第23話 裏切りの都 2
3
その夜。
イムランとナディアは、宮殿の庭を歩いていた。
噴水が月光を受けて輝き、花々が香っている。
「きれいですね」
ナディアが、微笑んだ。
「ええ」
イムランも、頷いた。
「まさか、こんな場所に来られるなんて……」
「本当に……」
ナディアは、イムランの腕に自分の腕を絡めた。
「夢みたい」
二人は、噴水の側のベンチに座った。
「ナディア」
イムランが、彼女を見た。
「これから……どうしようか」
「どうしよう……?」
「カフィール様は、盗賊をやめるって言ってた」
イムランは、空を見上げた。
「僕たちも……元の生活に戻るのかな」
「元の生活……」
ナディアは、少し寂しそうに微笑んだ。
「私には、もう戻る場所がないわ」
「え……?」
「神殿を捨てましたから」
ナディアは、イムランの手を取った。
「でも、後悔していません」
「ナディア……」
「あなたがいれば、どこでも私の居場所です」
イムランは、ナディアを抱きしめた。
「ありがとう……」
「こちらこそ」
ナディアは、イムランの胸に顔を埋めた。
「あなたと出会えて……幸せです」
二人は、しばらく抱き合っていた。
そのとき——
茂みの奥から、物音がした。
「誰だ!」
イムランが立ち上がる。
茂みから——一人の男が現れた。
ジハードだった。
「すみません……邪魔をするつもりは……」
彼は、気まずそうに頭を下げた。
「ジハードさん」
ナディアが、立ち上がった。
「こんな夜に、どうしたんですか?」
「その……」
ジハードは、言葉を探した。
「ナディア様に……お話が……」
イムランは、二人を見た。
そして——理解した。
「僕は、部屋に戻ります」
イムランは、ナディアに微笑みかけた。
「ゆっくり話してください」
「イムランさん……」
「大丈夫です」
イムランは、そう言って庭を出ていった。
ナディアとジハードが、二人きりになった。
4
「ジハードさん」
ナディアが、口を開いた。
「はい」
「今日は、ありがとうございました」
「いえ……当然のことを」
ジハードは、ベンチに座った。
ナディアも、少し距離を置いて座った。
「ジハードさんは……どうして、あの場にいたんですか?」
「呼ばれた気がしました」
ジハードは、空を見上げた。
「ナディア様が、危険にさらされている気がして……」
ナディアは、何も言わなかった。
「ずっと……探していたんです」
ジハードは、続けた。
「ナディア様が神殿を出てから……ずっと」
「私を……?」
「はい」
ジハードは、ナディアを見た。
その目には——深い感情があった。
「ナディア様……俺は……」
彼の声が、震えた。
「俺は、ずっと……あなたを……」
「ジハードさん」
ナディアは、彼の言葉を遮った。
「言わないでください」
「ナディア様……」
「あなたの気持ちは……知っています」
ナディアは、悲しそうに微笑んだ。
「でも……私には、イムランさんがいます」
ジハードは、俯いた。
「そう……ですよね」
「ごめんなさい」
「いえ……」
ジハードは、首を横に振った。
「俺が、勝手に想っていただけです」
彼は、立ち上がった。
「でも……」
ジハードは、ナディアを見た。
「あなたが幸せなら、それでいいです」
「ジハードさん……」
「あの男……イムランは、いい男です」
ジハードは、微笑んだ。
「あなたを、きっと幸せにしてくれる」
ナディアの目から、涙が溢れた。
「ありがとう……」
「俺は……これからも、あなたを守ります」
ジハードは、片膝をついた。
「恋人としてではなく……騎士として」
ナディアは、何も言えなかった。
ただ——涙を流すことしかできなかった。
「では……失礼します」
ジハードは、立ち上がって去っていった。
ナディアは、一人残された。
噴水の音だけが、静寂を破っていた。
彼女は——自分の胸に手を当てた。
ジハードの想いを、断った。
それは、正しいことだった。
けれど——胸が痛んだ。
誰かの想いを断つということは——
こんなにも、苦しいことなのだ。
5
翌日。
宮殿の法廷に、多くの人々が集まった。
