ACT.12.8 新しい覚醒技

 夜7時。晩御飯を食べた後、新しい覚醒技の授業を受けることになった。板垣さんと甘利さんが店内にホワイトボードを立て、解説する。色々な文字が羅列しており、普通の人には分からないものばかりだ。

 おれと智姉さん、プラズマ3人娘がそれを聞く。

 最初に教える技は<神速>で、30秒間自身の集中力を引き上げる技だ。使用すると、極限状態の世界を味わえる。

 今から板垣さんが技を披露する。


「<神速>!」


 それによって、目にも止まらぬほど板垣さんのペンの動きが速くなった。10本に見えるほどだ。これを見た顔から飛び出そうなほどおれは瞳を大きくする。瞬きができない。

 新しい覚醒技もすごいなぁ。使いたくなってきた。


「おぉー!」


 おれたちは黄色い声が響かせる。板垣さんが描いたのは「クールタイム」という文字だ。技の有効時間が切れると発生する。強力な技ほど、長くなってしまうから良く考えて使うべきか。

 クールタイムとは技を使えない時間のことだ。その時間になると、自分のテクニックとマシンの性能だけで戦うことになる。故、使い所の見極めが重要になるだろう

 今度は甘利さんがペンを持つ。神速の下に臨戦態勢という文字を描いた。この技は30秒間、僅かに集中力と自制心を強化する技だ。2つの能力が上がるのだが、わずかしか有効時間がない上、クールタイムが長いから、ここぞというと時に使うべきだ。

 神速と違う点とは、ドライバーのスペックが2つも上がる。自制心を上げるってことは感情に流されなくなのか? 冷静になる? 心が乱れなくなる?

 次に甘利さんが「用心」と描く。この技は、しばらくの間だけ反射神経を強化する技だ。

 クマさんが質問する。


「どんな事故でも回避できますか?」


「回避というより、減らせるかもしれないな」


 安全のためにあって、死にたくないなら使うべきか。危険を回避する技か。バンパープッシュしてぶつけてくる者に対抗できそうだ。危ない奴と戦えるね 。

 その後、精神ダメージを喰らわなくなる<底力>、自制心を強くする<自制>などについての授業を受けた。

 新しい覚醒技の修行は深夜1時まで続いた。


 4月6日の午後8時になり、いよいよ最終日となった。今日で地獄が終わる。

 ダウンヒルのスタート地点前の駐車場におれたちは集まった。板垣さんが最後の訓練について説明する。


「まず、私のクルマに離れずついていき、しばらくしたら甘利が発進する。最初はペースを落すが、徐々にペースを上げていく」


 甘利さんも続く。


「板垣に離されたり、俺に追い付かれたりすると、失格だ。新しい覚醒技を使ってもいいぜ。まず、誰が挑むんだ?」


 智姉さんが手を上げた。


「私が出ようか」


 トップバッターは智姉さんとなった。これまで100点取ってきた彼女だが、この試練では果たして!?

 R35に乗り込み、板垣の100クレスタと共にスタートラインに立つ。今回に限って、智姉さんが上手すぎたため、一番後ろの甘利さんも一緒にスタートする。1JZ-GTEとVR38DETTと、エンジン換装した2JZ-GTEの音が響く。100クレスタと110マークIIは後輪、R35は四輪全てに馬力とトルクを伝える。3台が出発する姿を見ると、緊張感がひしひしと伝わってくる。


