が、こんなにも穏やかで、綺麗に眠っている。
……まるで、すべてを許して、すべてを受け入れていたかのように。
「……お前は、どうして笑っているんだ」
そんなはずはないのに、そう見える気がして、苛立ちとも焦燥ともつかない感情が胸に湧き上がった。
いや、胸など無い。臓腑も、血も、もうこの体には存在しない。
ならば、これは何だ? 何が、俺の心をざわつかせている?
彼の顔を、俺はじっと見つめた。
眠るようなその表情は、
敵に敗れ、辱められ、死に至った人間の顔とは思えない。あまりにも、静かで、美しかった。
俺の手が、彼の額に触れようと伸びていく。
だが、ほんの数ミリ手前で止まった。
触れてしまえば、何かが壊れてしまいそうだった。
この距離感が、今の俺にはちょうどいい。これ以上は近づけない。
そうだ、これは──死者と生者の境界線。いや、もう俺も、生者とは言えないんだが。
「……なぜだ、俺は……」
理屈では割り切れる。
ザナック・ヴァルレオン・イガナ・ライル・ヴァイセルフは、かつての敵国の王子にすぎない。
死してなお保管する理由など、どこにもない。
……それなのに、俺は彼をここに残した。
まるで、手元に置いておきたいと言わんばかりに。
そんな感情は、もうこの身体には存在しないはずなのに。
それでも、俺は彼を保存したことは事実だ。綺麗に整え、花を添え、冷たくも静かな場所に。
「……部屋に戻ったら、掃除の命令でも出すか。……いや、それより先に……花を……」
言い訳のように呟く。
これは義務だ、責任だ。そう言い聞かせたい。
だが、これは違う。俺は……彼を忘れたくないんだ。
棺の蓋を、そっと閉じる。
あの顔が見えなくなることに、ほっとするような、寂しさを感じるような──。
次は、いつ来ようか。
三日後か、一週間後か。いや、明日も……来てしまう。そうしなければ、落ち着かない気がするんだ。
二日後─────
「昨日来たくせに、また来たのか」とでも、言いたげな顔をしているな。
……もちろん、何も言わない。何も、返ってこない。
ザナック・ヴァルレオン・イガナ・ライル・ヴァイセルフは、ただ静かに眠ったままだ。
だけど、あの短い会話、彼のあの最後の笑顔。
あれは……偽りじゃなかった。
俺も、それに敬意を評したい。
ならば、これは友情だったのではないか?
そう思った瞬間、胸の奥に、微かな衝動が生まれた。
もう一度……もう一度だけ、話したい。
自分勝手だと分かっている、彼の死を侮辱する行為だ……。それが叶わないと知っていても──
「あぁ…………俺は、わがままだな…」
ザナックを蘇生させる。
その考えが頭を支配して、計画性のないままに行動に移しそうになる。だが、先のことを冷静に考えると、問題が山積みだ。ただ蘇生して、やったーとは行かない。
アルベドや、プレアデス辺りが猛反対しそうだ、いや、俺の命令なら聞かせることが出来る。だが、それでは意味がない、ザナックが………彼が受け入れられる環境にしなくては。
「また、来る」
俺は彼に挨拶をして、そっと棺を閉じて礼拝堂から出ていく。
その日の午後、守護者達とプレアデスを集めた─────。
緊張で体が固まるような感覚がした。だが、守護者たちにこれを伝えないと始まらない。
「よく集まってくれた。お前達に重要な話がある。」
「……私はザナック・ヴァルレオン・イガナ・ライル・ヴァイセルフを、蘇生させたいと考えている」
重く、低い声が会議室に響いた。静寂が、音のように広がる。
「……アインズ様?」
最初に反応したのはアルベドだった。戸惑いと困惑がないまぜになった瞳で、椅子に座る俺を見つめる。
デミウルゴスは静かに眉をひそめ、隣にいたシャルティアは僅かに目を見開いている。
コキュートスは何も言わず、ただ黙って俺を見つめていて、マーレも戸惑った様子で、アウラは少しだけ驚いた顔をして、俺の言葉を真剣に聞こうと待っている。
