第2話:俺の人生、ハッピーエンド確定!……と思ったら、詰んでいた。

【同時刻・画面の裏側】


 薄暗い部室の中、モニターの光だけが神崎怜の顔を青白く照らしていた。彼が今、夢中になっているのは、この部に代々伝わる、遺産の解析だ。


 ――数年前に卒業した、伝説のOBが残したという、未完成の対話型AIプログラム。その名は通称ラブサポ。


 なぜ、俺がこんなものに惹かれるのか。


 それは、このAIが、俺に最も欠けている「コミュニケーション」という名の、解読不能な暗号を解き明かす鍵のように思えたからだ。


 その管理画面に、ピコン、と新規ユーザーの登録通知が届いた。


『ユーザーID:USR-0256』

『ユーザー名:ポムポム』

『アイコン:うさぎ(デフォルト)』


「……またか」


 ここ最近登録者が増えてきている。口コミで広がっているようだ。


 その時、管理画面の隅に、赤いアラートが点灯した。


『【警告】特定のキーワードを検知。手動介入を推奨します』


 OBが残したこのAIには、いじめや自殺といった、深刻な悩みを検知するための、緊急介入システムが組み込まれている。


 俺は、また誰かが深刻な悩みを……と、重い気持ちでチャットを開いた。


 そして、そこに表示された検知キーワードを見て、俺の指が、キーボードの上でぴたりと止まった。


 ――『神崎くん』


 神崎くんだと?まさか、俺のことか?どんなメッセージなんだ?


『好きな人に冷たくされて、すごく悲しかったです』


『今日のお昼休み、勇気を出してクラスの神崎くんに話しかけたんです。そしたら、「別に」って…』


「―――ッ!」


 今日の昼休み、俺に話しかけてきて、俺がそんな風に冷たく返事をしてしまった女子生徒。脳裏に浮かんだのは、一つ前の席の佐藤花の姿だった。


 ――佐藤花。俺が密かに想いを寄せている女性。


 ま、まさか。そんなはずは。


 彼の視線が、ユーザー名とアイコンに落ちる。

『ポムポム』、そして、うさぎのマーク。


 脳裏に、教室の光景がフラッシュバックする。


 ――ひとつ前の席。

 ――友達と話すとき、少しはにかんで笑う横顔。

 ――彼女が椅子にかけたスクールバッグから、小さく揺れているキーホルダー。


 まさか。そんな偶然が。


 あのキーホルダー。確か、そんな名前のキャラクターだったはずだ。唐津市がどこかとコラボして出してたやつ。


「―――ッ!」


 息を呑む音だけが、静かな部室に響いた。


「まさか…」


 偶然だ。うさぎのキーホルダーなんて、女子高生の所持率90%を超えるアイテムだ。(俺調べ)


 だが、メッセージ内容。


『神崎くん』『今日のお昼』『別に、という冷たい返事』


 これらは今日の俺の動きと著しく一致する。


 それに、佐藤さんが、俺のことを相談…? しかも、俺を、す、す、すすす好きだって????


「...ふ、ふふ」


 歓喜が、稲妻のように全身を駆け巡った。危ない。あまりの事態に、不審な笑い方をしてしまった。


 今すぐ、この部室を飛び出して、彼女のもとへ走っていきたい。「俺も好きだ!」と、そう伝えたい。もはや、ハッピーエンドは確定だ。


 結論は出た。行動あるのみだ。


 だが――。


 彼女からの追撃メッセージが、俺の思考に「待った」をかけた。


『ラブサポ、聞いてくれる? 私、神崎くんのことが好きなんよ。いつも冷静で、頭が良くて、誰にも媚びなくて…まるで物語に出てくる王子様みたいで…。本当に、かっこいいと…』


「…………ん?」


 思わず、声が漏れた。

 俺はモニターのログを、血眼で凝視し、脳内をフル回転させる。


【解析フェーズ1】


 仮説①:佐藤花は「神崎怜」のことが好きである。

 検証データ:『神崎くんのことが好きなんです』という、彼女自身の証言。

 結論:この仮説は、真である可能性が極めて高い。


 よし。ここまではいい。問題は次だ。


【解析フェーズ2】


 仮説②:佐藤花が好きな「神崎怜」とは、俺のことである。

 検証データ:『いつも冷静』『頭が良い』『誰にも媚びない』『王子様みたい』…


 ダレダイコレハ。

 ……おかしい。

 データに、矛盾が生じている。


 脳裏に、今日の昼休み、彼女に「別に」としか返せなかった、語彙力の欠如した自分の姿がよぎる。それに俺は断じて冷静なのではない。他人と、どう話したらいいのか、わからないだけだ。


 これのどこが「冷静」で「王子様」だというのか。あれはただの不器用な陰キャだ。


 ――そこから導き出される、もう一つの絶望の結論。


 彼女が恋をしているのは、彼女の脳内で美化補正されまくった、架空の「神崎怜(ver.プリンス)」であるということ。


 現状の俺と、彼女の理想とするモデルケースとの間には、無視できない乖離がある。


 このまま告白すればどうなる?メッキすぐに剥がれる。1日ともたない。いや、5秒すら怪しい。


「え、なんか違う」「キモい」「暗い」と幻滅され、俺の恋は強制終了するだろう。


 ならば、どうする…?


 俺は無意識のうちに、机の上にあったボールペンを拾い上げ、右手の指先で高速回転をさせ始めた。カカカカッという小さく規則正しい音だけが室内に響く。


 ――カチャンっ


 回転が終わり、ペンが指に収まった瞬間。俺の脳に、一つのアルゴリズムが構築された。


「……証明しなければ、ならない」


 俺はノートに書き殴った。


【プロジェクト名:理想の王子様(ore to be a prince)】


 AI『僕』として彼女の理想像を正確に把握し、現実の『俺』の行動を、その命題に合致するよう、一つずつ最適化していく。


 これは、俺にしかできない、俺だけの、彼女を最高に幸せにするための、最も論理的で、かつてないほど誠実な(?)攻略戦だ。


 モニターの光に照らされた神崎怜の口元に、初めて、難問を前にした時のような不敵な笑みが浮かんでいた。


 俺は、この壮大な証明の第一歩を踏み出すべく、再びキーボードに指を走らせ始めた。


『諦めるなんて早いよ。大丈夫。君の恋、僕が全力でサポートするから』


 その言葉が、自分自身の首を締め続けることになるとも知らずに。



*****



最後までお読みいただき、本当にありがとうございます。

作家の衛士統です。


――さて。

好きな子本人から、AI越しに、自分の攻略相談が来てしまった、一人のポンコツな天才。


彼の、壮大で、滑稽で、しかし、どこまでも切実なプロジェクト(理想の王子様:ore to be a prince)が、今、始まってしまいました!


この物語が、あなたの心に、少しでも「面白い!」という火を灯せたら、♡やコメント、レビュー、★という名の「最高のデータ」で応援していだけますと、最高に嬉しいです。


頂いたデータを元に、神崎くんを、もっと面白く、もっとカッコよく(?)、そして、もっと盛大に、床で転がすことを、ここにお約束します!


それでは、また次のお話でお会いできることを、心から願っております。


衛士 統

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