第3話

「なんであんなに冷たいんだろ」


 黒木の姿を探しながら駅に向かった冬瀬だったが、その姿はどこにもないまま。

 電車に揺られながら、さっきのことを思い出していた。


 ただお礼をされるだけであんな態度をとるものだろうか。


 単に自分みたいなのが苦手なタイプなのかもと思うと少し辛いが。


 彼は言っていた。

 自分は嫌われ者だからと。


「……野球部で何があったのかなあ」


 痴漢から助けてくれるような人が、退部になるような問題を入学早々起こしたりするものだろうか?


 やっぱり、何か事情があるのかもしれない。

 ただ、それをどう確かめたらいいのだろう。


「……明日も放課後に絵、描いてるかなあ」


 少しだけしか見れなかったけど、彼の絵は確かに心にささった。


 もっと色んな絵を見せてほしい。

 それに、あんな素敵なイラストを書ける人がそんなに悪い人とも思えないし。


「明日また、話しかけてみよう」


 黒木のことを思い浮かべながら電車に揺られて。


 家の最寄り駅に着く頃にはすっかり日が暮れていた。



「あっ、ほなちゃんー? おつおつー」

「久しぶりじゃん円香、どうしたの?」

「あー、いやー、ちょっと聞きたいことがねー」


 夜。

 冬瀬は地元の友人に電話をかけていた。


 諏訪部ほなみ。

 彼女とは幼馴染で昔から仲がよく、中学までは同じ学校で、毎日一緒に帰っていたほどだったが。

 電話をしたのは単に懐かしさからではなく。


「どしたん? もしかしてあっちの学校に馴染めてないとか?」

「いやいや、全然そんなんじゃないの。いい人ばっかでさ。今度友達紹介するし」

「まっ、あんたならどこでも上手くやりそうだもんね。で、聞きたいことって?」

「あー、うん。ほなちゃんって野球部のマネージャーだったじゃん。黒木君って選手、聞いたことない?」

「黒木……ああ、もしかして西中の黒木悠介? 学校一緒なの?」

「あ、うん、まあ。有名なんだ」

「この辺で野球してたらみんな知ってるって。うちも県大会で黒木君に完封負けしたし」

「へー」

「で、その黒木君が何か? あー、もしかして連絡先聞きたいとか」

「そ、そんなんじゃなくて……え、もしかして連絡先とかわかるん?」

「ほらー、やっぱりそうじゃんか。彼、円香が好きそうなタイプだもんねー」

「だ、だから違うって」

「ふふー、ちゃんと恋してんだ。てっきり中学の頃のまんま小説ばっか書いてるんかって心配してたんよー」 

「小説はちゃんと今も続けてるもん。でさ、黒木君のことなんだけど」

「はいはい慌てない慌てない。私も彼と面識はないけどさ、西中のマネージャーしてた子の連絡先ならわかるから。聞いてあげよっか?」


 付き合いが長いこともあって、電話越しでも諏訪部がにやついているのが目に浮かぶ。

 今度絶対揶揄われるんだろうなあとため息をつきながらも、背に腹は変えられないと冬瀬はスマホを耳に当てたまま頭を下げた。


「お、お願いします」

「りょーかいー。その代わり、今度ご飯行く時にちゃんと話聞かせてね」

「だからそういうんじゃなくて」

「まっ、ちょっと聞いてみるから一回電話切るね。わかったらラインいれとくー」


 こっちの話も聞かずに電話を切られた。

 そそっかしいところも相変わらずだ。


 でも、持つべきものはやっぱり友達だなあと。


 スマホを眺めながら諏訪部からの連絡を待っていると、思ったより早くにラインが入った。


『これ、黒木君のラインだって。頑張れー』


 メッセージの下に、黒木悠介と書かれた連絡先が貼られていた。


 そういえば、下の名前は初めて知った。

 ていうか、果たしてこれが本当に自分の思う黒木と同一人物なのかも確証はない。


 でも、連絡してみる価値はある。

 連絡……。


「な、なんて送ったらいいかな……」


 冬瀬は生粋のオタクであり、見た目こそ好きなアニメのキャラに似せようとギャル風ではあるが、男子との交際経験は皆無。

 どころか、異性と連絡先を交換したことすらなく。


「と、とりあえずおはようとか? いや、今は夜だからこんばんは? で、でも無視されたら……ううっ、どうしよ」


 スマホと睨めっこが始まる。


 そして小一時間、思考を巡らせるだけで指は少しも動かず。


 やがて母親から消灯しろと怒鳴られて部屋の灯りを消してからも暗闇でずっとスマホの画面に映る黒木の名前をじーっと眺めながら。


 いつのまにか眠りについてしまっていた。




 


 

 

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