雷鳴の挑発と、動かざる魔帝の誓い
雷の魔帝、エレナ
路地裏の一件は、王都の裏社会に瞬く間に広まった。「無属性魔帝の弟は、規格外の破壊者」という噂は、陰口を叩いていた者たちに冷や汗をかかせた。しかし、この噂を耳にし、むしろ歓喜に震える者が一人いた。
雷の魔帝、エレナ・ラヴェンナ。
彼女は五大魔帝の一角にして、純粋な戦闘狂だった。常に自分より格上の強者を求め、学生時代からアステルに何度も「魔法決闘」を申し込んでいた。当時のアステルはまだ魔帝の称号を得ておらず、エレナはその「地味な無属性」を極める彼を、未知数の塊として恐れ、同時に渇望していた。
「地味? 最弱? くだらない」
エレナは、アステルへの侮蔑の声を聞くたびに鼻で笑った。彼女は知っていた。雷属性は最強の破壊力を持つが、大地属性には相性が悪く、完璧な最強にはなれない。他の魔帝たちも同様に、それぞれの属性の相性に縛られている。
しかし、無属性魔法は違う。
「弱点を付けない分、誰にも弱点を晒すことがない。あの力こそ、最強に最も近い位置にある」
エレナは、アステルこそが、自身の飽くなき闘争心を完全に満たしてくれる唯一の相手だと確信していた。
そして、例の路地裏の噂――魔法適性ゼロの弟が、魔帝を凌駕する力で刺客を潰したという話が、エレナの確信を決定的なものにした。
「アステルめ。やはり、ただの腑抜けた男ではなかったか。弟に自身の魔力の全てを注ぎ込むなど……まるで神話の鎧だ。それを操る彼こそ、私の求める強者だ!」
決闘の強要
その日、エレナは王城のアステルの執務室に、予告もなく踏み込んだ。
「久しぶりだな、アステル!」
雷の魔力を纏ったエレナは、執務室の調度品を焦がし、激しい気迫を放っていた。アステルはティーカップを持ったまま、微動だにしない。
「エレナ。アポなしだ。決闘の申し込みなら、受け付けられないと何度も言っているだろう」
「いいや、今日はお前の返事をもらうまで帰らない」
エレナは鋭い瞳でアステルを射抜いた。
「お前は最高の強者だ。その無属性魔法の真価を見極めなければ、私は最強になれない」
アステルは静かにカップを置いた。
「私の魔法は、君の期待するような派手な攻撃魔法ではない。君の渇望を満たすことはできないよ」
「嘘をつけ!」エレナは机を叩きつけた。雷撃が机の表面を走る。
「あの弟の件だ! 魔法適性ゼロのライルに、瞬時に魔帝クラスの戦闘能力を与えるなど、並の補助魔法ではない! お前の無属性は、全てを凌駕する『究極の操作魔法』だろう!」
アステルはため息をついた。彼の真の力が、戦闘狂に見抜かれたのは初めてだった。
「私の魔法の使い道は、あくまでライルを守ることに特化している。君を打ち負かすためのものではない」
「そうだろうな。お前は、自分が馬鹿にされるのは許しても、弟が侮辱されるのだけは許せない、究極の『内向きの強さ』を持つ男だ」
エレナはニヤリと笑い、決定的な言葉を突きつけた。
動かざる魔帝の誓い
「だが、お前が私との決闘を拒否し続ければ、お前の大切な弟がどうなっても知らないぞ」
その瞬間、アステルの周りの空気が一変した。
これまでどんな侮辱にも動じず、ただただ穏やかだったアステルの表情から、一瞬にして感情が消え失せた。静寂。それは、雷鳴が鳴り響く前触れのような、肌を刺すほどの静寂だった。
エレナは、その変化に歓喜した。これこそ、彼女が求めていた強者の反応だった。
「どうした? 魔法の使えない無能な弟が、私の雷撃に耐えられるかな? お前が遠くにいれば、『絶対付与』も間に合わないだろう?」
アステルはゆっくりと立ち上がった。彼の背筋は凍るほどに真っ直ぐで、その目は、エレナの奥底にある傲慢を見据えていた。
「エレナ。君は、僕が今まで何をされても動かなかった理由を理解しているはずだ。僕の力は凶器として使うべきではないからだ」
アステルは、魔法の杖を手に取った。それは、飾り気のない、ただの木製の杖だった。
「だが、僕は『ライルを守る』というただ一つの誓いだけは、どんな理不尽をもってしても曲げない」
彼の周りに、無色の魔力が、これまでとは比べ物にならないほどの密度で集まり始めた。その重圧は、雷の魔帝であるエレナすら、息を詰まらせるほどだった。
「分かった。君の申し出を受けよう。僕との決闘は、君の望み通り、この王都の外で、人目を避けて行う」
アステルの声は、氷のように冷たかった。
「ただし、エレナ。君は僕の『絶対付与』の真の対象』ではない。君がその魔力で僕の弟を脅したこと、その対価を、君の全てをもって支払ってもらうことになる」
「君の雷魔法が、僕の無属性魔法の前に、どれほど無力であるかを、君自身で思い知るがいい」
ここに、これまで誰も見たことのない、「最弱」と呼ばれた無属性魔帝の、最初にして最大の戦闘が幕を開けるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます