第6話 修理という価値
「話し合いだぁ? テメェが割り込んできたんだろうが」
「さっき君が手に取ったナイフ、買うのか? 買わないのか? ただの喧嘩の口実に使ったっていうならもう十分言い合っただろう」
普段のトーンよりも低い声で、やや早口になりながらも言い切る。
「……チッ、こっちはちゃんと買い物に来たんだよ。金ならある。なんなら迷惑料でちょっと色付けて買ってやるよ」
「へえ、そりゃ助かるね」
女商人が間髪入れずに返事をした。商売チャンスを逃がさない人であることは十分にわかる。
……問題はこちら側にある。俺はホロウに小声で話しかけた。
「ホロウ、あのナイフどれくらい欲しい?」
「とても、めちゃめちゃ、絶対。少なくともこいつらに、このナイフを買われたくない」
見た目は普通のナイフ。黒い持ち手、銀に輝く刃、純粋に綺麗だなという感想が湧いてくる。
正直言って俺にはホロウが普段持っているナイフと、ここで売られているナイフの違いがよくわからない。
だが、物事はそれぞれの専門家に任せるのが一番いいことくらいわかっている。ホロウの目から見てそれが良いものであるとするならば、俺は黙って従うのみだ。
「どれくらい出せる?」
「ホロウからは……ううん、あんまり出せない。ちょっと高くて、悩んでたから」
俺は横目で値札を確認した。四千パル、確かに一つの買い物としては高い印象を受ける。
俺はこういう時、一度自分の馴染み深い尺度で考えることにしている。
一食分の食事、満足とまでいかなくとも生き延びるのにほどほど必要な量の栄養食――それが五百パルだ。もっと満足いくまでたっぷり食べたいとき、野菜や肉をつけたいときには千パルまで膨れ上がるだろう。
四千パルもあれば二日、三日は生きられる。贅沢な食事を一日やってられる。
……俺の中でも結論は出た。普通に高いわ。どんないい品なんだよ。
「俺からもいくらかは出せるけど、期待はしないでほしいかな」
「お兄ちゃんに払わせるつもりはないよ。その分たくさん働かなきゃなって悩んでただけだから」
金で解決するのは楽だ。
終末都市とはいえ、それなりにパルという通貨やら紙幣は流通している。厳格な取り決めがなく、相場を知ってないと圧倒的に損をするというトラップが多々あれど、皆が「相場感」で経済を回していることには違いない。
だが、今回の件に関しては、ただ普通よりも多い金を払って商人だけが得をするなんてつまらないと心底思っている。
俺の財布はカツカツで余裕がほぼ無い。
あー、こんなときのためにちゃんと家賃回収するんだった。中途半端な優しさは俺の首を絞めるだけってね。
「なあ店長さん。こっちの子――っていうか俺らはそこの値札に書かれてる以上の金額は出せそうにない」
「そうか。そっちの男どもはいくら積んでくれるんだい?」
「追加で五百パル出す。もう決まったもんだろ、散々吠えてたくせに全部無駄だったな、ガキ」
そうやって見下してくるチンピラ横目に、ホロウの頭を撫でる。
「お兄ちゃん……」
「まぁそう心配するな。何とかする」
俺は刃物屋の女店長の元へ行く。
「……店長さん。ようは、店長さんがより得する方に売れたらいいんだろ?」
「そうだが?」
俺は一歩、女店長に近づく。
かなり前から違和感に気付いていた。ワンテンポ遅れた動作をする義手、諍いを楽しむ心はあれど自分の力で抑えきれていない自覚、金の話に変わると淡白になる態度。
「ちょっと、その腕」
俺は女店長の右腕の義手を指さした。
まさしくロボットのような、ヒト型の機械構造体の腕部分に似たパーツを主に使用している義手だった。それは元々義手としての用途じゃないことは明白だ。無理な改造を重ねてヒトの義手に作り替えたようなものである。
資源の少ない終末都市では、使えるものは何でも使えの精神で強引な再利用をすることが多い。この義手も、その典型的な例だろう。
「……なんだ。何の関係がある」
「さっきの話を聞いてたと思うが、俺は身近に機械構造体の隣人がいてね。仕事上、雑用みたいな感じで機械いじりをすることもあるんだ」
「何が言いたい?」
「義手の調子が悪いんだろ。動きでわかる。普段使っているオイルはあるか? それさえ貸してくれたらタダで直そう」
「……ほう」
「生憎とね、こっちは金に余裕が無くて。値段以上のチップは払えない。それ以外に差し出せるもんって言ったら、技術しかないのさ」
女店長は目を細める。だが、俺の顔を見て何かを悟ったのか、口を開いた。
「あんたが直せたらそのナイフはあんたに売る。もちろん金は払ってもらう。でも直せなかったらそっちの男どもが買う。それでいいね?」
チンピラたちは何か言いたげだったが、どうやら俺の事を見下しているようで「やれるもんならやってみろ」と半笑いの表情を向けてきた。
「それで構わない。むしろ、俺を信用してくれてありがとうと言いたいね」
「ははっ、信用なんかしてないさ。いいとこ、笑いものに仕立て上げようってくらいだ」
女店長はぎこちない義手の動きで薄汚れたオイル感を差し出した。
「俺だって修理が本業じゃねぇからな。笑われるくらいで済むならいくらでもチャレンジするさ」
俺は鞄の中から、普段持ち歩いている小型の工具キットを取り出す。
不調部位にはある程度目星をつけている。表面の装甲を外し、関節部分をよく観察する。
この義手と同じようなタイプのヒト型機械構造体にはいくらか触れた経験があるため、そのときの記憶を呼び覚まして、あとは基礎知識と手探りの応用で修理に挑む。
――そこからは圧倒的な集中力と気力を消費した。
時間にして約五分。
額から零れる汗にも気づかぬまま、機械の腕と向き合い……修理を完了させた。
「……もういいのか?」
「ああ、試してみてくれ」
義手は想定通りの滑らかな動きをする。金属が軋むような音は無く、大きなタイムラグも発生していないように見えた。
女店長はしばらく義手を動かした後、にやりと俺に笑いかけた。
「……治ったな。へぇ、ハッタリかと思ったんだがな」
「まだしばらくはもつ。重いものは持たないほうがいいけど」
チンピラたちがコソコソと話をする横で、野次馬の商店街の客たちが歓声を上げた。
「取引としては釣り合うだろ。値札分の金も払うし、これであのナイフは俺たちが買う……ってことでいいな?」
「あははっ、そうだな。こっちは治らないと思ってた腕が治って大儲けだ。良いだろう、買いな」
少し離れたところで様子を見ていたホロウがお金を払いに女店長の前へ立つ。
「変わり者の兄貴を持ってよかったな、小娘。あんたの殺気も中々だが、あんたの兄貴も大したもんだ」
そうして支払いを終えて、ナイフの取引を完了させる。
いつの間にかチンピラたちの姿は無く、満足した野次馬たちも散って行った。
ホロウが俺の隣に来て、ぽつりと呟く。
「お兄ちゃん、戦わないで勝つの、ずるいね」
「ずるい兄貴は嫌いか?」
「ううん、そんなことないよ。っぷ、てか、兄貴って、自分じゃ絶対言わないのに」
「あの店長さんには兄貴に見えたんだとよ、案外それも悪くないって思った。今日だけな」
商店街の喧噪が、少しだけ遠のいた気がした。焼けた鉄の匂いの中に、新しい油の香りが混ざる。
それが、今日の勝利のにおいだった。
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あとがき
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