炎帝の屈服と、地味な魔法の継承者


炎帝の悟り

闘技場での決闘後、勝者となった炎帝ヴォルカンは、王宮の自室に戻っても、勝利の喜びを一切感じられずにいた。彼の心には、圧倒的な敗北感と、アステルに対する制御不能な畏敬の念だけが残されていた。


(勝たせてやったから、もう諦めろ、というわけか……!)


ヴォルカンは、あの決闘の真意を理解してしまっていた。周囲の観衆は、ヴォルカンが「力を抑えていた」、あるいは「アステルの防御が運よく耐えた」程度にしか思っていないだろう。しかし、ヴォルカン自身には分かっていた。


アステルは、自身の肉体には一滴の熱すら通さず、彼の最強の炎を現象として無力化し続けた。最後の奥義『絶対炎獄』ですら、アステルの肉体は完全に無傷。蝋燭が溶けたのは、アステルが**「融点」という最もシンプルな物理現象の操作まで手を広げなかった**、あるいは、手を広げるのを「やめた」からだ。


「あの男は、私に『勝利』という虚栄を与え、その代わりに『私のプライド』を静かに、そして完全に叩き折った」


アステルは、ヴォルカンに対して直接的な暴力を振るうことなく、「力に頼り、自尊心に縛られる自分は、彼にとっての『格下』である」という真実を、自覚させたのだ。


ヴォルカンは、自室の重厚な椅子に深く沈み込み、誰にも聞こえない声で静かに呟いた。


「確かに最強だよ、アステル。認めてやる……私こそが、お前が言う『格下』だ」


炎属性の起源という自負、次期国王の権威、全ての自尊心が崩れ去った瞬間だった。しかし、その敗北は、ヴォルカンを怒り狂わせるのではなく、かえって彼から焦燥を奪い、静かな諦観と、新たな目標を見つけるための冷静さを与えた。


(もう、弟を脅したりはしまい。あの男の『愛』の強さの前では、私の力は無力だ)


炎帝ヴォルカンは、アステルという規格外の存在を、自身の「格上」として完全に受け入れたのだった。


弟子志願の少女

ヴォルカンとの決闘から数日後。アステルの執務室に、一人の少女が、緊張した面持ちで立っていた。

彼女は、貴族でも王族でもなく、王都外れの孤児院出身の平民の少女、リゼ・ウィルクス。


彼女が使える魔法は、たった一つ。無属性魔法の中の、最も地味で、地道なもの――『素早さ付与(スピード・ブースト)』それも、自分自身にしか使えず、効果時間も数秒程度という、全く実戦向きではない力だ。


「あ、あの……! 無属性魔帝様、アステル様!」


リゼは、アステルの前で深々と頭を下げた。


「あの、私を……お弟子様にしていただきたく、参りました!」


アステルは、ハーブティーを一口飲み、優しげに微笑んだ。


「お弟子? 僕に? 僕は『歴代最弱の魔帝』と呼ばれているんだよ。僕よりも、エレナやヴォルカンといった、もっと強い先生を探した方がいいんじゃないかな?」


「ち、違います!」リゼは顔を上げた。その瞳は、強い決意に満ちていた。


「私は、皆が『最強』と呼ぶ魔法ではなく、アステル様が極められた『無属性魔法』こそが、世界で一番強いと知りました!」


リゼは、無骨な自分の力を、誰にも理解されずに生きてきた。しかし、路地裏の噂、そして炎帝との決闘の「不自然な結果」を聞き、アステルの力が持つ本質的な強さを直感的に悟ったのだ。


「私の使える魔法は、ただ素早さを上げるだけの、何の役にも立たない地味な魔法です。でも、アステル様なら、この地味な力を、世界を変えるような最高の力に変えてくれる。そう信じています!」


少女の言葉を聞き、アステルの心に温かい感情が広がった。それは、自身が「格下」だと嘲笑されることを気にしない彼の哲学を、初めて純粋に理解し、信じようとしてくれる存在だったからだ。

アステルは、穏やかに微笑み、立ち上がった。


「そうか。君の『素早さ付与』は、確かに地味だ。だが、それは可能性の塊だ。僕の弟、ライルも地味な知識で世界を変えた。君のその素早さも、きっと世界を驚かせる力になるだろう」


「僕の無属性魔法は、『個性』だ。そして、その個性を活かす術を、僕は誰よりも知っている」


「リゼ・ウィルクス。君の意志、確かに受け取ったよ。今日から君は、僕の唯一の弟子だ。まずは、僕と一緒に、君自身の魔法の『根源』を見つけるところから始めよう」


アステルは、新たな弟子と共に、彼の「無属性魔法の哲学」と「究極の操作技術」を継承していく一歩を踏み出したのだった。


炎帝との一件が解決し、アステルには弟子ができました。物語は、ライルの社会的な地位の確立と、新たな仲間との魔法の探求へと進むことになります。

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