2つの個性の衝突と、呼び出された切り札
覚醒者の決断と指示
衛兵隊は、リゼの最速の盾』によって完全に撹乱され、統率を失っていた。リゼは決して攻撃せず、ただ衛兵の魔法の発動を妨害し、彼らの足元を滑らせ、隊列を乱すという、徹底的に地味で効果的な防御を続けていた。
この光景を目の当たりにしたライル(覚醒した個性)の胸中は、激しく波打っていた。
(あの女……! なぜだ? 俺は邪魔だと突き放したはずだ。何の得にもならないのに、なぜ命を懸けて、俺の「居場所」を守っている?)
彼の「力と暴力こそが全て」という冷酷な世界観が、リゼの「純粋な献身」という行動によって、根底から揺さぶられていた。
しかし、このままではリゼがいつか衛兵隊の集中攻撃を受けてしまう。ライルは、冷静な判断力を失っていなかった。彼は、衛兵隊を暴力で排除することはできるが、それでは王都の組織との全面戦争になり、せっかく作ったこの居場所は維持できない。
ライルは、三人の獣人がいる家に戻り、シズクに冷たく命じた。
「おい、猫耳」
シズク(猫耳の獣人)は無言でライルの前へ進み出た。
「あの役所の女(カミラ)を呼べ。すぐにだ。アジトを潰したのと同じ場所に、誰も気づかれずに連れて来い。あの女なら、この事態を穏便に収められる」
シズクは一瞬、その冷徹な命令を理解できない様子だったが、ライルの瞳に宿る「解決への強い意志」を読み取り、無言で頷くと、影のように森の中へ消えていった。
ライルは次に、タロとガルーダに鋭い視線を向けた。
「犬と鳥。お前らはここで作業サボんなよ。この家の内装を完璧に仕上げておけ。いいな」
「は、はい! アニキの命令とあらば!」タロは緊張で尻尾を止め、ガルーダは敬礼した。
ライルは、獣人たちに自分の「暴力」ではなく「建設」という地味な作業を命じることで、彼らを戦闘から遠ざけた。そして、リゼがいる場所へと、足を運んだ。
対峙する暴力と献身
ライルがリゼのいる戦線へと近づくと、リゼの『素早さ付与』の微かな風が彼の肌を撫でた。
「ちっ、しつけーな!」
衛兵隊の隊長が、リゼのあまりの妨害に耐えかね、ついに対象をライルの隠れ家へと切り替え、魔法使いに攻撃命令を出した。
「あの家に火を放て! 違法建築物の撤去が目的だ!」
衛兵の魔法使いが、炎の術式を構築し始めた。
その瞬間、ライルが衛兵とリゼの間に割り込んだ。
「止めろ」
ライルの声は、冷徹な殺気を帯びていたが、彼の行動は炎の術式を妨害することではなく、単に衛兵隊と隠れ家の間に立つというものだった。
リゼは、ライルの突然の出現に驚き、動きを止めた。
「ラ、ライルさん! 危険です! 私が妨害を……」
ライルは、リゼの言葉を無視し、冷たい眼差しを彼女に向けた。
「てめぇこそ、なんでこんなところにいる。邪魔だ」
衛兵隊の魔法使いは、ライルとリゼの間のやり取りに構わず、術式を完成させた。
「邪魔だ! 消えろ、魔帝の弟!」
火炎弾が、ライル目掛けて放たれた。
ライルは、それを避けることも、魔法で防ぐこともできない。彼はただ、炎が迫る中、リゼを睨みつけたまま、静かに口を開いた。
「なぜ、俺を庇う。お前には何の得もねぇはずだ」
リゼは、炎が迫る一瞬の間に、ライルの瞳の中に、転生者ライルの優しさではなく、この世界本来のライルが抱える「孤独」を見た。
「得なんて……関係ありません!」リゼは叫び、全魔力を素早さ付与に注ぎ込み、ライルの前に飛び出した!
ライルの肉体に、炎が到達する直前、リゼの『素早さ付与』は、炎とライルの間に空気の渦を作り出し、炎をわずかに逸らした。リゼの体は炎の熱に焼かれたが、ライルは無傷で済んだ。
覚醒者の動揺とカミラの登場
リゼは炎の熱で小さく呻き、地面に膝をついた。
「てめぇ……!」
ライルは、目の前で身を焦がしたリゼを見て、激しく動揺した。彼の覚醒した「力と暴力」の理論では、自己犠牲という現象を処理できない。
「なんだよ、お前……。俺を馬鹿にしたいのか!? 優しさなんて、この世界にはねぇんだよ!」
ライルの怒りは、リゼではなく、この世界の不条理な構造へと向けられていた。彼は、リゼの行為を、自分の信じる世界観を否定する「攻撃」だと感じていた。
その時、後方から優雅で冷静な声が響いた。
「あらあら、ライルちゃん。相変わらず騒がしいお友達ね」
シズクに連れられて、カミラが辺境伯の私兵を名乗る衛兵隊と、炎に焼かれた少女、そして激しく動揺するライルという、混沌とした光景の中に現れた。
カミラは、衛兵隊の隊長に向かって、厳しい表情で言った。
「あなたたち、これは王都役所公認の土地よ。そして、無属性魔帝の弟に手を出して、あなたたちの背後にいる辺境伯は、この国の存亡を賭けた戦代の最中に、何を企んでいるのかしら?」
戦代、決闘開始
王都から遠く離れた、帝国との国境近くに設けられた厳重な結界に覆われた決闘場。
アステル・ゼフィールは、帝国の「最強の騎士」と対峙していた。騎士は全身を重厚な魔導鎧で覆い、手には巨大な魔力剣を携えている。その魔力は、炎帝ヴォルカンに匹敵する、純粋な破壊力を持っていた。
「第六の魔帝、アステル・ゼフィール。噂通りの地味な出で立ちだ。貴様のような者が、帝国の最強に勝てるとは思えん」
騎士は、勝利を確信した傲慢な笑みを浮かべていた。
「どうでしょうね。僕は、地味な哲学を曲げるつもりはありませんよ」
アステルは、杖すら持たず、両手を静かに下げていた。
審判の合図と共に、決闘が開始された。
騎士は最初から全開だった。巨大な魔力剣を一閃させ、空間ごと引き裂くような破壊の波動をアステルに向けて放った。
ドォン!
アステルは、その場から一歩も動かなかった。破壊の波動が彼に到達する直前、アステルの周囲の空間が微かに揺らぎ、波動はまるで穏やかな水面に当たったかのように、威力を失い、霧散した。
(『絶対付与(イージス)』。僕の身の回りの魔力構造を、完璧に「無力化」で上書きする)
アステルの『絶対付与』は、もはや「防御」ではなく、「現象の改変」の域に達していた。
遠隔の異変と魔力の増幅
その時、アステルの意識の奥深くにある『遠隔魔力網』が、激しく振動した。これは、アステルが弟ライルと弟子リゼの肉体に、「安全装置」として施している極小の無属性魔力回路からの信号だった。
(ライルの肉体と、リゼの魔力が激しく衝突している……!)
アステルは、遠く王都で起こった出来事を、一瞬にして把握した。ライルの「暴力的な本性」の覚醒、辺境伯の刺客、そして何よりも、リゼが自分の身を焦がしてライルを守ったという、「純粋な献身」の行為。
アステルの表情に、微かな怒りと、深い感動が浮かんだ。
(リゼ……君は、僕の哲学を、僕よりも完璧に実行してくれたんだね。『愛』と『優しさ』こそが、究極の『防御』であると)
そして、ライルがその「優しさ」に戸惑い、自身の「暴力」の世界観が崩れ始めていることも感じ取れた。
アステルの魔力が、一気に増幅した。それは、弟の危機と、弟子の成長という、アステルの行動原理の全てが刺激された結果だった。
騎士への『構造の操作』
「何をしている! 早く攻撃しろ!」
帝国の騎士は、自分の渾身の一撃が無効化されたことに動揺し、さらに連撃を繰り出してきた。
しかし、アステルは既に、眼前の決闘を「王都の問題解決のための作業」としか見ていなかった。
アステルは、攻撃を全て無効化しながら、騎士の全身に、『地味な操作魔法』を仕掛け始めた。
(『筋繊維への飽和付与』……騎士の筋繊維一つ一つに、「過剰な魔力」を付与する)
騎士が剣を振るう度に、彼の肉体に施された魔力が、その動作を極限まで増幅させる。
「ははは! 見ろ、この力! 魔帝如きに、私の連撃は止められんぞ!」
騎士は、自分の力が異常に増していることに気づき、傲慢に笑った。しかし、彼は気づかない。アステルの『付与』は、「強化」ではなく、「破壊のための過剰な負荷」なのだと。
アステルは冷たく言い放った。
「あなたは、自分の力を過信している。その傲慢な『優劣の構造』こそが、あなたの敗因だ」
アステルは、遠く王都にいる弟子のリゼと、覚醒したライルに意識を向けたまま、決着をつけた。
「飽和解除(オーバーロード・リリース)」
騎士の肉体に過剰に付与されていた魔力が、一瞬にして弾け飛んだ。騎士は、自らの魔力に耐えきれず、激しい激痛と共に、全身の筋繊維を損傷し、その場に崩れ落ちた。
「ぐあああ! な、なんだこの痛みは!? まるで、体が自壊したかのように……!」
騎士の鎧に傷一つない。しかし、彼は自らの肉体の限界を、「地味な魔帝の操作」によって超えさせられ、戦闘不能に陥ったのだ。
審判が旗を振り、アステルの勝利を宣言した。
勝利の利用価値
決闘場は静まり返った。アステルは、崩れ落ちた騎士を一瞥することもなく、勝利の報告に向かった。
(カミラなら、事態を収拾してくれるだろう。リゼも、ライルの隣で、「優しさ」を伝え続けてくれるはずだ)
アステルは、宰相に静かに告げた。
「勝利しました。この結果、帝国との交渉を即時開始してください。そして、王都の辺境伯の不当な権力についても、適切な対処を速やかに行っていただきたい」
アステルの「戦代の勝利」という、国に対する絶対的な貢献は、彼の言葉に絶対的な重みを与えた。もはや宰相は、アステルの要求を拒否できない。
(ライル。僕は、僕の地味な力で、君の「居場所」を守り、革命の土台を築き続ける。君は、君自身と、君についてきた仲間を信じるんだ)
アステルは、遠く王都の森の家で、リゼの献身に動揺し、新たな「自己証明」の道を模索し始めた弟に、静かな信頼を送った。
アステルの勝利により、辺境伯への政治的な圧力が確実になりました。ライルは今、リゼの行動と、アステルの裏でのサポートにより、二つの個性が統合へと向かう大きな転機を迎えています。
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