おまけ小説

 朝、和食さいとうのリビング。


「おはよう、オオサキ」


 おれは朝から腹を押さえていた。智姉さんも同じように腹を押さえ、顔をしかめている。


「朝から腹が痛いです……気持ち悪いほどです……」


「私もだ……」


 二人して座り込み、痛みを訴える。すると、智姉さんが顔を上げておれを見る。


「はっ……この痛み……まるでつわりのようじゃないか……!」


「つわり?」


 まさか、と思いながらおれは自分の腹をさすった。


「智姉さん、まさか……妊娠……!?」


「そうかもしれない……。そういえば三ヶ月前、あの夜に……」


 俺たちは顔を見合わせる。いや、まさか……。


「やった!ついに智姉さんの子供を授かったんですね!同性なのに!」


「私もだ、お前の子を宿したらしい……」


「えっ!?智姉さんまで!?」


 なんということだ……あの痛み……まさか夢の中で妊娠してたってオチ?……どんなレズ妄想だよ……

 おれは感動しながら自分の腹をさすった。智姉さんの子供……どんな子が生まれるのだろうか?


「楽しみです……!」


「早く産みたいな……!」


 その痛みが、むしろ嬉しく思えるくらいだった。


「起きろ、オオサキ」


「……あれは夢だったのか?」


 目をこすりながら呟く。夢の中では智姉さんとおれが妊娠していた。ショックだ。せっかく身籠ったと思ったのに……。

 ちなみに昨夜は智姉さんの部屋で寝ていた。

 あの夢……お腹の中に智姉さんの子が……って、どんな変態百合幻想だよ……


「夢のようだったな。でも、お前、女同士で子作りできるわけないだろ」


「……ですよね。でも、あの夢は昨夜のあれが、よほど激しかったからだろうな」」


「かもしれんな」


 智姉さんがさらりと流す。

 サクラとの勝負から一夜明け、今日は3月29日、日曜日の朝。実は昨夜のバトルに勝ったご褒美として、智姉さんとデートする約束をしていた。その準備を進める。

 天気は快晴。デート日和だが、おれも智姉さんもいつもの服装だ。派手に決める必要はない。

 朝8時、リビングで朝食をとり、45分になるとおれたちは外へ出た。


「今日のデートはワンエイティで行こうか。私のR35はお留守番だな」


 智姉さんがそう言うと、俺は頷いた。ワンエイティ——昨日のバトルを共に戦った相棒。そのままデートに連れて行くのも悪くない。


「了解。ワンエイティ、今日も頼むよ」


 軽くボディに触れ、車に挨拶してから乗り込む。


「じゃあ、出発しようか」


 エンジンをかける。RB26の咆哮は、昨夜の熱気を残しながらも穏やかだ。

 おれたちは自宅を後にし、デートの始まりを告げるように、ゆっくりとアクセルを踏み込んだ——。


 前橋の市街地を走るワンエイティ。気分を盛り上げたくて、ラジオをつけた。


『では、リスナーからのリクエストでこの1曲。クレイジーケンバンドの「ガールフレンド」です』


 スピーカーから流れる、ちょっと渋めのナンバー。


「……おれたちがデートしてるのを見越して、この曲をリクエストしたのか?」


「オオサキ、それは考えすぎだ。ただ単に聞きたかっただけだろ」


「冗談のつもりだったけど、ちょっと本気で思ったわ」


 おれたちは軽く笑いながら、ゆったりとしたリズムに身を任せた。


 9時20分ごろ、俺たちはゴーカート場に到着した。


「着いたぞ。中に入ろうか」


 おれは赤いカートに、智姉さんは黄色いカートに乗り込む。


「智姉さん、行きますよ!」


 先におれがスタートし、コースへと飛び込む。


「私も行こうか」


 智姉さんも続いて出発。2台のカートは同じ性能のはずだが、彼女の走りは“伝説”と呼ばれるほど巧みだ。コーナーに差し掛かると、ピタリとおれの背後につけてくる。


「同じカートなのに、ギリギリ抜かれそうだ……!」


 やっぱり、カートに乗っても速い。さすが“伝説の走り屋”だ。

 おれは必死にペダルを踏み込むが、智姉さんは余裕たっぷりに煽るようなラインを取ってくる。バンパーがかすめるほどの距離まで詰められ、プレッシャーが半端じゃない。


「速く走っても、智姉さんを振り切れない……!」


 残りのコースが少なくなるにつれ、おれの焦りも増していく。そしてついに、2台はフィニッシュラインを通過し、最初の地点に戻ってきた。

 カートを降りると、おれは思わず肩をすくめる。


「智姉さん、本気で走って煽らないでくださいよ……」


「全力の5%しか出していないのだが……」


「……嘘でしょう?」


 昨日、赤城で2番目に速い走り屋を倒したおれが、ほんのわずかの力で追い詰められるとは。とても5%の実力とは思えなかった。


「さぁ、駐車場に戻ろう」


 おれたちはゴーカート場を後にし、次の目的地へ向かう。


 ワンエイティは再び前橋市街を走る。


「次はどこに行こうか?」


「映画を見に行ってもいいでしょうか?」


「いいな、それに決まりだ」


 こうして次の目的地が決まった。

 11時には映画館に到着。見る映画はすでに決まっている——走り屋を題材にした作品だ。

 11時20分、上映が始まる。


「始まったぞ」


 スクリーンに映し出される冒頭シーン。ハイスピードのカーバトルに胸が高鳴る……はずだった。しかし、それから50分後——


「……オオサキ、寝てしまったな。お前が見たいと言ってここに来たのに……」


 俺はぐっすり眠り込んでしまい、結局、映画の内容をまったく覚えていなかった。

 13時、映画が終わると、おれたちは駐車場のワンエイティへ戻り、お弁当を広げる。昼ごはんは、和食さいとうの人気メニューを詰めた特製弁当だ。


「お前、どうして映画館に行きたいなんて言ったんだ?」


「デートで映画に行くのは約束でしょう? だから行きたかったんです」


「ったく……寝るくらいなら、最初から行かないほうがマシだったぞ」


 智姉さんは呆れたようにため息をつく。

 おれも正直、反省している。映画の上映中に寝るなんて、せっかくの時間を無駄にしてしまった。

 睡魔には勝てなかった——それが敗因だ。

 ……今度は、絶対に、絶対に、寝ない。

 ご飯を食べ終えたおれたちは、次の目的地へ向けてワンエイティを走らせた。


 14時、おれたちは次の目的地、遊園地へ向かった。

 ワンエイティを駐車場に停めると、大きな観覧車が目に入る。

 乗り込むと、左の席に俺、右の席に智姉さん。


「きれいな景色ですねー」


 窓から見下ろすMaebashi市街。観覧車はゆっくりと上昇し、街並みを一望できる高さまで達する。


「こうして観覧車に乗ってると、まるでカップルみたいですね」


 おれの何気ない一言に、智姉さんの頬がほんのりと赤く染まる。


「そ、そんなこと言われたら……照れるじゃないか……」


 おれたちは昔からずっと一緒にいた。物心ついた頃から——


「お前とは本当に長い付き合いだな」


「両親はフィンランドで共働きしていたから、1年に数回しか会えなかったんです。だから、智姉さんにおれの面倒を見てくれるよう頼んだんですよね」


 おれにとって、智姉さんは母のような存在だった。もしかしたら、本当の母よりも母らしいかもしれない。

 ——生まれ変わったら、この人の子供になりたい。


「それからおれは智姉さんに走りを教わりました。『お前も走ってみないか?』って誘われて、走り屋の世界に入ったんです」


「昔はお前が無免許だったからな。今みたいに一緒に走ることはできなかった」


 最初の練習は助手席だった。智姉さんの運転を見ながら、おれはライン取りやブレーキングのタイミング、摩擦円を学んだ。ワンエイティがメインだったが、たまにR35を出すこともあった。


「あの頃、智姉さんのR35には絶対に乗れないって思っましたね」


「確かに、お前にはまだ手に余る車だったな」


 智姉さんのR35は、おれには到底乗りこなせるものではなかった。たとえ自分の車になったとしても、手足のように扱うには時間がかかるだろう。


「運転の感覚を磨くために、バレエや新体操もやったな」


「あれは意外だった。まさか、そんなことで運転能力が上がるとは思わなかったよ」


「体幹を鍛えれば、車の挙動を感じ取る力も上がるから、おれもやってみたけど……実は、白タイツやレオタードが気に入って、それで続けてた部分もあります」


「……そっちが本命だったのか?」


 智姉さんが苦笑する。


「まぁ、結果的に運転の役に立ったんだから、いいだろ?」


 おれたちは冗談を言いながら笑った。

 智姉さんはバレエでも優秀で、王子役もこなせるほどの腕前だった。その姿はまるで舞台の主役——いや、俺が姫役なら、ぜひ迎えに来てほしいほどに美しかった。

 話に夢中になっているうちに、観覧車はゆっくりと地上へと戻る。


「あっという間だったな」


「でも、こうやって昔の話をするのも悪くないですね」


 口に出してみると、気持ちが軽くなる。

 観覧車を降りると、おれたちは遊園地を後にした。


 16時になると、デパートへ向かった。


「智姉さん、ゲームしませんか?」


「構わない」


 最初に立ち寄ったのはゲームセンターだった。


「これにしましょう、『首都高ランナー』っていうやつ」


 その名の通り、スポーツカーで首都高を爆走するレースゲームだ。

 おれはZ32型フェアレディZを選択し、プレイを始める。


「よぉし、行くよ!」


 カウントダウンがゼロになり、レースがスタート!


「イケイケイケェー!」


 最下位からのスタートだったが、次々とマシンを抜いていき、ついに最後の1台とデッドヒートになる。

 ――そして、勝利。


「勝ちました……ゲームでも勝つとは」


 少しは通用する腕なのかもしれない。相手はCPUだけど、葛西サクラよりは手ごたえがなかったな。


「おめでとう。次は私の番だ」


 智姉さんもプレイを始めた。

 そして――開始早々、ぐんぐん前に出ていく。

 最下位スタートにもかかわらず、わずか数十秒でトップに立ち、そのままゴール。


「……さすが、智姉さん。速度だけじゃなくて、間の取り方も絶妙すぎる……


 伝説の走り屋の腕前は、ゲームでも健在だった。おれには真似できない、速さと判断力だった。

 ゲームセンターでのひとときを終え、次は服屋へと向かった。


 以下は文章の自然さ・テンポ・描写の濃淡を意識したリライト例です。


「たまにはデートらしく、オシャレも楽しまないとな。どんな服を買うか……それと、試着とかしてみないか?」


 まずは実際に試着できそうな服を探す。この店、どうやらコスプレ衣装も置いているらしい。


「これにしましょうか」


 衣装を手に取り、更衣室で着替える。

 お披露目されたのは――黒タイツにブルマー姿。

 おれは赤、智姉さんは紺色を選んだ。


「どうでしょう!」


「似合ってる。2人して黒タイツで脚をさらすとは、なかなか……」


 華奢な脚に黒タイツがピッタリ張り付き、どこか体育祭のような懐かしさを感じさせる。


「次の衣装も着てみましょうか?」


 再び更衣室へ。今度は競泳水着に黒タイツの組み合わせ。


「このまま泳ぎに行きたいですね!」


「冬でもいけそうだな」


 想像だけでも楽しくなってくる。もしかしたら実際に、冬の水泳授業でタイツのまま水着を着てくる子もいるかもしれない――そんな妄想が広がる。


「コスプレも、次が最後にしようか」


「定番の女子高生の制服で締めましょう」


 そう言って選んだのは、セーラー服と黒タイツのセット。

おれは白、智姉さんは黒の制服だ。


「まるで青春ですね!」


「そうだな。現役の走り屋時代、この格好で走ったこともあった」


「おれ、中卒ですけど、これ着ると高校行きたかったなって思いました」


 くるりと回ると、裾がふわっと舞って、タイツ越しに何も履いていないのが――分かる


「オオサキ、お前……タイツの下、ノーパンだったか?」


「うわぁ……おれのアソコが見られたらどうしよう……」


 幸い、店内には店員しかいなかった。もし他の客がいたら、かなりマズかったかもしれない。

 でも、智姉さんが一緒なら大丈夫だ――そう信じられる。

 その後、服屋で気に入った服を購入。


「ありがとうございました!」


 袋を手に、レジを後にする。


「ブルマ風ボトムスとタイツを何着か買っちゃいました! タイツはもう700着持ってるのに――」


「おれはトレーナーと上着、それにタイツを」


「そういえば、中学入学のときにもらった『疾風』Tシャツ、まだ10着以上持ってますからね」


 服屋のおじさんは、やさしい人だった。

 おれは男性恐怖症だけど、あの人だけは大丈夫だった。――女の子をそういう目で見ない、数少ない「安全圏」の人。

 2人で、たくさんの袋を手に歩き出す。


 スーパーの前に着くと、二人同時に足を止めた。


「私はこれから、晩ごはんと明日の朝ごはんの材料を買ってくるぞ」


 一方のおれは、少し迷った末に口を開いた。


「あの……智姉さんに渡したい物があるから、別行動でもいいでしょうか?」


 実は前に――ホワイトデーに用意していたチョコを、渡しそびれてしまっていたのだ。今日こそはそのリベンジを果たしたい。


「いいぞ。どんなものか楽しみだな。……ほら、500円渡すから買ってこい。ナンパには気をつけるんだぞ。ひどい目に遭ったら助けに行くからな」


 その一言で、背中を押された。絶対に買ってこよう。二人はそれぞれ、別の方向へ歩き出す。

 向かった先は、お菓子屋さん。


「智姉さん、喜んでくれるかな……」


 店の棚を見渡しながら、思いを巡らせる。あの日、渡せなかった小さな想い――ホワイトデーのチョコ。ようやく形にできる。


「これに決めた!」


 意を決してレジへ向かう。商品を渡し、代金を支払う。


「ありがとうございました」


 袋を受け取って店を出ると、不思議と胸が軽くなっていた。手の中の小さな包みが、まるで宝物のように感じられる。

 早く渡したい。驚かせたい。そんな気持ちが膨らんでいく――

 けれど、このあと。まさか“あんなこと”に巻き込まれるとは、この時のおれには想像もつかなかった。


 お菓子屋を出た瞬間、見知らぬ男が声をかけてきた。


「ねぇ、君かわいいね。良かったらランチでも――」


 えっ……ナンパ!?


「うわ、無理です! おれには大切な人が待ってるんで!」


 はっきり断ったつもりだった。でも男たちは、にやにや笑いながらさらに近づいてくる。


「で、下着の色は?」


「……は!? つ、つけてないよっ! タイツだもん! 」


 ……これはマジの話。ホットパンツとタイツ、それだけで充分。そっちの方が身軽だし。


「ねぇ、ちょっとだけお茶でも…」


「そういうのダメなんで」


「……その黒タイツ、似合ってるね。彼氏とかいるの? ね? 僕のお嫁さんになってよ」


 もうムリ!

 動けない。動揺で脚がすくんで、頭が真っ白になる。

 最後の手段――叫ぶしかない!


