戦代の招集と、風の魔帝の審判


五属性の集結と風の魔帝

炎帝ヴォルカンとの「防御決闘」から数週間後。アステルは、国から課せられた緊急の魔帝会議のため、王城の最高議事室に呼び出された。


最高議事室には、五大魔帝のうち、三人が集まっていた。炎の魔帝ヴォルカンは、以前のような傲慢な炎のオーラを消し、静かに椅子に座っている。雷の魔帝エレナは、相変わらず好戦的な笑みを浮かべていた。


水と土の魔帝は、今回も不在だった。水魔帝は深海での魔法実験に没頭し、土魔帝は領地の珍しい植物の観察に勤しんでいるという。彼らは国事よりも自身の探求を優先する、典型的な「個性」の塊だった。


そして、初めて顔を合わせる魔帝が一人。

風属性の魔帝、シエロ・テンペスト。

彼は青いローブを纏い、常に目を閉じている。その場にいるにもかかわらず、まるで風のように存在感が希薄だったが、そこには測りがたい深淵な魔力が漂っていた。


「初めてお会いします、風の魔帝様。第六の魔帝、アステル・ゼフィールです」


アステルが穏やかに挨拶をすると、シエロは薄く目を開け、静かに微笑んだ。


「噂は聞いている。地味な魔法を極めた、最も危険な魔帝。……歓迎する、アステル」


趣味の悪いシステム、戦代

会議は重い空気の中で進んだ。招集の理由は、隣接する大帝国との戦争に関するものであった。

「帝国との国境紛争は悪化の一途を辿っています。しかし、総力戦は避けたい。故に、古の協定に基づき、『戦代(せんだい)』システムの実行を決定しました」


王都の宰相が、苦々しい面持ちで告げた。

戦代(戦争代理決闘)それは、両国が選出した二人の実力者が一対一で決闘し、その勝敗で戦争の優劣を決定するという、極めて趣味の悪いシステムだ。


「高貴な者たちが安全な場所から大金と名誉を賭け、他人の命と国の存亡をギャンブルにする場所。それが、この戦代です」

エレナが皮肉を込めて言った。


そして、宰相は集まった魔帝たちに向かって告げた。

「帝国側は既に、『最強の騎士』を名乗る実力者を立ててきました。これに対抗する、我が国の代表を決める必要があります」 


全員の視線が、一斉にアステルに集まった。


雷の魔帝の「格上」認定

「アステル、お前が引き受けるべきだ」エレナが真っ先に口を開いた。


「僕ですか? 僕は攻撃魔法が使えません。この中で最も実力者となれば、ヴォルカンかエレナ、あるいは風の魔帝殿こそが相応しいでしょう」アステルは参加を拒否した。


しかし、エレナは首を横に振った。


「違う。実力者として一番なのは、お前だ」


エレナは、ヴォルカンとの防御決闘の真意を知る者として、迷いなく断言した。


「お前は、攻撃をしない。だが、相手の魔力、身体、そして存在そのものを操作する。敵が誰であれ、お前はその哲学を曲げないだろう。そして、お前の無属性は、どんな相性も関係なく、相手の力を無効化できる」


エレナは、ヴォルカンを一瞥した。ヴォルカンは無言で、しかし力強く頷いた。


「ヴォルカンとの決闘で、お前は最強の破壊を凌いだ。お前の力は、この中で最も安定した『勝利』をもたらす。地味だろうが何だろうが、勝たせる力こそが、今この国に必要な『最強』だ」


ヴォルカンは口を開いた。彼の声は静かだったが、重い。「アステル。貴様の『格下』論は、この戦代には当てはまらない。国の存亡を賭けた戦いに、『格下』など存在しないからだ。お前のその哲学を、国のために曲げろ」


魔帝たちの言葉は、アステルに重くのしかかった。彼は、自分の哲学、「力を凶器にしない」という信条を、「弟を守る」という誓い以外で、曲げさせられようとしていた。


アステルは静かに目を閉じ、そして開いた。彼の脳裏には、獣人の件で憤慨したライルの冷たい眼差しが浮かんでいた。


(国の存亡をかけた戦い。ライルの言う『正しい倫理』と、この世界の『理不尽な構造』が、最もぶつかり合う場所だ)


アステルは、静かに結論を出した。


「分かりました。僕が戦代の決闘者を引き受けます」


その瞬間、風の魔帝シエロが、目を完全に開いた。彼の瞳は、アステルの決断を「審判」するかのように、静かに、そして鋭く光っていた。


アステルが、国の命運を賭けた「戦代」への参加を決意しました。これは、彼の哲学が大きく試される舞台となります。

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