第2話

 その日の放課後。


 俺は図書室に向かった。


 別に、蛍を確かめに行くわけじゃない。ただ、本を借りに行くだけだ。


 そう自分に言い聞かせながら、図書室のドアを開ける。


 中には、蛍がいた。


 図書委員として、カウンターに座っている。


 相変わらず眠そうな顔をしながら、本を整理している。


「……あ」


 蛍が、俺に気づいた。


「……相沢くん」


「あ、ああ。本、借りに来た」


「……どうぞ」


 蛍は小さく頷いて、また本の整理に戻った。


 俺は適当に本棚を眺めながら、チラチラと蛍の方を見る。


 白い手。細い指。


 机の上に置かれた、あの猫耳イヤホン。


 ——やっぱり、同じだ。


 でも、それだけじゃ確証にはならない。


 俺は、思い切って声をかけた。


「なあ、柊」


「……ん?」


「お前、配信とか見たりする?」


 蛍の手が、ピタリと止まった。


「……なんで?」


「いや、なんとなく。お前、いつも眠そうだから、夜更かししてるのかなって」


「……別に」


 蛍は、少しだけ視線を逸らした。


「……ただ、寝るのが下手なだけ」


「そうか」


 俺は、それ以上追及しなかった。


 でも、蛍の反応が、少しだけ不自然だった気がした。


 ---


 その夜。


 俺は、またルナの配信を見ていた。


「はい、今日も始まりました。月ノ音ルナです」


 いつもの声。いつもの暗い部屋。


 でも、今日は少しだけ違う。


 俺は、画面を見ながら、確かめるようにコメントを打った。


『今日、学校で同じイヤホン使ってる人見たわ』


 すると、ルナの手が、一瞬止まった。


「……そうなんですか」


 少しだけ、声のトーンが変わった。


「でも、このイヤホン、結構人気あるんですよね。だから、珍しくないと思いますよ」


『そうかもな』


「……そうですよ」


 ルナの声が、少しだけ硬い。


 ——やっぱり。


 俺は、確信した。


 月ノ音ルナは、柊蛍だ。


 ---


 次の日。


 俺は、朝から蛍の様子を観察していた。


 いつもと変わらず、机に突っ伏している蛍。


 でも、今日は少しだけ、耳が赤い気がした。


「……なに?」


 蛍が、顔を上げずに言った。


「いや、別に」


「……じろじろ見ないで」


「見てねえよ」


「……見てる」


 蛍は、少しだけ顔を上げて、俺を睨んだ。


 眠そうな目だけど、少しだけ鋭い。


「……気づいたんでしょ」


「……は?」


「……私のこと」


 蛍は、小さく息を吐いた。


「……昨日のコメント。透明人間さんでしょ」


 俺は、言葉を失った。


「……なんで」


「……声。なんとなく、わかった」


 蛍は、また机に顔を伏せた。


「……バレたくなかったのに」


「……悪い」


「……別に、謝らなくていい」


 しばらく、沈黙が続いた。


 俺は、どう言葉をかければいいのかわからなかった。


「……ねえ、相沢くん」


 蛍が、小さく言った。


「……配信、見るのやめる?」


「……なんで?」


「……だって、正体バレたし」


「……それとこれとは、関係ないだろ」


 俺は、正直に答えた。


「……俺は、ルナの配信が好きで見てる。それが、お前だったとしても、変わらない」


 蛍は、顔を上げた。


 少しだけ、驚いたような顔をしている。


「……ほんと?」


「ああ」


「……じゃあ、これからも見に来てくれる?」


「当たり前だろ」


 蛍は、小さく笑った。


 いつもの眠そうな顔が、少しだけ柔らかくなった気がした。


「……ありがと」


 その声は、配信の時とは違う、素の声だった。

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