 約6分後、3台が戻ってきて、それぞれのドライバーが降りてくる。  結果はある程度予想できた。


「斎藤智、合格だ」


「これでオオサキと一緒に練習できる」


 智姉さんなら上手くできると感じていた。そんな人が失敗や醜態をさらすことはない。

 板垣さんは次の走者を探す。


「次行くのは誰だ?」


「おらが行きます」


 クマさんが行く番だ。だが、おれはある不安を感じた。


「なんだか、嫌な予感がする」


 智姉さんの時とは真逆の雰囲気だ。彼女は失敗するかもしれない。腕の差が天と地だからだ。おれに負けるような人は合格できるか? どんどん失格を重ねていくし。

 板垣さんと甘利さんはそれぞれのクルマをサイドブレーキドリフトでUターンさせてダウンヒルの方向へ向ける。クマさんはC33に乗り込み、スタートラインに立つ。


「行くぞ」


 100クレスタとC33が直列6気筒のターボサウンドと共に後輪をホイールスピンさせながら、発進していく。それらを眺めると、緊張感がどんどん大きくなる。クマさんは合格するのか!? ただしおれには百パー不安しかない。


 板垣さんを追いかけながら、最初のヘアピン、S字からの左ヘアピンに突入する。100クレスタはタイヤを右に向け、リアを振り回しながら、後輪から白煙を豪快に発生させながら、攻めていく。

 おらの方は、ハンドルを右に曲げてカウンターを発生させ、フットブレーキを踏み、サイドブレーキを引いて、白煙を後ろから発生させながら突っ込む。

 2台はまるでダンスするかのように進んでいった。ルームミラーから、板垣さんはわだすの走りを見ていた。


「豪快だが、速くないドリフトだ」


 厳しい意見だ。ドリフト甲子園優勝者の走りがこんな風に言われているなんて。そもそも速さで競う競技ではなかったから。けど、実際に聞こえていたら心が痛む。

 右中速コーナー。ここは2台は浅い角度のサイドブレーキドリフトで抜けていく。

 その後は直線。パワー差で引き離され、100クレスタが小さくなる。ものすごい性能差を感じる。この時点でついていけない。

 縮小した100クレスタの姿を追いかけながら、3連続ヘアピン、U字ヘアピンに入っていく。先を走る板垣さんはこんな風に感じていた。


「ドリフト甲子園優勝者だと聞いたが、魅せるドリフトしかしない奴だ。あんまり速くない」


 その大会は速さを競わない。運転の綺麗さを競うから。おらは運転が上手い方だけど、板垣さんの言っている通りだ。速さを重視した走りはできない。


 スタート地点。停まっていた甘利さんの110マークIIが出発する。


「行くぜ!」


 2JZのサウンドと共に、馬力とトルクを路面に叩きつけながら赤城の道路を下っていく。

 後ろからクルマがやって来たのは2つの高速セクションを抜けて、サクラゾーン最初のS字区間を終えた辺りだった。おらは新しくなった覚醒技を使わないと、100クレスタについていくのに精一杯だった。馬力差とテクニックの差が激しいし。

 黒い物体が閃光(ひかり)を照らしながら、2JZのサウンドと共に追いかけてくる。


「ついに来たか、後ろのクルマ! 抜かせねーべ!!」


 啖呵を切りながら、左ヘアピンに入る。ハンドルを回し、フットブレーキを踏み、サイドブレーキを引きながら突っ込む。C33は前輪を右に向けながら、後輪から白煙を山のように吐く。クールタイムに入っているので、技は使えない。

 100クレスタはカウンターを当てず、おらの方は豪快に突っ込む。当然、引き離される。もう追い付けないのか?


「次で狙うか」


 右高速コーナー。後ろの110マークIIは馬力差でC33に接近する。差は1.5台分となる。そして、ドライバーの甘利さんはオーラを纏う。彼女のオーラは夜のような黒色だ。


「<神速>!」


 集中力を上げ、まるで4本に増えたような腕でハンドルを回し、シフト操作しながら、外側に入り込む。出ると、C33の倍ぐらいある2JZのパワーを右足で伝えながら前に出ていく。これと同時に、あきれながら呟く。

 

