第21話 イベリア歴623年 親子
監視探査船SK-11を発見してから、目的のために動いた日々が終わり、なにもすることがなくなった。暇で平穏な日々が続いていた――そんな折、イレーネが男を連れてやってきた。
少し年が離れているから、父親か?……バレリアが警戒態勢に入る。近づいてくると、何か言い争っているような声が聞こえてきた。
「やめてー……信じられない……恥ずかしいから……帰って……」
相変わらず騒がしい。
「やあ、イザベル。今日は良い天気だね……ちょっと訳アリで……」
曇り空なんだけど、社交辞令か、少し焦っているようだ。
「こんにちは。イザベルさん、私はイレーネの父親でホルヘといいます。本当に存在していたんですね。てっきり娘が、どこかの男に入れ込んで、とんでもないことになってるんじゃないかと心配してね――ィテッ!」
あーあー……イレーネ、そんなに父親を叩かなくても。あ、顔、真っ赤だ!
「鍛冶屋のイザベルです。いずれ知られることなので正直に言いますが、男に入れ込んでいるのは本当です。」
イレーネが私に飛びかかろうと床を蹴った瞬間――視界の端から伸びた腕が、彼女の襟首を空中で捕らえた。
「あぐっ!?」
まるで猫のように吊り上げられたイレーネは、空中で手足をバタバタさせている。バレリアは無表情のまま、私に被害が及ばない位置で彼女を固定していた。
「ギャー……やめて!……自分で話すから!」
バレリアに指示を下し、父親の前に向かった。実は――と経緯を淡々と話す。
「イバンのことは今でも気になるけど、イザベルに会いに来てるようなものよ。友達だもの、色んなこと教えてくれるし、服も作ってくれるし、美味しいお菓子もくれるし、ここに来ると楽しいし……だから通ってるの。」
黙って娘の話を最後まで聞いたホルヘは、深く頭を下げた。
「すまない、イザベルさん。娘が旦那(イバン)に付きまとって、子供の時の約束なんて……元は娘からイバンに一方的に押し付けた約束じゃ話にならない。このとおり許してくれ。」
さらにホルヘは続ける。
「娘はイザベルさんを気に入っているようだ。その関係は続けてくれないか?……ホント、親ばかで申し訳ない。」
話が長くなりそうなので、工房の奥のダイニングテーブルに案内し、お茶とお菓子を出して少し場の空気を変えた。
「イレーネ、いいお父さんじゃない。あなた、しあわせ者よ。そう滅多にいないんだからね。」
お菓子を食べながら、いじけた顔をするイレーネをよそに話を続ける。
「私ね、イレーネという名の姉がいたの。三年前に死んだけど……なんかそんな縁で、ほっとけない気持ちは本当よ。懐かしい姉妹の会話を思い出すの。……あ、ごめんね、これ自分の自己満足なのよ。」
イレーネは少しシビアな表情をして、
「そんな事情が……でもイバンのことは……本気だから。」
ホルヘは「あちゃ~」みたいな顔で、心の声が漏れた。ある意味、ブレないイレーネだ。
「イレーネ、前にも言ったけど、嫁いで来てもいいよ。一人増えても何も問題ないくらい、私、稼いでいるから。姉さんと義兄さんが店を手伝っていて、いつでも嫁に行けるって言ってたよね。それに、国で禁止されていないし。」
ホルヘの前でそう言い切ってしまった。
親子はしばらくフリーズし、イレーネが再起動する。
「少し考えさせて……父さん、帰ろ。」
私は焼き菓子を袋に入れてイレーネに渡し、ホルヘは仕上がった包丁をじっと見ていた。その目は、心配性の父親のものではなく、鋭い職人のような光を帯びていた。
「……良い仕事だ。重心のバランスも見事ですね」
「あ、それ昨日仕上げたの。城の料理人から依頼された商品よ。見てみます?」
そう言って手渡すと、じっくり見ていたがイレーネに急かされて見るのを止め、共に帰っていった。
二人の背中が見えなくなるまで見送り、私はふと、会話の中で出た亡き姉のことを振り返る。
仲睦まじい親子の姿。あのような幸せが、姉にもあるはずだった。
それを踏みにじった者を私は忘れない。自分の欲望のために周りの者も含め破滅に導いた、極悪な帝国の貴族。
まだ見たことはないが、必ずこの手で裁きを下すべき相手――変態貴族ブタ野郎の醜悪な姿を、私は脳裏に強く焼き付けた。
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