第9話 歌に乗せて

「よし、行くか」

「いるかな〜」

「さすがに朝はいると思いますけど」

 朝ご飯を食べ終え、魔道具屋へ向かう。ぼくの足取りは軽い。沙耶姫は本当に反省していたようで、おとなしく自分で食べる分だけよそって食べていたのだ。腹八分目で、すこぶる調子がいい。

 おしゃべりしながら歩いていたら、あっという間に到着した。

「ん~お店は開いてないかぁ」

 ドンドンドン!

「ごめんくださーい!」

 アンナさんが扉を叩き、大きな声で呼びかけるも、応答はない。

「いないのか、居留守なのか……」ティナさんが、ボソリと呟く。

「仕方ないな、手分けして探そう。ティナはここを張っていてくれ。居留守の可能性もあるし、帰ってくるかもしれないしな。私とアンナと拳は町で聞き込みだ」沙耶姫が指示を出す。

「見つけたら、ここに連れてきて赤い閃光で知らせてくれ」赤い閃光……。ここに連れてきてからだから、ティナさんにやってもらえばいいか。

「はい」


「あの、すみません、町のはずれにある魔道具屋が昨日今日開いていなくて、ご主人を探しているんですが、見かけたりしてませんか?」

「いやぁ、わからないねぇ」

「そうですか、ありがとうございました」

 聞きまくっているが、手掛かりなしだ。皆の状況はどうだろうか。一旦ティナさんのところに戻ってみようと歩き出したその時――上空に赤い閃光が。

 魔道具屋の方だ。てことは、帰ってきたのかな。気になって小走りで向かう。

 

 ――あ、正面にティナさんの後ろ姿が。対峙しているのは、魔物だ! ゴブリンが3体か。あの閃光は「見つかった」ではなくて、ピンチの信号だったのか!

 ティナさんは回復役だよな。ぼくが行かないと。

 周囲を確認し、路地に駆け込み、上を脱いでリュックからマスクを取り出す。カチッと何かが嵌る感覚がある。

「ふーっ。よしっ。」


 ティナさんを横切り、2mほど前に出る。ゴブリンとは5m程か。

「え? あなた……シックスパックラビット?」

「はい、魔物の姿が見えたので助太刀に参りました」ゴブリンから目を離さず答える。

 鎧を纏い剣と盾を持つゴブリンに、弓を持つゴブリン、斧を両手に持つゴブリン。詳しくはないが、ゴブリンには不相応な装備品ではないか。風とともに、不吉な匂いが漂ってくる。

 お互い様子を窺っている。この時間は、いつも無限に感じる。仕掛けるタイミングは、それだけで勝敗が喫するほどに重要だ。ぼくはジリジリ、少しずつ距離を狭める。接近型の2体に加えて弓で後方支援されると、やりづらいが、どうするか……。

 一瞬、風が止んだ。

 アーチャー・ゴブリンが、構えていた魔法の矢を放ってきた。同時にぼくも動き出していた。矢が来るのを読んでいたので、前方に大きく一歩飛びながらも身体を少し捻り矢を躱す。そして、着地した左足で、石畳の固い地面を思い切り蹴り、アーチャー目掛けて右足で飛び蹴りを放つ。


 ガンッ!!


 ドサッ!


 飛び蹴りがヒットしたのは、アーマー・ゴブリンの盾だった。横から盾を持った手を伸ばしてきたのだ。無理矢理割って入った盾を吹っ飛ばし、アーマーは左手を負傷したようだ。

 そう簡単にはいかないか……。なら、このまま攻めるまでだ。盾を失い怯んでいるアーマーに回し蹴りを入れる。


 ドンッ!


 2mほど吹き飛ぶ。が、鎧を蹴った足の感触から、そんなにダメージは入ってなさそうだ。今の内にアーチャーを。踏み込むところで、アックス・ゴブリンが斬りかかってきた。バックステップで躱すも、前進しながらの連撃で、距離を取らされた。くそっ、2本持ちやるなぁ。そう心の中で思うと同時に、ハッとする。自分の口角が少し上がっているのに気づいたのだ。ぼく、楽しんでる?

