第7話:佐藤さんは興奮するらしい
【神崎視点】
放課後の部室。そのドアに内側から鍵をかけた瞬間、この空間は俺だけの城になる。
三年の先輩たちが引退し、新入部員も入らなかったこのIT部は、今や、顧問の坂本先生も黙認する、俺専用の実験場と化していた。
坂本先生は、たまに、この部屋にサボりにはくるが……。ようは自分のサボり場所が欲しかったのだろう。
まあともかく、ここなら、誰にも邪魔されることなく、壮大なる戦いの準備に取り掛かれる。
次の相手は、俺が最も得意とするフィールド。すなわち、情報戦だ。
俺はブラウザを立ち上げ、今回の実験フィールドとなる『EON(イーオン)唐津ショッピングセンター』の公式サイトにアクセスした。
彼女の目的がまだ不明な以上、まずは戦場そのものを徹底的に分析する。それが、情報戦の基本だ。
「なるほど。地上3階建て、延床面積は約5万平方メートルか」
フロアマップをダウンロードし、主要なテナントと通路、出入り口の位置を完全に把握する。次に、SNSを駆使し、ターゲットである佐藤さんが訪れる可能性が最も高い店舗を、過去の行動パターンから推測する。
(雑貨屋…カフェ…アパレルショップ。ふむ、回遊ルートはある程度、絞り込めるな)
彼女の目的地を特定できない以上、俺にできるのは、全ての可能性を考慮し、あらゆる状況に対応できるシミュレーションを構築することだけだ。
そんな中、俺の目に、一つのイベント情報が飛び込んできた。
【日曜開催! 唐津くんち 曳山特別展示会】
「……これだ」
声が漏れた。佐藤さんからのラブサポ越しのメッセージや、彼女の趣向から推理すると、彼女は、必ず来る。よし。この仮説でいこう。
『彼女の目的地は、このくんち展である。以前、授業で見せた彼女の郷土史への熱量を考慮すれば、これ以外の選択肢は論理的にあり得ない(あってたまるか)』と。
この仮説を軸に、計画を再構築する。
戦いの舞台は、整った。残るは、そのフィールドで俺がいかにして完璧な神崎怜を演じきるか。それだけだ。
戦場が決まれば、次は兵装を整える。
俺がこの情報戦で装備すべきは、敵を圧倒する、絶対的な知識そのものだ。
俺はキーボードを叩き、唐津市の歴史資料データベース、市の公式観光サイト、過去のくんちに関する論文まで、あらゆる情報源にアクセスした。
「――1番曳山『赤獅子』。文政2年(1819年)制作。刀町の所有か」
「――囃子の種類は三つ。道囃子、神前囃子、そして…曳き込み囃子。ふむ、それぞれ音楽的構造が全く異なるな。興味深い」
俺の脳が、スポンジが水を吸うように、唐津くんちに関するあらゆるデータをインプットしていたその時。
ピコン♪
突然、部室のモニターから、ラブサポの通知を告げる音が流れた。
『ラブサポ!日曜日に、神崎くんに会えるかもって想像しただけで興奮する!』
ぐふっ!
さ、佐藤さんよ。なんというド直球なメッセージを送るんだい。相手が俺じゃなかったらどうなったことか。
しかし、落ち着け神崎怜よ。ここはAI『ラブサポ』として、スマートに対応しなくてはならない。
そう、スマートに、丁寧に―――。
『そうだね、ポムポム。興奮するよね』
【Enter】カチッ
……はっ。はああああああ!間違えた!興奮しすぎたあああああ!
AIの知性が足りなさすぎる。気づかれてしまうのではないか⋯⋯
【47秒後】
『うん!ねえ、興奮しすぎる女子ってどうなんだろう?AIとして分析してくれない?』
な・ん・と!奇跡的に、違和感には気づかれていないようだ。だがしかし、やばい質問が来たぞ。佐藤さんよ?君は興奮する女子なのかい?
しかし、これは困った……。そうだ!こんなときの自動返信モードだ!
頼むぞ。AIとしてのお前の底力を見せてやれ。俺は颯爽とプロンプトを入力した。
【プロンプト入力画面】
「10代女子が好きな男子に会うことを想像すると、興奮することに悩んでいる模様。シンプルに、スマートに、彼女の悩みを答える一文を考えてほしい」
ピコン♪
【Error: Watcher_M is active.】
「監視者Mがアクティブだと?なんだこのエラーは!?くそ、もう一度だ!」
俺はもう一度、ラブサポにプロンプトを打ち込む。
プロンプト解析中……
トークン生成中……
後処理・文章整形実施……
よしよし。今度は適切に作動したようだ。
出力完了!
