第25話 イベリア歴623年 イレーネ2
イレーネ、来たね……。
「覚悟はできたのかい。私が養うんだから、ちゃんと答えてな。」
沈黙が続く。
「なんでそんな意地悪ババァみたいなこと言うの~……考えてきた……」
「それで……どんな……」
また沈黙。
「バレリアも見ているんだけど……ライバル? 愛人?」
「バレリアは用心棒で、愛人ではない。イバンもそう思っているから。」
「お世話になってもいいわよ……よろしく。」
するとバレリアがいきなり、
「張り倒してもいいですか?」
イレーネは腰の引けたファイティングポーズをとった。
「イレーネ、そんなカッコじゃ人は殴れないよ。きちんと挨拶できないと、イバンもガッカリするよ。」
勇気を出してきたと思うが……。
「よろしくお願いいたします……イザベル。」
「よろしくね、イレーネ。家の方は解決したの? いつから住むの?」
「家は大丈夫。父ちゃんがイザベルの包丁を見て、職人として信頼しているらしい。イバンは昔から知っているし、私が一番やっていけるか心配だ。だって、失礼なこと言うのよ。娘を信頼しなさいよね、ほんとに……」
親はまともだな。それにしても……。
「イレーネ、イバンに抱かれる覚悟あるの? 本当に……」
真っ赤になっている。胸がドキドキして、言葉が喉に詰まっているのか!
「あるわよ! 私だって子供じゃないし、いろいろ知っているし……実践が足りな……」
「今日から泊まるのか?」
ゆでだこのように赤くなり、コクリと頭を下げた。
「じゃあ、今夜が初夜だな……」
赤くなって湯気が出そうだ。下を見て沈黙している……。覚悟はあるけど、怖さもあるみたいだ。
夕方、イバンが帰ってきた。「おかえり」と仕草を作り挨拶して、久しぶりのイレーネを見てビックリしていた。イレーネは男に媚びを売る女だから、私と話をする時とガラッと変わる。本来女の敵タイプだが、少し情が出てきて許している。
「イバン、おかえり。お疲れ様、今日からイレーネが……本気みたい。」
そう言ってハグを解いた。私はいつものペースで日常生活を送り、夕食を作り、食事をして、寝る。朝、イレーネが真っ赤な顔で、ボーッと立っていた。
「イレーネ、おはよう!……あー夜うるさかった。ごめんね。貴方が上に居ると思うとなんか興奮してしまって……わかるでしょう」
真っ赤なイレーネは私から離れていった。負けん気はあるんだけど場数が違うから、イレーネのその時が来るまで待ちましょう。イバンも無理はしないと言ってたし。イレーネのお父さんが私の包丁を褒めていたので、一本、作り届けようと思う。実際に家族の意見を聞いてみたいから。
出来上がった包丁を持って、イレーネの家へ向かった。意外と近い。ただ、建物が視線を遮るため遠く感じただけだ。前回来た時間帯、二時半くらいに到着した。ドアが開くように固定してある隙間から、若い女性が見えたので声をかけ、「イレーネの件で」と言うと、お姉さんらしき人がお父さんを呼んできた。
「こんにちは! ホルヘさん、突然伺ってすいません。イレーネの事と、これ。」
そう言って、包丁を渡した。
「これ、この間の包丁か!すまねぇ。」
ホルヘさんが包丁を撫でて『これなら料理が楽しくなる』と微笑んでいた。
「私の仕事を認めてくれる人は大切ですから。それにイレーネの事もあるし。」
私はホルヘさんの案内で室内に入り、外にはバレリアが待機して中には入らなかった。お母さんとお姉さん、お婿さんを交えて話を聞いた。特別変な感情もなく、イレーネが選んだことだから、という感じで反対もなく、むしろ賛成だった。ただホルヘさんが心配している――親バカという結論だった。
なんか肩透かしで緊張していた自分があほらしく思えて笑い出してしまった。ふと「何年ぶりにバカなことで笑ったのは?」と……昔の平穏な時に戻ったと思い、またクスッと笑った。
家の方に向かって歩いていたら男爵様がこちらに向かって歩いてきた。あー、留守に来ていたのかと思い、少し速足になり話しかけた。
「男爵様―すいません、留守にしてて……」
「イザベル、私も今来たばかりだ。時間はあるから」と言って……殺気。
「家の用心棒です。バレリア、挨拶して。警戒しなくていいから。」
「バレリアです。よろしく。」殺気は解除したみたいだね。
「イレーネよ、よろしく。随分強そうね。」こちらも解けたね。
「では工房で話を伺います。」
お茶とお菓子を留守番のイレーネに出してもらい、宝石デザインや細々した話をイラストを交えて説明した。最後に地図の話になった。あんな地図が欲しいらしい。どこまでの地図か聞いたら「全国」と言われたので、行ったことがない所は無理だと断り、行ったことがあるところなら――という条件で書くことを引き受けた。
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