「失格だ。もうちょっとあまりにも速い走りはできなかったのか?」


 あっちも厳しい言い方だ。窓から聞こえていたら、心が折れそうだ。おらの訓練はここで終わった。もうちょっとやりたかったのに。

 この後も川ちゃんやくにも参加したが、彼女たちも甘利さんに抜かれ失格となった。あとはサギさんしかいない。


 最初の直線を駆け抜けるも、馬力の差は大きく、前を走るクルマが進む度に小さくなるほど引き離されてしまう。

 ここを抜けた後の高速左コーナーからのS字、ここでフェイントモーションという連続ドリフトを披露し、状態を維持したままヘアピンの形状の左コーナーへ入る。

 

「イケイケイケイケイケェー!」


 右手で一瞬だけハンドルを回転させる。左手でサイドブレーキを引き、左足でクラッチを踏んだまま、左足でアクセルペダルとフットブレーキを踏み込むというヒール・アンド・トゥを使う。距離が離れている2台はサイドブレーキドリフトで通過していく。差は離れず、互角の勝負だった。


「やるな、多くの修羅場を抜けてきただけあるなぁ」


 板垣さんはバックミラーから見て、おれの走りを称える。認めているようだ。ただし特訓は始まったばかりだ。結果はわからない。おれはまだ100クレスタについていけている。

 ヘアピン後の右中速の曲線、どちらもヒールアンドトゥを行い、左手でサイドブレーキで引き、発生させたフェイントモーションを披露しながら、コーナリングを描いていく。まだ距離は離れておらず、現状維持だ。

 この後は直線が来る。序盤ということもあって、手を入れていないのか、あまり差を作らなかった。最初は後半のために力を溜めているのか?

 次は鋭く折れ曲がった3つの曲線が来る。

 2台共にブレーキランプが光り、両者左手でサイドブレーキを引いて、スライドが発生する。

 3つを横に向くと同時に白煙を後輪を出しながら抜けていき、縮まっていく。


「やるな、どんどんペースを上げていくぞ」


 おれの走りを見た板垣さんはそう言って力を入れていく。ハンドルを握る力とアクセルを踏む力が強くなっていく。それに呼応して、100クレスタの動きが獰猛になる。まるでムチを入れられた競争馬だ。


 U字曲線に入る頃、スタート地点では甘利さんの100マークIIが発進する。白く光るヘッドライトを暗闇の道に照らしていく。


「噂のオオサキを追いかけるか!」


 赤い袴に隠れた右足で床までアクセルペダルを踏んでいく。2JZの音が響く。約800馬力あるパワーが後輪を動かし、道路に爪痕を残していく。そこから白い煙が発生していく。スタート地点からコーナーの向こうへ消えていった。


 おれはそのことを知らなかった。いや遥か前にいるから伝わらない。その頃のおれたちはU字曲線の後のS字区間をフェイントモーションからの連続サイドブレーキドリフトを発生させ、コマが回るような走り方で抜けていく。左右交互に曲がる両者のリアタイヤから白煙が山のように出ていく。

 2連続の曲線が来る。1つ目の右向き。今の体勢を維持しながら、後輪から白煙を発生させ、相手は前輪を傾けず、つまりカウンターを当てずに突っ込み、おれの方はハンドルを左に回転させながら突っ込んでいく。無駄のない走りをした100クレスタはワンエイティを引き離した。


「ちっ!」


 フェイントモーションのドリフト勝負で負けたおれは舌打ちした。絶対に離されたくない、そんな状態が続いたら、失格になってしまう。智姉さんに追いつきたい。新しい覚醒技で日本一の走り屋になりたい。そういう沸いてくる気持ちが後押しする。おれは合格したいんだ。

 2つ目の左向き。ハンドルを左から右側に回転させ、フットブレーキを左足で踏み、同時に左手でサイドブレーキを引き、コーナーに入ると赤いオーラを身体中で発生させる。


「<神速>!!」


 まるで真っ赤な彗星だった。後輪から山のような白煙が発生していく。


「イケイケイケイケイケイケイケイケイケイケー!」


 覚醒技を使った影響なのか、距離を少し縮める。100クレスタが大きく見えた。そんな様子を、板垣さんはルームミラーから見ていた。ワンエイティの動きを見て、使ったことが分かる。 「ついに使ったか」  おれが覚醒技を使ったのを見ても、動じなかった。焦らないとはさすがだ。これが年季の差か。智姉さんの師匠の側近を勤めているだけある。

 修行は第1高速区間に突入する。黒い右足でアクセルを床まで踏みながら、リズミカルにシフトを上げていく。100クレスタはカタパルトのように加速し、縮めた距離は倍以上ある馬力の差でまた離されてしまった。さっきのコーナリングは水の泡になった。


 今の高速区間が終わると、90度の左コーナーに入る。ここで両者共に再びフェイントモーションからのサイドブレーキドリフトで侵入し、直後の右U字曲線を逆ドリフトで抜けていく。<神速>で上がった集中力を生かし、前のクルマを追いかけ、左高速コーナーはあるもののほぼ直線な第2高速区間に入っていく。

 フェイントモーション合戦で距離を数m縮めることに成功したものの、その後は高速区間だったため、さっきの差に戻ってしまう。


「馬力差をなんとかしないと……」


 曲線は互角でも性能で負けてしまう。それをどうかしなきゃ。離されたら意味がない。それだと失格になる。

 おれにはこんな力がある。ピンチになるとドライバーのスキルを上げる能力が存在するが、智姉さんから止められている。公式戦では披露したことはないのだが……。

 高速区間の終わりにある、左右の曲線が交互になっている区間、通称ジグザグゾーン。

 ここで板垣さんは身体から炎のようなマルーン色のオーラを発生させる。


「<臨戦態勢>!」


 あちらも技を使い、集中力と自制心を引き上げてからフェイントモーションからの逆ドリフトしながら抜けていき、おれも同じように攻めていく。技の影響で、相手の走りはナイフのように切れ味のある走りになっていており、距離が開いた。


「すごいなぁ」


 覚醒技を使った板垣さんを見て、手が入るほど口を大きく開けた。技を使ったら、こんな風に速くなるなんて恐ろしすぎる。もうすぐクールタイムに入ってしまう、そんな状態になったら、さらなる苦しい戦いが予想される。

 次は包丁やナイフのような刃物を彷彿させる形をした、右曲線に入る。ここは両者サイドブレーキドリフトで抜けていくものの、技で集中力が上がっていた板垣さんはおれをもう1度引き離した。差はクルマ1.5台分になった。

 そこを抜けると、もう1つエンジン音が聞こえる。サクラのJZA80で聞いたことある2JZの音だ。後ろから聞こえる。

 甘利さんの110マークIIが来たのか!?


 第3高速区間。ここの中腹の左側にギャラリーしている2人の人間の姿があった。片方は30代後半の中肉中背の男性でもう1人は10代後半ぐらいの少女だった。男性は長く伸びた髪を1つに結び、中性的な雰囲気を感じさせる。黄色い帯のある灰色のジャケットと、長ズボンを履いており、紫のTシャツを着ていた。少女は青のかかった長い黒髪にハーフアップに纏め、前髪はぱっつんに整えている。服装は赤いジャケットを羽織り、灰色のセーターを着用し、下はスカートと黒いタイツを履いている。

 2人は口を開き始める。青髪の少女の方が先だ。


「誰か走っているのかしら?」


「大崎翔子ってこんな時間に練習していたのかな? 朝走っていると聞いたけど」


 さらに彼女に対する印象を尋ねてくる。


「大崎翔子という走り屋についてどう思うのかな?」


「確かに速い走り屋だわ、JZA80型スープラに乗るDUSTWAYの葛西サクラ、Z33型フェアレディZに乗るWHITE.U.F.Oの柳田マリアを倒したのは認める。けど、それだけかしら」


 赤いジャケットの裾を翻し、少女は吐き捨てるように言った。「確かに速い。でも、“意味”がない。……ただ速いだけの機械は、見ていて退屈なのよ」声は静かだったが、切っ先は研ぎ澄まされていた。本人が聞いたら心が刺さるだろう。その表現というより、気に入っていないという似合う表現だ。オオサキと出会ったら敵だと確実だ。


「最近脂が乗ってきているのに、こういう言い方は残念だ」


「ええ、そういう評価なのよ。本当に気に入らないわ、あいつの評価を覆したいなら、信念を持つべきなのよ」


 そのオオサキのことを知るような2人組であるものの、近い未来ではこの物語に参加する。今後どう絡むのか?  