「彼は、敵国の王子でした。王国は、既に我らによって滅ぼされ……"彼の存在に意味は"……」
「それでも──」
俺はアルベドの言葉を遮り、ぎゅっと指先を組んだまま言葉を吐き出した。
「彼の死に、私は納得できなかった。……私の命令の結果で、彼は……あの場所で、無残に、辱められて……」
その言葉に、空気が変わった。
俺の声は震えていない。だが、静かな声がかえって心に刺さるようだった。
「私は……王として、全体を見て、最善を選んだつもりだった。いや、最善だった。だが……彼にもう一度会うことを……ずっと考えていた」
「アインズ様……」
アルベドが怪訝そうな顔でつぶやく。
「彼は……ただ、自分の民を救いたかっただけだ。……必死に頭を下げて、私に食い下がった。……命乞いじゃなかった。国のため、民のため……それが、"王"の姿だった」
嘘を吐くのも、誤魔化すこともしたくない。俺は顔を上げて、強い意志を示す。
「彼を見て……"ああ、これが本物の王なのだ"と心の底から思った。……あれほど、命を懸けて他者のために動ける者を、私は他に知らない」
沈黙が落ちる。
「私は……彼のことを、認めたい、友と呼べるようになりたい。一国の王子としてではなく、一人の人格として、誇りある存在として──認めた上で、再びこの世界に迎え入れたい。……それが、私のわがままだとしても、お前達に伝えたかった」
俺は立ち上がり、そっと胸に手を当てた。
「ザナック・ヴァルレオン・イガナ・ライル・ヴァイセルフは、王国の亡霊ではない。魔導国が拾い、価値ある命としてもう一度生きるに足る人物だ。──私は、そう信じている」
部屋の空気が揺れる。
守護者たちの視線が、俺に注がれる。
ナザリックの主としての尊厳を最低限保ちつつ、俺の正直な気持ちを伝えた。
そして、デミウルゴスが、静かに立ち上がった。
「私は、アインズ様のご決断を尊重いたします」
「……デミウルゴス」
「ザナック殿が持っていたもの──それは、たとえ敗者のものであっても、理想たりえる。……それを拾い上げ、未来へ繋げるのが、我ら魔導国の"強さ"でありましょう」
デミウルゴスは穏やかに微笑んだ。
「そして、そのような者が"アインズ・ウール・ゴウン陛下に選ばれた"という事実は、今後の外交や統治にも意味を持つと考えます。理と情、その両方を併せ持つ者こそ、真の支配者に相応しい」
アルベドは一瞬、迷いを見せたが──最後には深く頷いた。
「……私も、アインズ様のご意志に従います。……ただひとつお願いがございます。どうか、その者が"魔導国の忠臣"ともなれるよう……陛下自ら導いてくださいませ」
アルベドの言葉が俺の中に重く響く、そして俺は静かに頷いた。
(……もう、あんな後悔はしたくない)
「──ああ。彼を導くのは、私の責務だ。」
友を失うのは、もう御免だ。
──俺は、そう告げて、椅子に座り直した。
沈黙の中で、最初に動いたのはデミウルゴスだった。
「……アインズ様のお考え、確かに承りました。しかし、ひとつだけお尋ねしても?」
俺は頷いた。
「蘇生されたザナック殿が、我々──ナザリックに敵意を抱いた場合、どうなさいますか?」
正論だ。感情ではなく、実務として当然の問い。
俺は答えた。
「……それでも、俺は彼と話をしたい。敵意を持っていたとしても、それを含めて"彼の意志"だ。……俺は、それを受け止めたいと思っている」
アルベドが小さく息を呑んだ。
「……まさか、そこまで……」
それでも彼女は、すぐに膝をついて言う。
「ですが、アインズ様の決定であれば、我らは従います。……この身が滅びようとも、魔導国の未来のため──」
それを、手で制す。
「……違う、アルベド。これは"魔導国の未来"のためではない。……ただの、私のわがまま、それだけだ。」
