第20話 嘆きの砂丘 2

4

 三日間の旅を経て、一行は砂漠の町、バハル・カディムに到着した。

 この町は、王都への最後の中継地点だった。

「ここで、一晩休む」

 カフィールが命じた。

「明日、王都へ向かう」

 盗賊たちは、宿を取った。

 イムランとナディアも、小さな部屋を借りた。

「やっと、ベッドで眠れる」

 ナディアは、疲れた様子で座り込んだ。

「三日間、馬の上はきつかったですね」

 イムランも、隣に座った。

 二人は、しばらく無言で窓の外を見ていた。

 町は、平和だった。

 人々が笑い、商売をし、普通の生活を送っている。

「この人たちは……」

 イムランが、呟いた。

「明日、僕たちが王都で何をしようとしているか、知らない」

「ええ」

 ナディアは、頷いた。

「でも、もし僕たちが成功したら……」

「この国は、変わります」

 ナディアは、イムランを見た。

「良い方に変わるかもしれないし、悪い方に変わるかもしれない」

「カフィール様は……本当に、正しいんでしょうか」

 イムランの声には、迷いがあった。

「復讐で、国を滅ぼすことが……」

「分かりません」

 ナディアは、正直に答えた。

「でも、カフィール様にとっては、それしか道がないのかもしれません」

 イムランは、俯いた。

「僕は……ただ、彼を支えたいだけなんです」

「私も、同じです」

 ナディアは、イムランの手を取った。

「あなたを支えたい。それだけです」

 二人は、抱き合った。

 明日——

 何が起こるか、分からない。

 だから、今——

 二人は、互いの温もりを確かめ合った。

5

 その夜。

 カフィールは、一人屋上にいた。

 星空を見上げながら、剣を研いでいる。

 金属を研ぐ音だけが、静寂を破っていた。

「カフィール様」

 声がした。

 振り返ると、イムランが立っていた。

「眠れないのか」

「ええ……カフィール様も?」

「俺は、もう何年も眠れていない」

 カフィールは、剣を鞘に納めた。

「復讐のことばかり考えていると、眠れなくなる」

 イムランは、カフィールの隣に座った。

「カフィール様……本当に、王を殺すんですか」

「ああ」

「もし……」

 イムランは、言葉を選んだ。

「もし、復讐を果たしても……心は、満たされるんでしょうか」

 カフィールは、黙った。

 そして——笑った。

 それは、自嘲的な笑いだった。

「分からん」

「え……?」

「満たされるかどうかなんて、分からない」

 カフィールは、夜空を見上げた。

「でも、やらなければ……俺は、生きていけない」

 その声には、深い悲しみがあった。

「家族を失い、恋人を失い、そして……妹まで失った」

 カフィールの拳が、震えた。

「俺には、もう何も残っていない。復讐しか」

 イムランは、何も言えなかった。

 この男の痛みは——あまりにも深かった。

「でも」

 カフィールは、イムランを見た。

「お前たちがいてくれて……少しだけ、救われた気がする」

「カフィール様……」

「お前も、ナディアも、そして……リュシエンヌも」

 カフィールの目が、潤んだ。

「みんな、俺のために戦ってくれた。そのことは……忘れない」

 彼は、立ち上がった。

「だから、明日——俺は、必ず勝つ」

 その背中は——孤独だった。

 けれど——強かった。

 イムランは、立ち上がった。

「カフィール様、僕は……」

「分かっている」

 カフィールは、振り返った。

「お前は、リュシエンヌの頼みで俺を支えようとしている」

「はい」

「ありがとう」

 カフィールは、微笑んだ。

 それは、久しぶりに見る、本当の笑顔だった。

「お前は、いい奴だ。イムラン」

「そんな……」

「本当だ」

 カフィールは、イムランの肩を叩いた。

「だから、明日——お前は、死ぬな」

「はい」

 イムランは、頷いた。

 二人は、しばらく星空を見上げていた。

 明日への覚悟を、胸に刻みながら。

6

 翌朝。

 一行は、王都ザハルへと向かった。

 砂漠の果てに——それは見えた。

 黄金の壁に囲まれた、巨大な都市。

 尖塔が空に突き刺さり、宮殿が太陽の光を反射して輝いている。

 王都ザハル——砂漠の宝石と呼ばれる都。

「着いたか……」

 カフィールは、都を見据えた。

「三年……三年、待った」

 彼の声には、静かな怒りがあった。

「行くぞ」

 一行は、都の門へと向かった。

 門番が、彼らを見て驚いた。

「き、貴様ら! 盗賊王カフィール!」

「そうだ」

 カフィールは、堂々と答えた。

「俺たちは、王に謁見に来た」

「な、何を!」

 門番が剣を抜こうとする。

 けれど——カフィールの方が早かった。

 一瞬で、門番は気絶していた。

「行くぞ」

 一行は、門を通り抜けた。

 都の中は——混乱に陥った。

「盗賊だ!」

「カフィールだ!」

 人々が逃げ惑う。

 兵士たちが、駆けつけてくる。

「イムラン」

 カフィールが、振り返った。

「お前の出番だ」

 イムランは、頷いた。

 リュートを構え——歌い始めた。

 それは、混乱の歌だった。

 兵士たちの動きが、鈍くなる。

 幻覚が見え、方向感覚が失われる。

 一方、盗賊たちは——イムランの歌に守られていた。

 彼は、味方だけを守り、敵だけを惑わす歌を歌っていた。

「すごい……」

 ナディアが、呟いた。

 イムランの制御は——完璧だった。

 一行は、宮殿へと向かった。

 次々と現れる兵士たちを、カフィールが倒していく。

 彼の剣は——容赦なかった。

 もう、掟など守っていない。

 ただ——前へ、前へ。

 王の元へ。

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