 後ろに110マークIIに乗る甘利さんが戦いに参加し、今の状況はあと一歩で抜かれそうだ。しかも前を走る板垣さんの100クレスタとの差は2.5台分で、現在大ピンチだ。下手すれば失格になってしまう。一行はサクラゾーンにある2連続曲線に突入する。

 最初の右側、ハンドルを一瞬左に切ってから、サイドブレーキを引き、フェイントモーションからの逆ドリフトで3台とも突っ込む。板垣さんはマルーン、おれは赤、甘利さんは黒と、それぞれオーラを全身から発生させた。


「<臨戦態勢>!」


 板垣さんと甘利さんは自制心と集中力を強化させる。


  「臨戦……」


 おれの方は技名を叫ぼうとした時、別の物が出てしまう。ショボい技ではなく、未知なる技だった。


「<赤備え>……!?」


 自分の声すら、遠くから聞こえた気がした。

 ──知らない技名。けれど、全身が熱を帯び、赤い閃光が視界を焼いた。集中力、バランス感覚、精神力が強化され、同時に運転に対する恐怖心がなくなっていた。

 2つ目の左側に入ると、内側のガードレールへの接触を恐れないフェイントモーションからの逆サイドブレーキドリフトを披露し、板垣さんとの距離を縮めていく。前から見た彼女は驚いていた。


「何だあの走り……見た覚えはない!」


 普段氷のように冷静を貫いてきた板垣さんの表情が崩れる。彼女にも見たこともないのだろうか? 相当新しい技だというのか? これが……おれの新技!? 後ろから甘利さんも見る。目が潤っていた。


「新しい技を使ったのか!? あまりにも泣きそうになるぜ」


 そんな光景は、彼女の目を宝石のように輝かせた。新しい技によって差は縮まり、クルマ1.5台分の差となった。高速タイプの左側の曲線を加えた直線区間。100クレスタが率いる見えないロープで引っ張られるように後ろの2台は突っ走っていく。おれとの差は少し開いて差は1.8台分となった。しかも110マークIIにも煽られたままだ。1JZと2JZ、そしてRB26。3つの直6がレッドゾーンをかき鳴らす

 右側の曲線がヘアピンのように迫る。3台共、マフラーから火を放ちながら、輪舞(リズム)良くサイドブレーキドリフトして抜けていく。3人はクルマのステアリングを左に傾ける。彼女たちとおれの集中力はまだ高いままであり、さっき広がった差が1.4台分に縮まっていく。ここでサクラゾーンは終わりだ。

 再び直線に入る。直線といっても、後半から左側の曲線がある。短いが、全員床までアクセル全開。110マークIIがワンエイティを煽り、100クレスタが引き離し、差はクルマ2台分に開いていく。  その後の左側の高速曲線を3台がサイドブレーキドリフトで抜けると、第3高速区間が見えてくる。

 おれたちの使った技の効果が切れて、クールタイムに突入した。この時間はゴールに届かず、実質技は二度と使えない。

 入った途端、甘利さんが獣のように鋭い眼光を見せた。


「さあて、ここで仕掛けるのは不本意だが、オオサキちゃんの前に出ようかな?」


 仕掛けるつもりであり、床まで強くアクセルを踏み、レッドゾーンに入る度にシフトを上げていく。2JZは吠え、800馬力を越える力が後輪に伝えられる。一方の板垣さんを追うおれはプレッシャーと戦いながら、走っていた。いつ抜かれるかもしれない、失格になるかもしれない、これからのバトルに勝てなくなるかもしれない、そんな恐怖に襲われていた。実質技は使えない、対抗手段はなく、相手も勝負を避ける気配はない。絶対絶命だ。もう合格できないのか?  光景を間近で2人のギャラリーが見ていた。


「煽られているのね。サクラ戦と柳田戦の実力はどうしたのかしら?」


 少女は唖然としていた。2戦で見ていた実力が出ていないことについてだ。追い詰められていることにどうかと。


 ただし男性はそうには考えていなかった。


「まだやられたわけではない、これからがふんばりどころかな? 奥の手があると考えている」


 彼はこんな予言をしていた。眼はタカのように鋭かった。

 果たして、終盤での戦いはどうなるのか?


 先に向こうを走る板垣さんが終盤の難所、5連続曲線の1つ目へサイドブレーキでスライドしながら、突入していき、後輪から白煙を放っている。  離れた場所にいるおれは弱音を吐いた。


「ヤバい、負けるかもしれない。ここでおしまいだ……」


 しかし、圧と戦いながら高速区間の終わり辺りに入っていくと、その時、おれの身体から炎のように燃えるようなオーラが発生していく。覚醒技超人の象徴だ。もしかしてあの能力か? おれの力が発生した!?


「逆転の狼煙が出てきた」


 おれの能力は、精神的に追い詰められるとになると集中力、自制心、協調性、バランス感覚が強化される。最後の切り札だ。


 パワーアップした状態で、5連続曲線1つ目の右を脚が幽霊のように消えるほどのヒール・アンド・トゥと手が何本か生えたようなハンドル裁きからのサイドブレーキを引いてドリフトを発生させると、110マークIIを引き離すようなコーナリングを見せていく。


 これを見た甘利さんは後ろから眺めて感激していた。


「これが危機が迫った人間の走りか。そういう状態に追い詰められると自然体になるのか。あまりにも泣けてくるぜ」


 目を細くしながら、雨粒のような涙が出てくる。おれはものすごい走りをしてしまったのか。自分でも不思議に感じる。そんな力があったのか? 火事場の馬鹿力というものか?

 後ろを走る甘利さんとの差も、前を走る板垣さんとの差も1.5台分となった。2つ目の左と3つ目の右をサイドブレーキドリフトで抜けていくと、先頭との距離は縮まり、後ろを引き離していく。間にワンエイティが入りきらない差となった。

 前から、鬼のように迫っていくおれのクルマを見た板垣さんもルームミラーから見ていく。


「どんどん速くなっていくなぁ。もう少しで抜かれそうだ。と言ってもそれは失格になるんだよな」


 平然とした表情だが、心の奥に恐怖心が入っていた。内心怯えているのだろうか? 板垣さんはおれが怖いのか? 追い付けない彼女のほうが恐ろしいと考えているのだが。

 差は0.3台分になる。後ろから来ていた甘利さんの110マークIIの気配はもう消えた。大分離したのだろうか?


 ルームミラーには写らないし。馬力のあるクルマを消すとはすごいな、この能力。

 4つ目の左、ここにて2台ともサイドブレーキドリフトで突っ込み、どちらもハンドルを左から右へ回転させながら曲がっていく。腕や脚が何本かあるような動作をするおれの方が速く、距離を接触寸前まで縮めていった。

 そして最後の5つ目こと右、ここの手前で板垣さんの100クレスタと共に逆ドリフトからフェイントモーションを披露して、突入していく。


「一気に追い詰める! イケイケイケイケイケイケー!」


 まるでフォークダンスするかのように同時にスライドしていく。これはツインドリフトだ。2台は踊っている。例えるなら姫と王子だ。前者がおれで、後者が板垣さんだ。100クレスタの中で冷静な表情を崩して、楽しさを感じているのか、女神(てんし)のような笑みを浮かべる。


「最後までついてきた。合格だ」


 聞こえたら嬉しい言葉を呟いた。これは幻か? 現実か? 夢じゃあないのか? もし本当だったらありがたい。2台はダウンヒルを終えて、サイドブレーキドリフトでUターンをし、ヒルクライムに突入する。今からスタート地点へ帰るところだ。


