第27話 悪い女と夢だけ数えて(後)
ある日の午後だ、いつになく表情の険しい 町山 キミコが口を開く。
特別なことは感じない、いつも通りだ。全てを認める以外にない。
それを口を噤んで聞く、それだけだ。
町山 キミコ が若頭の一人に従い、靡くフリをして嵌めるのだという。折りを見てその若頭を組織から追放するのだそうだ。良い気はしない。何故だろうとかじゃなく、直接撃ってきた方が早いのも一理あるからだ。
だが話しはそんなに単純ではないらしい。仲間内で共通の悪者を仕立て上げてから落とすのには順序があるのだとか。一度流れが出来れば、それに乗り遅れまいと他の若頭も黒髪の女に鞍替えする。それが最も大事なのだという。
偽造ICタグのビジネスも、未だ軌道に乗る様な段階でもない。下っ端が見ても勇み足なのは否めない。足場を固めるのが先決の筈。
ただ若頭同士の間では、町山 キミコ がボスに取り入っているという空気を強められ、ボスに梯子を外させる事で組織の結束を促そうと働きかけがあるらしい。
それを扇動している若頭は次期筆頭に最も近い男。今このタイミングで、デキる女から資金源の基盤を取り上げておかなければと画策している。
〝くだらねぇ、政治家かよ
何が『空気を強め』だ、馬鹿かよ〟
案外どこに居たって空気が薄いと目を回して酸欠を起こす。結局は上空では生き辛く、地表で
岬 一燐 としては和海軍に未練は無くても、町山 キミコ には少なからずとも想いがあった。ひと回り以上、年上であるため単純な言葉で表す事は難しい。
はじめは公安に連行されずに済んだことへの借りであった。だが次第に組織を動かす力や、仲間としての気遣い、岬 一燐 の身を立てさせ様とする立ち振る舞い、男が惹かれるその見た目となれば、女性としての引力に逆らえないのは仕方がない。
下らない手を使うゴミ同然の若頭に怒りを感じ、一瞬とは言え目の前の女性を取られる虚しさを抱き始めていた。
そんな想いをよそにデキる女が気に掛けているのは、若手の構成員が暴発して内部抗争に発展しないようにアンダーコントロールし続けること。
この日、岬 一燐 は 谷山 国士と ワンジェンに加えて、
半期に一度は視察を兼ねて品質チェックを行い、不正な横流しや、ましてや競合するスーチ・ルーチの手が入っていないかなど確認する。
儲かれば良いと考えている奴は、直ぐに横流しをするから目配りを欠かせない。ここで働く連中は元は技術研修生と言われ、その飽和から逃げ出した不法労働者達。
一緒に来た 林 ガイエンは 町山 キミコが現在、手を組み足を組み関係性を深めて失脚を狙う次期筆頭の若頭、
パスポートみたいな廃った手の内を見せたところで信用するなんて思ってもいない。それは織り込み済み。協業に持ち込んでからが黒髪の女の本領発揮となる。湊 ロンタイ 達は帰化人で幹部を構成している。よくある保守派の発想のそれだ。
他民族化したとはいえ、ローカライズによる無個性かを嫌うものは多い。結局それは小さな国を沢山形成するだけでしかない。その結果、砂場に王様が居座ってしまい、気に入られなければ砂遊びに混ぜて貰えなくなる。
不満を抱く奴ほど黒髪に絡め取られて転がされ、一緒に走る仲間になる。今、向こう側の幹部がよく知り、よく理解しているのは、湊 ロンタイ の好物や好みの女や店であり、金の使い方ばかり。
だから下っ端の金の稼ぎ方は危険なものばかりに繋がる。そして自らギャングをはじめ出す者もいる始末。何れその中の誰かが報復するだろう。ある日、車から降りた時に。
町山 キミコ が至るところで小さなギャング組織を使っているのはその受け皿のため。
「なるほど、よくわかりました。上と相談して決めます」
「林さんは、どう思いますか?」谷山 国士 が意見を求める。
「歩留まり設定が高いから、生産性が悪いんじゃないですか? あと……、あそこのラインを担当している人の数が、」
