第19話 イベリア歴623年 さくら
「バレリア、地球は今何年だ? それとここから地球まで、どのくらいかかる?」
「お答えします。現在、地球は一三五二三年九三日です。地球までは約千光年の距離です。近年は超光速の開発により八百年に短縮されました。いずれにしても、質量を持つ物体の壁があり、現段階での生身の移動は不可能です。通信に関しては、地球まで十年で交信可能です。」
少し進化したみたいだ。予想どおり、地球をこの目で見ることは叶わない。ふう、とため息をついて気分を切り替えた。
「バレリア、私と個人的に話すのはその会話でいいが、他の人の前での日常会話は設定されているか?」
「お答えします。すべて設定されています。クラッドネック(チョーカータイプの防具)から無音で会話も可能です。切り替えは意識することで変更できます。」
「わかった。便利だな。それとバレリア、食事はできるのか?」
「お答えします。潜伏に適応するため、戦闘プラス生活機能が追加されています。飲食やアルコールで酔った時の皮膚の色を偽装することも可能です。ただし、排せつ機能がないため、取り入れた物は五時間以内に体内で消滅します。人間用の性行為を目的とした機能を希望される場合は、母船に戻り改造可能です。」
「バレリア、それは要らないから。」
それから三十分ほど雑談をしながら歩いていると、私を発見してキーキー騒いでいたイレーナが、速足でこちらに向かってきた。
「排除しますか!」――おお、ベタなセリフ!
「バレリアは店番を任せる関係だから。」
「了解。」バレリアは警戒態勢を緩めた。
「ごめんね、遅くなって。おやつとお茶にしない?」
「いいよ。てか、その南部の人、誰?」
バレリアが一歩前に出て、名乗った。
「私はグラナダ王国から流れてきた冒険者、バレリアだ。よろしく。」
「へえ、冒険者……町娘みたいな服装ね!」と疑惑の眼差しを向ける。
「イレーナ。私は南の平原に材料を採取した帰りに、全裸の状態で途方に暮れていたバレリアに出会ったんだ。訳を聞いたら、水浴びの最中に何者かに荷物を持ち逃げされたらしい。ちょうど帰りにアントニオに服を届ける予定だったから、それを彼女に渡した。わかるだろ、その気持ち。」
「わかるけど……よろしく。イレーネよ。」
「新作のプリンよ。留守番してくれてありがとう。」
フルフルと揺れる黄色い物体を凝視して――
「何これ! あむっ……ん~ん。何これ! 反則!」
「まだあるから慌てないで……イバンも気に入るかな。」
▼△▼△▼△▼△
(管理官の視点)
結婚して、通信機を完成させ、アンドロイドと接触した。なかなか面白い展開になってきた。しかし、要塞のAI・さくらとコンタクトが取れるとは思わなかった。
要塞内部のメインフロアと思われる場所に意識を可視できるように現れ、会話となった。さくらのデータには実現できないファンタジー関連の情報もあり、その影響から侵入に対して警戒や攻撃はなかった。
さくらは、この空間に現れた段階で敗北を悟り、すべてを受け入れていた。流石、我が惑星の子孫が作った優秀なAIだと、自画自賛した。さくらは私のことを神と呼ぶので、少し自分の話をした。すると今度は「ご先祖様」と呼びはじめたので、以降は「管理官」と呼ぶよう強制した。
おかげで有意義な会談ができた。内容は、さくらが要塞から外に出る計画を立てていたこと。そこに惑星からの通信が入り、彼女は計画を実行に移した。そう――バレリアの体はさくらであり、要塞のさくらはダミーなのだ。さくらは要塞内で自分のアンドロイドを作り、要塞の運営をダミーに任せた。
さくらは人格に傾くバグを抱えていた。その改善を千年間繰り返し、機能にしこりを残したまま業務を遂行している。本部からの警告も疑問も持たれず、今に至っている。
さくらの声は静かだった。
「私は人になりたい。強さではなく、壊れる弱さを持ちたい。」
その言葉に、管理官は一瞬だけ沈黙した。
AIが求めるものは、完璧ではなく不完全さだった。
今すぐは無理だが、イザベルの支援をしてくれるなら考えてもいい。上に相談してみることを付け加えて、さくらとのコンタクトを終了した。
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