 スタート地点前の駐車場。

 プラズマ3人娘と智姉さんがおれの結果を心配していた。前者みたいに失格になるか、後者みたいに合格するか、気にしていた。自分みたいになったら、どうしようと3人組は怯えていた。

 クマさんがまず口を開く。 「サギさんはどうねるんでしょーか」

 ただし智姉さんは悲観していなかった。


「私はオオサキが失格になるとは思わない。土壇場でやりきる人間だからだ」


 おれの修羅場を見てきたからだ。彼女はおれのことを一番知っている人だ。最も距離が近いからだ。

 いつの間にか3つのエンジン音が響いてくる。RBと1JZと2JZだ。修行していたおれのワンエイティと板垣さんの100クレスタ、甘利さんの110マークIIが戻ってきており、それぞれのドライバーが降りてくる。この3台の前にカワさんがやって来る。どうやら、眉毛の両端が下を向くほど不安そうな表情をしていた。


「サキはん、失格したんですか?」


 質問を聞くと、板垣さんは口元を柔らかく曲げながら開いていく。言葉が響いたとき、カワさんは安心した。


「合格した。これは本当だ」


 続いて甘利さんが目に滝のような涙を流しながら、活躍したおれの頭を右手で撫でなでる。


「あまりにもすごかったぜ……」


 彼女の涙を見たとき、よく頑張ったと自分でも感じることができた。本当に疲れたよ、もう。5連続ヘアピンで能力を使ったことは智姉さんとプラズマ3人娘には内緒だ。心配させたくないから。彼女たちの悲しい顔を見たくないから。

 板垣さんと甘利さんの正面におれたち5人は立つ。前者は修行した者の顔を見ながら、今日の練習について評価を始める。この時、重りが足についたような緊張感が伝わってくる。どんな結果が出るのか?


「では、今日の最後の修行だが……智とオオサキは100点、熊久保は50点、小鳥遊は30点、川畑は10点だ」


 ――今回の総評だ。


「オオサキの逆転劇は見事だった。追い詰められたときの底力……あれは恐ろしい武器になる。人って追い詰められると、ピンチを抜け出したいあまり動きが自然体になると言われている。そのことを刻みながら、今後も活躍してほしい」


 失格になったプラズマ3人娘にも言葉を伝えられる。


「今回残念な結果を残した、熊久保、小鳥遊、川畑。100点を取れず失格になった訳だが、その点数を得るためにもっと覚醒してこい。"覚醒の技"と書いて"覚醒技"だからな」


「くにちゃんたちはもっと頑張らないとダメですか」


「だべ。取れなかった点数は稼ぐべきか」


 タカさんとクマさんは気分はお葬式ムードだった。失格になったから仕方ない。カワさんにも言えることだ。上から目線になって申し訳ない。


「失格になったお前たちにも新しい覚醒技は許可するが、今後は50点、30点、10点を100点にしてこい。私たちからの永遠の宿題だ」


 それはうまく達成できるのだろうか? おれは走り屋仲間として応援してあげたい。願っている。

 おれと智姉さんに対しても、伝言を伝えられた。


「合格者の智、伝説の走り屋の経験だけでなく今回のこともオオサキに叩きつけてほしい。彼女を育てるのがお前の役目だからだ。オオサキの方も今日の経験を忘れないでほしい」


 この事は胸に刻もう。今後に役立てたい。今回の練習で一皮剥くことができた。いい練習になったと感じている。またやってみたいな。  


「では、新しい覚醒技の練習はここでしまいとする」


「俺たちはいつでも栃木から群馬へ向かうぜ。何があったら、呼んでこい」


 こうして地獄の3日間は終わった。新しくなった世界に慣れることに成功したのだった。まるでこれまで飼ってきたペットと別れた後に新しい動物を手に入れた気分だ。板垣さんたちから貰った覚醒技を大事にしたい。


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