第4話 固有スキル【名言翻訳】を獲得しました

「うおおおおおおおおおおおお!!」


 いまや堕落した大学生ではあるものの、高校までは陸上部に所属していた俺だ。足の速さにはちょいとばかり自信がある。

 さあ唸れ我が俊足!! あのでっぷりゴリラ野郎をぶっちぎれ!!


 現役時代の己を魂に憑依させ、俺はとにかく森を貫く街道を駆けて駆けて駆けまくった。

 一体どれくらい走り続けただろうか、いい加減心肺と足に限界が来て立ち止まる。


「はーっ、はーっ、はーっ……」


 後ろを振り返るが、巨大ゴリラの姿は見えず、また追ってきている気配もない。諦めてくれたか。やはりあの巨体では大したスピードは出せないみたいだ。


「ど、どうにか撒いたみたいだな……」


 陸上競技の素晴らしさに感謝しつつ、抱えていた少女を下ろして立たせてやる。


「あ、ありがとうございます英雄様」

「英雄様はやめてくれよ。俺の名前は本山夕市だ。夕市でいい」

「ありがとうございます、ユウイチ様。わ、私はディファテナと申します」

「ディファテナか、綺麗な名前だな」

「そ、そんな……ありがとうございます……っ」


 顔を赤くして照れるディファテナ。うん、可愛い。

 とまあとりあえず窮地を脱したわけだが、果たしてこれからどうするか。


「なあ、ディファテナには行くあてとかあったりするのか」

「い、いえ……故郷からも遠くて知らない場所ですし、そもそも身寄りなく奴隷に堕ちた身なので……」

「そっか……」


 服装とか首輪的にそうだとは思っていたがやっぱり奴隷だったか。悪いことを聞いちゃったかな。

 当然俺も来たばかりの異世界で行くあてなんてないが、それでもずっと森のなかにいるわけにもいかない。


「ひとまずこのまま歩いて森を抜けるか……」


 と、そんなことを呟いたそのときだった。

 ──ガサッ。

 街道の脇に茂る木々の向こうで音がした。

 反射的に体が動いた。


「危ない!!」


 ディファテナを押し飛ばす。

 茂みから飛び出してきたのは──フォレストキングマンクだった。


「ウグルオオアアアアア!!」


 すんでのところでディファテナを免れさせることはできたが、代わりに車に撥ねられたような衝撃が俺を襲った。

 激しく吹き飛ばされて木の幹に背中を打ちつける。そのまま地面に倒れ込んだ俺は、激痛のあまり呼吸もままならず、ただその場に転がることしかできなかった。


「ユウイチ様っ!」


 ディファテナが悲鳴じみた声で叫ぶが、意識が朦朧として反応してやれない。

 かろうじて顔を上げると、ぼやけた視界にフォレストキングマンクの姿が映った。


「ウグルルルル……!!」


 鼻にしわを寄せて牙を剥き、唇からはぼたぼたとと涎を垂らしながら、ゆっくりとこちらに死が近づいてくる。

 立ち上がって、逃げねば。しかしあちこち骨が折れているようだ。逃げようにも体がまったく言うことを聞かない。


 くそっ。急に異世界に召喚されたと思ったら、あっという間に魔物にやられてゲームオーバーかよ。胸踊る異世界ファンタジーストーリーもなにもあったもんじゃない。


「ユウイチ様! ユウイチ様! ユウイチ様っ!」


 しかもヒロインっぽい美少女にだって出逢えたってのによ。つうか俺が殺されたあとはきっとディファテナも殺されてしまうよな。ああもうマジで後味が悪すぎる。


 ったくよ……こんなんなら召喚なんてされずにベッドの上でYouTube見てた方がマシだったぜ。

 そんなことを心のなかでぼやくうち、走馬灯のように例の野球選手のことが思い出される。

 言ってないことが名言として通訳された面白エピソード。『なんとしても負けるわけにはいかない』が『負けるという選択肢はない』という台詞として広まった話。しかもその後、彼は実際に有言実行と言うに相応しい結果を示してみせたという。


 ……ふっ、と口から笑いがこぼれた。


「ウグルルルル……!!」


 見ればもう、目の前にフォレストキングマンクが立っている。

 凶悪で醜悪な魔物の眼球がギロリと俺を捉え、明確かつ絶対的な殺意を突き刺してくる。

 フォレストキングマンクが両手を組み、天を覆うように拳を振りかぶった。


 俺はいまから、殺される。

 そんな抗いようのない事実を前にして。

 ……しかしそれでも最後に少しくらい足掻いてみせたくて。


「なんとしても負けるわけにはいかない、か……」


 俺は朦朧とした意識のなか、その台詞を真似てみようと思ったのだ。


『条件達成。スキル【翻訳】がレベルアップしました。固有スキル【名言翻訳】を獲得しました』


 またなにか脳内音声が聞こえたが、もう気にもしていなかった。

 そして俺は言った。


「──俺だって、なんとしても死ぬわけにはいかない死ぬという選択肢はない

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