タイガードラゴン -格ゲー奮闘伝-
しおから
第一章 俺より強い奴に会いに行く
第1話「ワンコインで十分だ」
この物語はフィクションです。
実在の人物や団体とは一切関係ありません。
─────────────────────────────────────
カーテンを閉め切った部屋の中で、周囲を照らすのはスマホの明かりのみ。
スマホに映るのは格闘ゲーム大会の配信映像だ。
といっても本格的なプロシーンではない。
プロゲーマーに加えてストリーマーやVtuberも参加するお祭り企画だった。
『初代優勝チームは──です!!!』
企画者は格闘ゲームのとあるプロプレイヤーらしい。
どうやら近年蔭りを見せつつある格闘ゲーム人気を復活させるために、新作の発売に合わせて企画した大会とのこと。
そんな広告色の強い始まりに反して、大会の参加者は予想外の熱量を持って挑んでいた。
プロの格闘ゲーマーが自らのコミュニティーを盛り上げるために、真剣に取り組むのはまだ分かる。
しかし広告塔として招かれた筈の人気Vtuberや人気ストリーマーまでも一切手を抜かず、皆が皆真剣にゲームに取り組み勝利を追い求めた。
積み重ねた練習配信、そして行われた本戦配信。
彼らの健闘を見届けた後は、まるで大作映画を見た後にも似た、心地の良い倦怠感に身を包まれた。
掛け値なしに、素晴らしい
「……ああ、いいなぁ」
そんな言葉が、つい漏れてしまうほどに。
「……」
明日も早朝からバイトのシフトが入っている。
早く寝なければ寝坊してしまうかもしれない。
だけれども、この余韻を埋める何かを求めて関連動画に指が伸びてしまう。
開いた動画では、格ゲー界を代表する伝説の男がインタビューを受けていた。
男の名はハラダ。
格闘ゲーム界に燦然と名を輝かせる生きる伝説であり、先ほどの大会に出場して大将としてチームを率い、見事優勝へと導いた立役者。
どうやらハラダは自書を発売していたらしく、その宣伝を行っているらしい。
『今まで戦ってきた中で一番の強敵は……おそらく世間の目でした』
曰く、当時の日本でプロゲーマーは一般的な職業ではなかった。
ハラダもまたプロのゲーマーではなく、社会に出れば何の役にも立たないゲームに没頭する落伍者として扱われていたし、自分自身もそれを否定しきれなかった。
そんな一般論や社会常識に悩まされ、一時はゲームから離れていたという。
だが、彼は復活した。
その道中には様々な物語があったそうだが、復活早々に出場した大会で優勝し、次々に輝かしい実績を築き上げ、海外のスポンサーを獲得し、日本で最初のプロ格闘ゲーマーとなった。
そこで彼はようやく報われたのだという。
他者に認められ、社会に認められ、自分を認められたのだ。
──意志を貫く。
社会から認められない中でも己を貫き、価値を証明する。
プロゲーマーという職業が一般的ではない時代で、プロゲーマーとなる。
ゼロをイチにする。
それが生半可なものではないことは理解している。
だが、だがそれでも思ってしまうのだ。
「俺だって……」
俺だって、格闘ゲームが得意だった。
ハラダと比べられてしまえばそれまでだけど、小学校の頃は学校で一番強かったし、上級生にも勝てた。
年の割には才能があるんじゃないかって、己惚れが許されるぐらいには実力があった筈だ。
だけど、親に取り上げられてしまった。
うちの親はゲームに理解がなくて、特に暴力描写の多いゲームを嫌っていた。
ハマりにハマっていたその時期に、俺は親からゲームを取り上げてしまったんだ。
……ゲームに嵌りすぎるあまり、勉強を疎かにしていた俺にも原因があるんだろうけど。
だけど、もし親に取り上げられず、あの熱狂を維持して格闘ゲームを続けられていれば、プロにはなれずとも、Vtuberやストリーマーのように、ゲームを愛する一人の人間として、ああいった大舞台に立てたんじゃないかって。
今のようなバイト代で糊口を凌ぐ先行きの不安な生活を送るのではなく、毎日が煌くような生活を送ることができたんじゃないかって。
そんな可能性が頭をよぎってしまうのだ。
「……いいや、どれも言い訳だな」
ハラダは意志を貫いた。
世間の声や社会の常識を振り解き、自分の夢を叶えてみせた。
ストリーマー達やVtuber達も真剣だった。
格闘ゲームなんて今の若い世代でやる人間は滅多にいないにもかかわらず、慣れないフィールドを戦い抜き、俺達視聴者に感動を届けてくれた。
対する俺はどうなんだ。
親にゲームを取り上げられたといっても、ゲームセンターに行けばアーケードは置いてあったし、多少は小遣いも貰っていた。
勉強を頑張り親を説得できれば、ゲームを取り返せたかもしれないし、動画配信者として活動することもできたかもしれない。
にもかかわらず何故それをしなかった?
そんなの決まっている、俺に意志が足りないからだ。
願いを叶えるための、意思が足りない。
「……久しぶりに格ゲーやってみるか」
通販サイトを開き、先ほど大会に採用されたゲームのソフトとハードを購入する。
流石に今からプロを目指せるような時間の余裕も、気力もない。
あの頃の熱狂はもう取り戻せはしないだろう。
だけど少しだけ、ほんの少しだけでもいいから、格闘ゲームをやりたくなった。
……もし人生をやり直せるなら、俺はあの舞台に立てるんだろうか。
そんな空想に浸りながら、スマホを切って眠りについた。
==
ミーンミーンミーンと鳴く蝉の声が聞こえる。
瞼越しにも伝わる太陽のまぶしさに耐え兼ね、目を開く。
するとそこは、雲一つない真っ青な空と──商店街のゲームセンター。
かつて閉店した筈のゲームセンターが、あの頃のままの姿で佇んでいた。
それに加えておかしいのは視点。
世界の全てが大きく見えていたあの頃のままだった。
「……なんだ、これ」
ゲームセンターのガラスドア越しに映ったのは、小学生の頃の自分。
……これ夢か。
自分が夢を見ている状態を自覚したうえで見る夢って、明晰夢っていうんだったか。
「……」
ゲームセンターの入り口周りには、幾つかのゲームの広告幟が立っている。
その一つには見覚えがあった。
タイトルはタイガードラゴン。
道着を着た屈強な男二人が殴り合うイラストが描かれている。
これは昔、俺が一番好きだった格闘ゲームのタイトルだ。
最初に遊んだきっかけは、ゲームの主人公の名前が俺と似ていたから。
先ほどハラダ達が参加していた大会でも、このシリーズのナンバリングタイトルが使われていた。
「……もしかして」
おそるおそるゲームセンターに足を踏み入れる。
クーラーの利いた店内に入って涼みたいという思いもあったが、どうしても一つ、気になることがあったからだ。
UFOキャッチャーなどが置かれている入り口付近を無視して、対戦系のゲームが置かれている店の奥へと向かう。
するとそこには、予想通りの景色があった。
……当たってほしくない予想が当たってしまった。
「へへへ、俺の勝ちだな」
「やっぱ強えなぁたまちん」
「このままだと太志の財布が空になるんじゃねえのか?」
「たまちーん、一回ぐらい勝たせてくれよー」
「駄目だ駄目だ。
勝ちたいなら俺に負けないぐらい強くなるこったな」
タイガードラゴンの筐体が4つ置かれた隅のスペース。
そこには派手な髪色をした男子高校生が四人、屯していた。
これだけであれば、ゲームセンターならよくある景色だった。
特に印象にも残らない、当たり前の日常風景。
だが、彼らの後ろには一人、女の子が並んでいた。
「……」
俺は彼女を知っている。
小学生時代に同じ学校に通っていた同学年の女の子。
普段であればゲーセンどころか商店街ですら姿を見かけない彼女だが、珍しく商店街のゲームセンターにいることが珍しくて、妙に記憶に残っていた。
……いいや、違う。
記憶に残っていた理由は別にある。
「……あの」
「あー! 早く金入れねえとコンピューター戦が始まっちまうぞー!」
「分かってるって!」
「……」
彼女は勇気を振り絞って高校生達に声をかけたが、その声は彼らによるわざとらしい大声によってかき消されてしまった。