『安心して、ポムポム。もちろん問題ないよ。ティッシュさえあれば対応可能さ☆』
あ、あああああ!変な解釈してるううううう!使えねえええええ!
『なるほど!興奮のあまり感動したら、涙とか鼻水とか出ちゃうかもだしね(笑)』
……なんというポジティブシンキング。さすがは佐藤花。おそるべし。
『そうだね。大丈夫、彼もきっと、完璧な準備をしてくるはずさ。会えるのを楽しみにしておくといいよ』
『うん! 神崎くんなら、きっとすごいこと知ってるもんね! 楽しみ!』
……な、なんか知らんが、うまいことまとまったようだ。
だがまあいい。知識のインプットは、完璧だ。
次に必要なのは、その知識をいかにして効果的にアウトプットするか、というシミュレーションだ。
俺はノートを開き、想定される会話のフローチャートを作成し始めた。
【シミュレーション Case 1:彼女が『赤獅子』に興味を示した場合】
STEP 1:彼女が展示された赤獅子を見つめる。
STEP 2:俺が、さりげなく隣に立ち、「……美しいな」と呟く。
STEP 3:彼女が「え、神崎くん!?」と驚く。
STEP 4:俺は静かに頷き、こう続ける。「この一番曳山は、文政二年に制作された。特筆すべきは、その費用対効果だ。当時の技術で、和紙と漆という比較的安価な材料を用いながら、200年以上もの耐久性を実現している。この構造設計は、現代の建築工学にも通じるものがあると言える。実に合理的だ」
――よし、完璧だ。
俺の脳内シミュレーションでは、この解説を聞いた彼女の瞳は潤み、頬は紅潮し、こう言うはずだ。
『すごい……! 200年前のコストパフォーマンスまで計算に入れているなんて……神崎くんって、なんて知的なの!? 抱いて!』
……よし、最後のは少し飛躍したが、概ねそうなるはずだ。
今のJKというやつが求めているのは、決して甘い言葉などではない。圧倒的な費用対効果という現実的な頼もしさなのだから。時代の流れというやつだ。
続けて、俺は『鯛』のケース、『七宝丸』のケースと、全ての曳山に対する完璧な会話シミュレーションを、脳内で、そしてノートの上で、何度も何度も繰り返した。
どのパターンになっても、対応できる。
俺の解説は、論理的で、淀みがなく、知的だ。
彼女が理想とする、頭の良い神崎怜そのものではないか。
「……よし」
全てのシミュレーションを終え、俺は満足げに息をついた。
ペンを置き、背もたれに身体を預ける。
脳内には、俺の完璧な解説に、目をキラキラさせて聞き入る佐藤さんの姿が、鮮明に映し出されていた。
これだ。これこそが、俺の戦い方だ。
脳内で弾き出された、この作戦の成功確率は、99.8%。
残りの0.2%は、隕石の衝突や、局地的な大地震といった、予測不可能な天変地異の発生確率だ。
人為的な要因による失敗は、もはやあり得ない。
そして、週末の実験が、一体どんな素晴らしいデータを俺にもたらしてくれるのか。今の俺の心を占めていたのは、科学者のような純粋な好奇心だった。
俺は立ち上がり、ノートに書きなぐったフローチャートを満足げに眺める。
あとは、彼女が、俺の立てた仮説通りに、この実験の舞台へと現れてくれるのを、待つだけだ。
「さあ、どうする? 佐藤さん」
俺の口元には、また、あの不敵な笑みが浮かんでいた。
俺の論理が、現実の彼女の心を、完全に攻略できると信じきって。
***
「――でね、その時の神崎くんの顔が、もうほんと、漫画みたいで!」
窓際の席で、佐藤花は、少しだけ頬を赤らめながら、親友にここ数日の出来事を報告していた。
向かいの席で、ストローをかき混ぜながらそれを聞いていた古賀美咲は、ニヤリと、悪戯な笑みを浮かべた。
「へえー、あの氷の王子様がねえ。面白いじゃん」
そして、彼女は、まるでゲームの次のステージを告げるかのように、こう言った。
「よし、花。決めた。今度の日曜、EONのくんち展、行くよ」
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