「あ~、気づかれたかぁ。あそこは問題があって何とかしろって言われててね。一度、ウチの町山も連れて来るんで、話し聞いて貰えると助かるよ」
この後も 谷山 国士は、この 林 ガイエンでも分かりそうなことを指摘させて腕を買う側に徹している。林 ガイエン は、金融系に強くプライドが高い。こいつには見合うポジションで頑張って貰うことになるだろう。
堀を埋めるのは地味ながら効果は絶大だ。
今日は夕方から特にすることが無い。ここに来て3ヶ月が過ぎようというのに、未だ正式に休日と言っていい日は無い。それに 町山 キミコが事務所に顔を出す機会はめっきりと減ってしまっていた。
谷山 国士 から明日の昼間で休暇を取って良いと言われ、組のスマホを渡された。「何かあれば直ぐ来れる所に居ろ」という話しだ。それなら事務所で寝て過ごしても良さそうだ。
スマホを見ると今日が火曜日だと知った。
あの通りに面したあのビル。あの扉が開くことがある日。
「オレちょっと、、、ちょっとギギラミーを見てくるよ」
「お前の休日なんだ。お前の好きにすれば良いさ」
「少ないけど軍資金だ、ホレっ」
「ありがと」
何だかんだでここも居心地は良い。
飛ぶ様に駅まで走っていって電車に飛び乗った。当然、使用しているのは偽造ICタグだ。魔法とまでは言えないが5ヶ月は飲み食いしても問題ない程度に使用可能だ。
電車の窓から白金にあるJピールセレクトが見えている。随分と久しぶりの光景だ。
あのビルがある通りまで歩いて行くと、屋上から見えていたネオンサインの色したコンビニがあった。適当に食べ物とコーラ、それと白桃のリキュールを買っておいた。
レジを済ませて表に出てから「ぬるくなるよな」そう袋に向かって聞いてみても、何時に会えるのかはクラゲ次第。相変わらず通りは、花輪と胡蝶蘭を並べ替えて新装開店された居酒屋やラウンジで華やいでいる。
雑居ビルの階段を上がって屋上の扉に手を掛けた。鍵は掛かっている。ジングルベルを歌ってドアを軽く叩いてみたが、中に居そうな気配もない。未だ来ていないのだろう。
今日、来るかどうかも分からない。
でも、今日一日しかないのなら、ここでしか逢えない気がしていた。
きっと何処からともなく、あの髪が揺れ動くのだと信じていた。
階段に座って買ったものを食べながら時計を見た、20時36分。
元々する事は何もないし、しかたったことの一つは今始めている。岬 一燐 は預かったスマホでネットを見て時間を潰した。どの話題もコンパチな内容ばかりで目新しくない。
23時17分、約束していた訳でも、顔を出す保証なんてのもないのだから、待ち惚けるのは覚悟の上だ。2本目のコーラは開けずにおいてある。白桃のリキュールも雫を拭えないでいる。
2時21分、眠くてうつろうつろしている。階段で横になり、待ちくたびれて眠ってしまっていた。2本とも雫が乾いてしまって背景と同じ色に馴染んでしまっている。
6時44分、ケツが痛い。
〝あのクラゲ頭……、どこ漂ってんだ?
もう今日が結構すぎてしまってる〟
「今度来た時はもっとゆっくりとさ…… 」
2日は待つよ ――――
岬 一燐 は開かなかった扉を眺めた。
階段の隅に蓋を開けていないコーラと白桃のリキュールを並べて置くと、ゆっくりと後退りする様に階段を下りていった。
一人で街へ降りると、通りも街角も全部、朝の疲れきった表情を晒している。
流石に階段で寝ると身体のあちこちが痛む。
雨でも降りそうな暗い空模様が駅までの足を速めさせた。
〝あそこでも待ち惚けるのは御免だ〟
雨が打つ前に和海軍の事務所へと急いだ。
次回、【身を打つ前に隔ててしまえ】
こっちの扉が閉まって あっちの扉が開く、よくある仕掛けさ。
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