「たすけて、智姉さんっ! おれ、男がダメなんです!」


 声が出た。腹の底から、力いっぱい叫んだ。


「……オオサキの声だ」


 スーパーの中から、聞き覚えのある足音が響く。


「私のオオサキに、何してんだ!」


 登場した智姉さんの目が、ギラリと光った。まるで獲物を狙う猛獣みたいに。


「この子、嫌がってるだろ。次やったら、半殺しにするぞ?」


 男たちは押し黙り、顔を引きつらせたまま逃げていった。


「……大丈夫だった?」


「……ありがとうございます……おれ、ほんとに男が怖くて……また絡まれたら、助けに来てほしいです」


「任せてくれ。私、オオサキのボディガードだからな」


 そう言って、笑ってくれた。あの笑顔を見るだけで、安心できる。

 あのときの智姉さんの声、たぶん一生忘れない


「で、買ったのは?」


「今は秘密。でも今日中に、ちゃんと渡すつもりです」


「……そう。楽しみにしてる」


 そのやり取りが、なんだか嬉しくて。

 渡すタイミングを、もっと素敵な瞬間にしたいと思った。

 そして2人は、買い物袋をまとめて車へ戻る――何事もなかったかのように。

 空は次第に暗くなっていく。

 エンジンをかけると同時に、車内にラジオの音が流れ出した。


「リクエストで、クレイジーケンバンドの“メリメリ”です」


 ラジオの声に続き、ゆるやかなイントロが流れ出す。 それをBGMにして、おれたちは他愛もない話を始めた。

 ――もし、おれと智姉さんが結婚できたら。そんな仮定の話。


「夢でね……智姉さんとの子供を授かる夢を見たんです。結婚して、いつか一緒に子供を育てられたらって……」


 恥ずかしさに顔が火照る。思わずアクセルを踏む足元に視線を逸らした。


「お、おい……それは……! 女同士の私たちは、今の法律じゃ結婚できないし、子供も……その、技術的に無理だろ!?」


 助手席の智姉さんも、珍しく焦っている様子だった。でも、否定の奥に、どこかほんのりとした照れも感じられて、嬉しくなった。


「いつか、そんな技術ができるといいですね。おれたちのために、ね」


 彼女は黙って頷いた。


 ――そして、18時。カラオケショップに到着。


 まずは智姉さんがマイクを手に取る。選んだ曲は、桑島法子さんの「私らしく」。

 透明感のある声が部屋に響いた。

 おれはその横で、晩ごはんをつまみながら静かに聴き入る。


「上手かったです」


「ありがとう。次はお前の番だぞ。私はごはんに集中するからな」


 マイクを受け取る。おれが選んだのは、m.o.v.eの「雷鳴 -Out Of Kontrol-」。

 男パートも女パートもある曲。両方ひとりで歌い切った。


「すごいな、オオサキ。上手いじゃないか」


「ありがとうございます。でも、智姉さんには敵いませんよ」


 次に彼女が選んだのは、松任谷由実の「Cobalt Hour」。

 その歌声もまた、心に響く。おれたちはしばらく歌わず、休憩がてら晩ごはんを食べ終えた。


「そろそろ、最後の曲にしようか」


 選んだのは、m.o.v.eの「Rage Your Dream」。――でも歌うのは、あの"池谷浩一郎&佐藤真子バージョン”。

 ボーカルパートは智姉さん。ラップはおれの担当。

 部屋に2人の声が響く。息ぴったり。最高のセッションだった。


「へぇ……ラップって難しいんですね」


「でも、ちゃんと歌えてたじゃあないか。上出来だ」


 緊張した。でも、楽しかった。

 夜はすっかり深くなっていた。

 ワンエイティのドアを開けて乗り込むと、おれはヘッドライトのスイッチを入れた。

 ――また、一緒に歌いに来よう。そんな気持ちが、胸の奥でじんわりとあたたかく広がった。


 目的地のことを考えながら、おれは智姉さんに尋ねた。


「次は、どこに行けばいいんでしょうか?」


「もうすぐ夜だし……前橋の市街をぐるっと回ってみないか?」


「いいですね! 賛成です!」


 智姉さんの提案で、次の立ち寄り先を決めず、気ままに夜のドライブを楽しむことにした。

 ラジオをつけると、ちょうどこんな放送が流れてきた。


「今夜、おとめ座流星群が群馬に接近します〜♪ 星を見たら願い事をするのがおすすめですよ〜♪」


 おれは顔を上げた。願い事、してみようかな。見つけられるといい。

 ワンエイティは夜の市街地へと走り出す。


「この道の隣、利根川ですね」


 川沿いをゆっくりと走る。利根川——「坂東太郎」とも呼ばれる、日本を代表する大河だ。


「夜になっても、変わらず流れてるんですね」


 真っ暗闇でも、川は黙々と流れ続けている。どこまでも、どこまでも。

 やがて前橋東照宮の前を通る。


「ここは車の神様がいる神社なんだって」


「へえ〜。じゃあ、いつか走りのバトルに挑むときは、ここでお願いしてから行きたいですね」


 その後はアーツ前橋、カトリック教会、臨江閣と、いくつものスポットを走り抜ける。夜の街は、思っていた以上に魅力的な表情を見せてくれる。


「そして……次がドライブの最後の目的地」


 智姉さんは少し間を置いて言った。


「赤城神社にしよう」


 おれたちはそのまま赤城山へと向かう。市街地の穏やかな走りから一転、山道では猛獣のような走りで駆け上がっていく。ここは廃道だから、多少スピードを出しても警察に捕まる心配はない。

 走り始めて5分ほどで、赤城神社に到着した。

 夜の21時になり、子供たちなら寝てしまった時間だ。

 赤城神社の空から星が落ちてくる。 ラジオで言ってたとおり、おとめ座流星群だ。


「車の窓から見ても星が綺麗に見える」


「おれもそう思います」


 本当に幻想的な風景だ。 生まれてから見たことない。 最高の景色だ。


「願い事しますね。智姉さんとの恋が実りますように、最速の美少女になれますように」


「叶うといいな、」


 お星様、どうか。おれの願いを本当に叶えて! わがままだけど、どっちかじゃ足りない。どっちも、欲しい。絶対にだ。

 それの後、おれはトランクから袋を取り出す。


「これ、智姉さんに渡そうかと思います」


 デパートで買った袋だ。 そこからチョコレートを取り出す。 いよいよ渡すときが来た。


「智姉さん・・・・・・今日デパートで買ってきたもので、少し遅いホワイトデーです。受け取ってください」


 3月14日に渡せなかったからだ。 そのことは後悔している。 それを解消することが今できた。


「遅いが、ありがとうなオオサキ。ホワイトデーに渡せなかったからデパートで買ってきたんだな」


 チョコレートを渡された智姉さんはお礼を言う。

 それを聞くとおれは嬉しくなる。

 素晴らしいデート日和になった。

 またしてみたいな。 するときは、今日より発展させたことをしたい。

 空の流星群に迎えられながら、幕を下ろした。


 この夜空に、智姉さんとの未来を見た気がした


The NextLap

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