「ふっ。いくぞ」

 2本の斧を構えるアックスに、リードパンチを繰り出す。最速のパンチにアックスは反応できず、顔面にヒットした。数歩後ろによろめいた分、間合いを詰めてもう一度。


 ドスッ


 今度は尻もちをつかせた。それなりにダメージが入っている。しかし、アーチャーの視界に入ってしまい、矢が飛んでくる。アーチャーとぼくの間にアックスが来るよう微調整しながら対峙していたのだ。

 来るのが分かっていれば避けるのは容易い。だが、アーチャーを狙うには接近戦のできる2体が邪魔だ。攻撃できたとしても、こちらも食らってしまう可能性が高い。やはり、アーマーかアックスどちらかを先に仕留めるか……。すでにアーマーは盾を拾って装備し直している。


 アーチャーは弓を構えながら、後退りし距離を取る。アックスとアーマーは、アーチャーとぼくのラインを空けつつ、フォローもできる距離で、ぼくの斜め前方、左右から、プレッシャーをかけてくる。なんともやりづらい。どうするか……。

 矢が放たれた。前方に視線を向けたまま、最小限の動作で避けた。が、瞬間、直線上にティナさんがいることに気づき、矢を追う。


 バチッ!


 ティナさんの目の前には光のバリアが張られ、矢は弾けて消えた。

「自分の身は自分で守ります。というか、私がサポートするので早いとこ片付けましょう」ティナさんは表情を1ミリも変えずに、サラッと言う。ティナさん強いな、失礼しました。

「はい、お願いします!」ぼくが守るなんておこがましい。ぼくが助けてもらいながら一緒に戦おう。

 

「ホーリーアロー」ティナさんは魔法の弓から光の矢を放った。同時に放ったアーチャーの矢とぶつかり相殺された。考えてみれば当然だけど、回復のスペシャリストだから攻撃魔法が使えない、わけじゃないよな。心強い。

 ぼくは斜め右手にいるアックスに向かって走る。ティナさんはアーチャーに矢を放つことで、アーチャーと左側にいるアーマーの2体を牽制してくれる。

 2本の斧で迎え撃つ構えのアックスに、リードパンチを浴びせる。斧でガードされるも、一歩後退させ、反撃の前にもう一度ガードの上からパンチする。そして、2発目のパンチの踏み込みの勢いを使って、間合いをさらに詰め、空いた腹部にワンインチパンチをいれる。


 ボンッッ!!


 アックスは5m程吹っ飛び、斧を残して霧散した。


 こちらには目もくれず、アーマーはティナさんの方に向かっている。ぼくはティナさんとアーチャーの矢の撃ち合いを潜り全速力で駆けつける。アーマーの盾側にサイドステップしつつ蹴りを入れる。腰を入れて盾でしっかりと受け止めてくる。が、気にせず、盾の上から攻撃を続け、ティナさんから離す。

 うまく距離は取れたが、気づくとぼくは、アーチャーとアーマーに挟まれるような位置にいた。しかし、放たれた矢をぼくが避けたらアーマーに直撃するし、ぼくにかまっている隙をティナさんにつかれることを考えたら、アーチャーからの攻撃の可能性は低いと判断した。


 アーマーとの距離を詰めるべく動き出そうとしたその時、矢が飛んできた。辛うじて避け、アーマーは、その矢を盾で防いだ。と思ったら、その矢がぼくに向かって、またしても飛んできた。


 ズンッ!


「がっ!」右太腿に矢が刺さった。熱い痛みが右足全体を締め付ける。魔法の矢は刺さって消えたが、これはマズい。よりによって足か……。機動力が……。それに、痛みで踏ん張りも利かなそうだ……。

 追撃を避けるためアーチャーを見ると、胸にティナさんの矢が刺さっている。そして、霧散した。さすがティナさん、一瞬の隙を逃さなかったんだ。でも、あれは魔法を跳ね返す盾なのか、ティナさんは分が悪いか……。この足でどこまでやれるか……。


 アーマーが、ぼくとティナさんを交互に見て、どちらから倒すか思案しているようだ。きっとすぐ沙耶姫とアンナさんが来るはずだ。それまでティナさんに近づけないようにしなければ。傷口からの出血と焦りで身体が熱い。怖い……。身体が震える。

 無理してでも踏ん張れと自分に言い聞かせていると、戦場には場違いなほど、心が洗われるような歌声が響く。ティナさんが両手を胸の前で組み、祈るように歌っている。すると、ぼくは暖かな光に包まれた。

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