彼女は怯えた様子で三歩距離を置き、肩を落として俯いた。
そして──
──当時の俺は、高校生達の横暴を咎めもせず、見て見ぬふりをして逃げ出したんだ。
「……」
別に悪事を働いたわけじゃない。
ゲーセンなんて当時だと不良のたまり場全盛期。
そして当時の俺はまだ第二次成長期にも入っていない小学生。
いかに不良に絡まれないよう立ち回るかが、ゲーセンに通ううえで必要な処世術だった。
だけど、この時の選択が妙にしこりに残っていて。
思えば俺の逃げ癖を形作った最初の要因だったのかもしれない。
「星見」
「え……?」
店を出ようとした星見を呼び止めて引き留める。
彼女は鳩が豆鉄砲を食らったような表情を浮かべていた。
「ひ、
「あのゲーム、やりたいんだろ?」
「ええっと」
「俺が一言文句言ってくる、そこで待っててくれ」
アーケードに屯する高校生の場所へ足を運ぶ。
彼らはまだ俺の存在に気づいていない。
いいや、わざと気づかないフリをしているのかもしれない。
ならば、気づかずにはいられない対応をするまでだ。
「兄ちゃんたち! 後ろがつっかえてんだよ! いい加減変わってくれ!」
「!」
俺は声を張った。
ゲームセンターの喧騒の中でも、無視できない声量で。
「あ、ああ?」
高校生はこんな子供に驚かされたのが癪に障ったのだろう。
どすの利いた声でギロリと睨めつけてきた。
とはいえそれでもまだ困惑が勝っているようで、彼らはお互いの視線を合わせ、相談を始める。
「どうするよ……?」
「……知るか、なんでこんな見知らぬガキ共のために俺達が席を譲らなきゃならねえんだ」
駄目か。
予想通りといえば予想通りだが……引き下がるつもりはない。
高校生の四人と、小学生に戻った小さな自分。
明かな人数差と体格差。
醸し出される暴力の気配。
今からやることを考えれば身体が震えそうになる。
だが、ここで逃げて何の意味がある。
震えそうになる体を気合で抑え込み、息を吸い込む。
「ああ、そうか、負けるのが怖いのか」
「ああ!?」
男たちは眉間に皺を寄せて詰め寄り、俺の胸倉を掴んできた。
「図星か? そりゃそうか、高校生のあんたらが、小学校のガキに負けるのは恥ずかしいもんな、そりゃあ勝負なんて受けたくないか」
「……おい」
「次から見かけても対戦席には座らないでやるよ。
身内でしか競い合えない井の中の蛙を虐めても、得るものなんて一つもないからな」
「お前……」
男たちは完全にキレていた。
ただでは返さないという顔をしていた。
まだ小学生の俺が、こんな連中と暴力沙汰になればどうなるか。
きっと歯の一本や二本は欠けるだろうし、当たり所が悪ければ骨も折れるだろう。
だけど構わねえ、どうせ夢だ。
どんな結末になったところで目が覚めれば帳消しになる。
ならせめて夢の中ぐらいは──理想の自分を演じさせてくれ。
「おいガキ……たまちんはな、この店の大会でベスト4に入賞するほどの実力者なんだぞ」
「それこそ大海を知らない蛙じゃねえか、県大会ですらない店舗大会の、しかもベスト4に入賞したぐらいで自慢しやがって。
その入賞も実は、今みたいに自分より強い奴を追い払って勝ち取ったものなんじゃねえのか?
なにがたまちんだよ、俺が相応しいあだ名をつけてやる、この玉無し野郎が」
「ガキが……大概にしねえと」
「手を出すのか?