貴族たち、騎士たち、そして一般市民たち。
みな、宰相ジャマールの裁判を見に来たのだ。
被告席には、鎖で繋がれたジャマールが座っていた。
その顔には、憎悪の色があった。
王ファルークが、玉座に座った。
その隣には、最高裁判官が立っている。
「では、裁判を始める」
裁判官の声が、法廷に響いた。
「被告、ジャマール。貴様は、反逆罪、殺人罪、その他諸々の罪に問われている」
「黙れ」
ジャマールは、吐き捨てるように言った。
「俺は、何も悪いことはしていない」
「証人を呼べ」
裁判官が手を振ると、扉が開いた。
カフィールが、入ってきた。
法廷が、ざわめいた。
「盗賊王カフィール!」
「なぜ、あの男が……」
ファルークが、手を上げて静めた。
「カフィール、証言台に」
カフィールは、証言台に立った。
そして——ジャマールを睨んだ。
「貴様……覚えているか」
カフィールの声は、低かった。
「三年前……お前が殺した一族を」
ジャマールは、鼻で笑った。
「さあな。殺した奴は多すぎて、覚えていない」
法廷が、再びざわめいた。
「貴様……」
カフィールは、拳を握りしめた。
「落ち着け、カフィール」
ファルークが、声をかけた。
「証言を、続けてくれ」
カフィールは、深呼吸をした。
そして——語り始めた。
三年前の、あの日のことを。
家族が殺され、濡れ衣を着せられ、すべてを失ったことを。
法廷は、静まり返っていた。
みな、カフィールの言葉に聞き入っていた。
「以上です」
カフィールは、証言を終えた。
裁判官は、ジャマールに向き直った。
「被告、何か言うことは?」
「ああ、ある」
ジャマールは、立ち上がった。
「俺は、すべて正しいことをした」
法廷が、どよめいた。
「あの一族は、王への反逆を企てていた」
「嘘を言うな!」
カフィールが叫んだ。
「嘘ではない」
ジャマールは、カフィールを見た。
「お前の父は、王を殺そうとしていた」
「黙れ!」
「俺は、王を守るために……あの一族を処分した」
ジャマールの声には、狂気があった。
「それの、どこが悪い!」
「貴様……」
カフィールは、証言台から飛び降りようとした。
けれど——イムランが、彼を止めた。
「カフィール様、ダメです!」
「離せ、イムラン! あの男を……!」
「落ち着いてください!」
イムランは、必死にカフィールを抑えた。
ナディアも、駆け寄ってきた。
「カフィール様、お願いです!」
カフィールは、震えていた。
怒りで、全身が震えていた。
けれど——二人の必死の説得に、少しずつ冷静になっていった。
「……すまん」
カフィールは、証言台に戻った。
ファルークは、立ち上がった。
「ジャマール、貴様の言うことは嘘だ」
「何……?」
「俺は、カフィールの父を知っている」
ファルークは、法廷を見渡した。
「あの男は、誰よりも忠実な騎士だった」
彼は、ジャマールを睨んだ。
「反逆など、するはずがない」
「王よ、貴方は騙されているのです!」
ジャマールは、叫んだ。
「カフィールこそ、反逆者の息子! あの男を信じては……」
「証拠を出せ」
ファルークの声が、響いた。
「カフィールの父が反逆を企てていた証拠を」
ジャマールは、口ごもった。
「出せないのか?」
「それは……」
「つまり、嘘だったということだ」
ファルークは、裁判官に向き直った。
「判決を」
裁判官は、頷いた。
「被告ジャマール、貴様を反逆罪、殺人罪により……死刑に処す」
法廷が、どよめいた。
ジャマールは、顔を歪めた。
「ふざけるな! 俺は……俺は王になるはずだったのに!」
彼は、鎖を引きちぎろうとした。
けれど——兵士たちが、彼を取り押さえた。
「離せ! 離せ!」
ジャマールは、狂ったように叫び続けた。
そして——連れ去られていった。
法廷には、重い沈黙が落ちた。
カフィールは——ただ、その光景を見つめていた。
復讐は、果たされた。
けれど——心は、満たされなかった。
ただ——虚しさだけが、残った。
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