真実を偽らない。これは、王の道理ではなく、ひとりの個の執着。
それを伝えることで、彼らに理解して欲しい、俺が本気だってことを。
「まだ、反対意見だと言う者もいるだろう。私はそれを責めないし、強制的に納得させることもしない。」
プレアデス達が顔を上げて、少し驚いている。
「私はお前達が、大好きだ。幸せになって欲しい、幸せにしてやりたい。」
「ふああ、アインズ様………!私を、幸せに…」
と小さな声で呟き、アルベドが息を荒くして頬を染めている。
「ん? ああ、お前達NPC、みんながな?」
咳払いすると、アルベドが涎を拭いて姿勢を正す。
「だから、お前達が彼を受け入れられるように、これから努力する。お前達にも、ザナックにも嫌な思いをさせたくないからな。」
──────その後、夜が深くなりつつある頃、アウラとマーレが、礼拝堂の掃除をしていた。
─────『アウラ視点』───
夜中に礼拝堂に入るのは、なんだかちょっと緊張する。
でも、ここはアインズ様の大切な場所だから──私たちにしか任せられない、って分かってる。
静かすぎて、足音がやけに響く。マーレと一緒に、そっと扉を閉めてから、私は天井の大きな照明にあかりを灯した。
柔らかく灯る魔法の光が、礼拝堂の空間をゆっくりと照らしていく。高い天井、白い壁、そして……あの棺。
あそこに、ザナックっていう人がいるんだよね。
アインズ様が、私たちを呼んで、彼のことを話してくれたとき、すごく真剣な顔をしてた。
「彼は誇り高い人物だった。だから、丁寧に扱ってやってほしい」って。
うん、分かってるよ、アインズ様。
「マーレ、花の水、先に替えてくれる?」
「う、うん……分かった、お姉ちゃん……」
マーレはちょっと緊張してるみたい。棺に近づくのが怖いのかな。
でもね、私も少しだけ……怖いっていうより、不思議な感じ。
ザナックって人はもう動かないけど、何か……ここに"想い"が残ってる気がするんだ。
私は床に膝をついて、細かい埃を拭き取っていく。ステンドグラスの下、白い石の床が少し冷たい。
それでも、どこか心が温かくなるのは、どうしてなんだろう。
──────『マーレ視点』───
「……失礼します」
小さな声でそう言って、僕は棺の周りをそっと掃除する。
白くて、すごく綺麗な百合が飾られていて……アインズ様が、毎日ここに花を手向けてたって聞いた。
それが、どんな意味を持ってるのか、全部は分からない。
でも、アインズ様の声、ちょっと寂しそうだったんだ。
(少しだけ、羨ましい)
棺の側面を柔らかい布で拭きながら、僕は思った。
……ザナックさんって、どんな人だったんだろう。
「ね、ねえお姉ちゃん……ザナックさんって、アインズ様にとって……やっぱり、大事な人だったのかな……?」
お姉ちゃんは手を止めて、ちょっと考えるように言った。
「うん。たぶん、すごく大切だったんだと思う。……アインズ様って、ああ見えて、人のことよく見てるから。特に、自分を偽らない人には、弱いんじゃないかな」
「偽らない……」
「うん。ザナックって人、アインズ様の前で……多分、自分をそのままぶつけたんじゃない? だから気になって、忘れられないんだよ」
お姉ちゃんは自信ありげにそう言った。お姉ちゃんも、アインズ様のこと、すごく見てるんだなぁ。
僕は、ふと棺の蓋に目をやる。
その中にいる人を、知らないままじゃいけない気がして、心の中でそっと話しかけてみた。
……こんにちは。ザナックさん。
アインズ様は、あなたのこと……今も、すごく大切に思ってます。
だから、僕たちも、丁寧に掃除しますね。
そっと、埃を払う。ほんの少し、風が吹いたような気がした。
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