暴力に訴えたところで、お前が勝負から逃げた事実は変えられねぞ?
力を誇示したいなら、こいつで示せよ──俺と勝負しろ」
「……すー」
俺は不良に胸倉をつかまれたまま親指でアーケードに指をさす。
自らの実力を証明したいのなら、その実力をもって証明しろと主張する。
「口悪過ぎんだろうこのガキ」
「どうするたまちゃん、やっちゃう?」
「……いいや、ここまでコケにされて殴って終わりじゃ気が済まねえ。
くだらねえ減らず口、二度と叩けねえように格の違いを思い知らせてやる。
おいガキ、席につけよ、三先だ、分かるな?」
「ああ、先に3セット取った方が勝ちでいい。
だが、もし俺が勝てたら、あの子にもゲームを遊ばせてもらうぞ」
「勝てたらな。
おい太志、席を譲れ、こいつは俺がやる」
「お、おう」
掴まれていた胸倉を放され、地面に足をつける。
ふう……どうにか想定通りの展開に持ち込めた。
とはいえブランクの長い俺が現役のこいつに勝てるかどうか。
まあ、どのみち夢だ、やるだけやってみよう。
「……あ」
「おい、どうした」
「……やべえ、金持ってねえ」
「は? ……お前、ふざけてんのか?」
ポケットをまさぐるも、金は入っていない。
……そうだ、忘れてた、この日は無一文だったんだ。
「ね、ねえ、瓢風……」
「ん?」
「これ、使う……?」
星見の手のひらにあったのは5つの100円玉。
合計500円。
……どうする? まだ小学生の星見から金を借りてもいいのか?
いいや、所詮は夢だ、細かいことは気にするな。
俺は星見からありがたく100円玉を頂戴し、指で弾いて再度掴む。
「ワンコインで十分だ」
「……舐めやがって」
==
タイガードラゴンのアーケードのルールは2ラウンド制。
2ラウンド制することで1セット勝利となり、1セット取る度に無料で遊べ、最大で10セット遊び続けられる。
そして3先というルールは、先に3セット取ったものが最終的な勝者となる形式だ。
つまり俺が狙うのは完全勝利、連続での3セット奪取。
このワンコインで、全てを制する。
硬貨の投入口に、星見から借りた100円玉を入れる。
アーケードが遊べるようになったので、キャラクター選択画面に映り、選んだのはタイガードラゴンの主人公タイガー。
俺こと瓢風大河(ひさかぜたいが)と名前が似通う拳法家だ。
動物の動きを模して戦う象形拳の虎形拳を得意としている。
対する不良の親玉が使っていたのはフェニックス。
タイガードラゴンにおけるストーリーモードのラスボスだ。
鳳凰拳という架空の武術を扱う男である。
画面に映るのは、キャラクター同士のお披露目画面。
アピールタイムが続いており、カウントタイマーは動いておらず、対戦はまだ始まっていない。
「……お前、そいつがどういうキャラなのか分かってんのか?」
「……」
対面に座る不良の親玉は、俺のキャラクター選出に疑問を投げかけていた。
タイガーのキャラ性能は中間も中間。
良く言えばバランスが取れているが、悪く言えば丸すぎる。
一見初心者向けのキャラに見えて、使いこなすには相当の修練を必要とする。
なにしろ擦り続ければ初心者でも勝てるような技は一つとして持っていない。
幾つかの技を十全に扱えなければ真価を発揮することは難しく、たとえ真価を発揮できたとしても、どのキャラ相手にも4分から6分が限界だろう。
すなわち、プレイヤーの実力が如実に表れるキャラクターと言っていい。
対する相手のフェニックス。
ストーリーモードのラスボスだけあって、その能力値は高い。
攻撃力、防御力、機動力、全てが高水準。
唯一の欠点といえば飛び道具を持っていないことぐらいか。
だがその弱点を補いうるほど足が速く、また攻撃の軌道も独特で、初心者には対処が難しく、それこそ一つの技を擦り続けても勝てる性能をしている。
明らかに意図して強いキャラクターとして調整されている性能。
相手が小学生だろうと容赦のない、勝利に飢えた選択だった。
「……いいや、関係ねえ。
今のうちに言い訳の準備をしておけよ」
「それはこっちのセリフだ」
ゴングが鳴った。
フェニックスは早速こちらに向かって飛んできた。
飛び。
それは2D格闘ゲームのタイガードラゴンにおいて、数少ない立体的な動きを加える要素だ。
頭上から迫りくる攻撃は対処が難しい。
なにしろタイガードラゴンの戦闘の基本は地上戦にあるため、必然的に上からの攻撃には意識が薄れてしまう。
とはいえタイガードラゴンにはジャンプ攻撃に対する明確な対処法も存在していた。
それは対空技。
空から迫りくる敵を打ち落とすカウンター技だ。
中でも無敵対空技と呼ばれ、発動するにはコマンドの入力を必要とするが、発動中は一切のダメージを受けつけず、絶対に押し負けない無敵状態で上空の相手に攻撃できる特別な技も存在する。
意表を突かれたならともかく、まだ勝負が始まったばかりのラウンド一戦目。
こちらの対空意識は十分にあるため、余裕をもって当てられるだろう。
だが──ことフェニックスが相手になると事情が変わってくる。
フェニックスは通常の飛びと、仙術による長距離飛び、二種類の飛びを使い分けてくるからだ。
いいや、仙術による飛びは幾つかのパターンに軌道を変えられるので、2種類では収まらない。
当てるつもりで放った無敵対空技が、フェニックスの仙術飛びによって目測を誤り躱されてしまい、そうしてできた後隙を狩られるというのは、タイガードラゴンを遊んでいて何度も経験してきた展開だった。
この技こそが、フェニックスの初心者殺しの妙といえよう。
『うおらぁ!』
『──飛虎掌!』
『ぬわっ!?』
──だからこそ、読めていた。
フェニックスが俺の頭を飛び越え、背面から攻撃を仕掛けてくる展開は。
俺はレバーとボタンを操り、振り向き対空を叩きつける。
当然放つのは無敵対空技だ。
技と技のぶつかり合いはこちらが制し、相手は地面に倒れ伏す。
久しぶりすぎてコマンドの入力が間に合うか不安だったが、どうやら身体が覚えていたらしい。
そのままフェニックスに駆け寄り、起き上がろうとしたところに合わせて拳を振る。
フェニックスのガードは毎合わず、タイガーの拳はそのままフェニックスの顎先に突き刺さった。
ヒット確認後に、コンボを始動する。
──この時代のこの街にはまだ存在しない、未来で編み出されたコンボを。
「……な、なんだこのコンボ、初めて見たぞ」
「は、半分削れちまった……!
超必込みなら6割、いいや7割か……? こんなコンボあったのかよ……」
読み合いで負けて、相手が攻勢に移る展開もあった。
しかし、火力が違う。
一度のコンボで与えられるダメージの差が違いすぎる。
数度の読み合いの敗北による損失は、圧倒的なコンボ火力の差によって捻じ伏せられた。
ダメージレースで圧勝し、勢いのまま1ラウンド、2ラウンドを制し、初勝利を挙げる。
『WINNERS! タイガー!』
「……まだだ! まだ俺は負けちゃいねえ!」
筐体越しに座る男は、コンティニューを選び、硬貨の投入口に100円玉を入れた。
あと2セット、それで俺の勝ちだ。
==
筐体の画面に映るのは、スタッフロール。
10セット連続で勝つと流れる映像だ。
男の姿は筐体が壁となって姿は見えない。
だが、今どんな表情を浮かべているかは、容易に想像できた。
勝った。
勝ってしまった。
しかも3セットどころではない。
10連勝、すなわち10勝0敗。
男が諦め悪く
その結果が、筐体の画面に映されている。
スタッフロールという、完全勝利を表す映像が。
「っ……」
男は何も言わない。
いいや、言えないのだ。
俺が強技だけを擦るような小賢しい戦い方をするなら文句も言えただろう。
守りに徹して相手の隙を待ち続けるような戦い方なら、ケチもつけられただろう。
しかし、俺は正々堂々、それこそ格闘ゲームプレイヤーの手本とも言えるような戦い方で、鮮やかに勝利してみせた。
対する男はどうだ。
フェニックスという強キャラを使って、強技を擦り続けていた。
それが通用しないと分かれば守りに徹して隙を伺ったものの、俺の攻めに突き崩されてしまった。
人によっては情けないとも言われるような戦い方をして、敗北したのだ。
言い訳の余地を与えず、逃げ場を塞ぎ切った上での完全決着。
だからこそ、不安に思う。
果たして彼らがこの結果に対し、どのような手段で鬱憤を発散するのか。
「──ちっ!」
──その不安は的中した。
とはいえそれを行ったのは目の前の筐体に座る男ではなく、隣に佇んでいた舎弟の一人。
彼は近くに置いてあった灰皿を掴み、振りかぶった。
脈々と受け継がれてきたゲームセンターの伝統芸能──灰皿ソニックブームである。
あ、これ夢から覚めるな。
そう察するにはあまりある光景だった。
──しかしだ。
「やめろ太志」
「え──い、いててててて!!」
灰皿を振りかぶった不良の手首を捻り上げ、止めてくれた者がいた。
「待って! 痛いって! なんで邪魔すんだよ──たまちん!」
……なんでこいつが俺を助ける?
「こいつは俺の喧嘩だ。
外野が首を突っ込むんじゃねえ。
それに暴力で追い払ったところで、この屈辱が晴らせるのか?
いいや晴らせねえ、ゲームで負けたなら、ゲームで勝たなきゃ意味ねえんだよ」
「た、たまちん……?」
「俺は負けた、負けたんだ──だが、負けっぱなしじゃ終われねえ……!
……おいボウズ、名前はなんてんだ」
「ひ、
「大河か──いい名前だな、よく似合ってる」
……お?
「俺の名前は
なあ大河、お前はこの近くに住んでるのか?」
「……一応」
「なら明日もここに来い、そんで俺のリベンジに付き合え。
……金がねえってんなら少しぐらいなら分けてやるからよ」
……ははは。
負けず嫌いな奴だな。
「金くれるってんなら、明日といわず今日くれよ。
星見から100円借りててさ」
「星見?」
「あっちにいる女の子。
それに俺が勝ったらあの子にも遊ばせてくれるって約束してただろ?
なあ、頼むよたまちん」
「そういう意味じゃねえが……まあいいか。
おい嬢ちゃん、俺が奢ってやるからこっちに来な。
遊び方も教えてやるからさ」
手招きされた星見は、おずおずとこちらに近づいて、促されるまま対戦席に座った。
「……なんでこの流れで仲直りできるのよ……意味わかんない」
「まあ終わり良ければ全て良しってことで」
その後、俺たちは星見の門限が来るまで楽しくゲームを遊んで過ごした。
==
結局、夢は覚めなかった。
頬を抓っても、平手で叩いても、痛いだけで目は覚めない。
ふわふわとした夢心地のまま、夕日の沈みゆく帰路を歩いている。
事情はまるで分からない。
どうして俺がタイムスリップできたのか、まるで理由が想像できない。
もしかしたらまだ、夢の中にいるのかもしれない。
だけど、一つわかることがあるとすれば、それは、
一つ、後悔を乗り越えられたということ。
もしこのまま夢が覚めないなら。
もう一度、人生をやり直せるのなら。
目指してみるか、夢の舞台を。
プロゲーマーやストリーマー、Vtuberが活躍した、あの大会を。
─────────────────────────────────────
カクヨム読者の皆様初めまして、しおからです。
こちら応募用に執筆した小説となります。
十話十万文字まで執筆していますので、もしよければ最後までお付き合いしてください。
第1話、お読みいただきありがとうございました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます