幽霊屋敷の千代子さん
ジャック(JTW)🐱🐾
第1話 小学生編「幽霊屋敷・茨ヶ島邸」
幽霊屋敷には黒髪ロングの女性の幽霊が出て、屋敷を訪れた人を脅かすのだそうだ。
そんな噂を聞いた小学二年生の藍沢タカフミは、ぜひとも見に行ってみたいと思った。町内じゅうを探し回った果てに、「茨ヶ島」という表札のついた仰々しい屋敷を見つけた。
「こ……ここだ! 絶対ここだーっ! 幽霊屋敷! やばい! オバケでるぜったい!」
茨ヶ島邸は古めかしい洋風の屋敷で、アンティークな街灯や装飾、豪奢な塀に囲まれた豪邸だった。しかし、タカフミは首をかしげる。
「……ん、まあいいや。まずは探検だ! 幽霊屋敷の証拠があれば、バズって人気者になれるかも!」
タカフミは、おどろおどろしい幽霊屋敷に足を踏み入れる緊張に唾を飲んだ。小さい身体で見上げる御屋敷は、とても大きく威圧感があるように見えて、少し足を震わせる。
タカフミは咄嗟に背負ったリュックからスマホを取り出そうとするが、少し考えてやめた。脳裏に、YouTuberの注意喚起動画の内容が過ぎる。
「あ。許可なく撮影したらだめってピカキン言ってた……。勝手に人んちに入る……
タカフミはしばらく悩んだ末に、ドアをノックして、幽霊屋敷に、人が住んでいるか確かめようとした。住人がいれば撮影許可を取ることができる。タカフミは、YouTuberのピカキンの真似をして大きな声を掛ける。
「すみませーん! 誰か! 誰かいませんかー! よかったらー! さ、撮影許可をー! いただけませんかー!」
しん……と、冷たい沈黙がその場に落ちる。タカフミは、首を傾げた。
「やっぱり誰もいないのかな……空き家ってやつ?」
「空き家とは失礼な。あたしは、ここにずっと住んでいるよ」
「――ひぎゃああっ!?」
タカフミの耳元で突然、
「で、でたあっ! 幽霊だ! 幽霊だあ! 助けてええ!」
タカフミは咄嗟に走って逃げようとして足がもつれて転んだ。右膝をぶつけてじんわりと痛くなる。涙を浮かべてしゃがみ込んでいると、和装の女性は、落ち着いた仕草で近づいてきた。
「落ち着きな。取って食いやしないよ。……あら、ケガをしているね。此処には長いこと、お客人なんかこなかったものだから……気配を出すのを忘れていたんだよ。驚かしてしまって悪かったね。どれ、待っていなさい。手当てをしてやろう」
「……あ、ありがとう」
和装の女性は、屋敷のなかに入ると、古めかしい救急箱を持ってきてくれた。彼女は救急箱のなかから包帯を取り出して、手際よくタカフミの膝に巻いてくれる。そして、和装の女性は人差し指を揺らめかせて静かにまじないを唱えた。
「――ちちんぷいぷい、痛いの痛いの飛んでいけ」
その瞬間、和装の女性の指に一瞬だけ淡い光が宿り、タカフミの膝の周りの空気が、ふわりと温かみを帯びる。タカフミが見間違いかと思いながら瞬きした後には、もう、膝からはすっかり痛みがとれていた。タカフミは、びっくりして彼女に尋ねる。
「え、すご。全然痛くない。ねえ、お姉さん、癒しの魔法使い!?」
「そんな上品なものじゃないよ……魔女という方が正しいかもしれないね」
それが、小学二年生の藍沢タカフミと、
*
タカフミは、庭園の椅子に座らせてもらって、千代子から緑茶と和菓子を提供してもらった。熱いお茶をふうふうと冷ましながら飲むタカフミを、千代子は微笑ましそうに見ていた。
「ねえ魔女さん」
「その呼び名もいいが、ちと味気ないね。よければ千代子さんと呼んでおくれ」
「千代子さん」
「いい子だ」
「千代子さんは、この家に一人で住んでるの?」
「ああ。そうだね。ずっと、ずうっとひとりだよ。だから……」
椅子に座った千代子は、自分の分の緑茶と和菓子には手を付けず、優しく微笑みながらタカフミを見ている。彼女の視線の意味に気づいたタカフミは名乗った。
「あ。僕、タカフミ!」
「そうかい。タカフミ。その名前は、ご両親がつけてくれたのかい?」
「うん! お父さんが付けてくれた! 僕、まだ難しくて書けないんだけど、『崇める』って字と、文章の文でタカフミっていうの」
千代子は、『
「文を崇める、いい名前だね。とても素敵な名付けだよ」
千代子さんに褒められて、タカフミは嬉しくて笑顔を浮かべた。
「お客様をもてなすのは随分久しぶりなんだが、茶や和菓子の味は大丈夫かい?」
「美味しいです!」
「そうかい……。あたしは、タカフミをもてなせて嬉しいよ。こんな機会は、もうないと思っていたからね」
千代子は不思議な話を聞かせてくれた。
昔々、とある町に、幽霊屋敷に乗り込んだ男の子がいた。その男の子は、悪霊退散! 悪霊退散! と叫びながら霊験あらたかなお
「えいや! えいや! って紙吹雪みたいに散りばめてね。面白いったらなかったよ」
その黒髪の男の子は、幽霊屋敷に住んでいた親子と和解した。男の子はそれから度々幽霊屋敷を訪ねて、お
「その男の子は、それからどうなったの?」
「そうだね。直接聞いてご覧。あんたのおじいちゃんの話だよ」
千代子は笑った。彼女の眼差しは、若い女の人だと思えないほどに達観していて――優しくて温かかった。
*
タカフミは、茨ヶ島屋敷から出て帰路についた。千代子は、屋敷の門まで送ってくれて、タカフミに向けて優しく手を振ってくれた。
「またおいで」
「うん! またねー!」
夕焼け色の帰り道、幽霊屋敷の撮影許可の件について千代子に尋ねるつもりだったことをうっかり忘れていた。
「……んー、まあいっか!」
しかし、あの幽霊屋敷のことや、千代子の笑顔のことは、なんとなく内緒にしておきたい気がした。
「おかあさんただいまー!」
帰宅したタカフミは、家の玄関を開けて叫んだ。家のなかでは、タカフミの母が家事をしているところだった。
「あらタカフミ、おかえりなさい。遅かったわね。寄り道してたの?」
「んー? うん! 散歩してた!」
「お散歩はいいけど、ほどほどの時間にしなさいね。お風呂沸いてるから、入っちゃいなさい!」
「はーい!」
タカフミは風呂場へと小走りで急いだ。そして、自分が茨ヶ島邸で転んで怪我していたことを思い出す。タカフミは、怪我の具合によっては、お風呂で染みることを想像して身震いした。とりあえず包帯をはがして、ケガを見てみようと思い立った。
「あれ? ない……???」
タカフミの膝にしっかり巻かれていた筈の包帯は、跡形もなく消えていた。それだけなら、帰り道の何処かで外れただけかもしれないが、おかしいことはもう一つあった。
タカフミの膝の擦り傷さえも、魔法みたいに消えていた。
「え……ええ……?」
タカフミは驚いて、怪我一つないツルツルの右膝を撫でた。タカフミは、千代子が唱えていた『ちちんぷいぷい、痛いの痛いの飛んでいけ』のまじないを思い出して、目を大きく見開いた。
「……もしかして、千代子さんって、ほんものの魔女なの?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます