いざ!お泊まり会!
5月の連休がやってきた。
いわゆる、ゴールデンウィークである。
4月が終わった途端に夏のような暑さがやってきて、日中はとても長袖で入られない陽気になった。
とは言え、朝晩はまだ冷え込むので着るものに困ったりもする。
「あっちーな……」
葵は白いTシャツの上に羽織っていたデニムシャツを脱いで手に持つと、うんざりした様子で隣を歩く静香に愚痴を言った。
「まだ5月よね。今からこんなに暑くて、今年の夏はどうなっちゃうのかしら」
薄いラベンダー色のブラウスにベージュのロングスカートを合わせた上品な服装の静香は、手でパタパタと顔を仰いでいる。
2人は、もはや行きつけになりつつある例のファミレスに向かっていた。
蘭子達と待ち合わせをしているのだ。
額に汗を滲ませながら到着した店内は冷房がかけられており、程よい涼しさが葵達を迎えた。
「おっそーい!あおい、しずか!もうドリンクバー3杯目だぞ!」
テーブルではブスッとしながらグラス直飲みでぶどうジュースを飲んでいる蘭子が居た。
ワイン飲んでるおっさんみたいだぞそれ。
「3杯って……お前ら何時からいたんだよ」
集合時間には遅れていないはずなのに、目の前の光景が理解できず葵は尋ねた。
「今からおよそ15分前だ…」
そして、タカヤが冷静に「何か問題でも?」と言ったように澄まし顔で答える。
「いや……明らかに15分では無理がある状況だぞこれ……」
葵がドン引きしながら見つめるテーブルの上は、食べ終わった料理やデザート皿がテーブルいっぱいに広がっていた。
そう。誰がどう見ても、すでに宴会のあとだった。
「……胃、大丈夫?」
静香は心配しているように言うが、顔は引き攣っている。
「お泊まり会に向けて士気を上げておくのも重要なことだからな」
「城攻めでもすんのか……」
モグモグと唐揚げを食べながら蘭子が答えると、葵は力なくツッコミを入れた。
自分でも分からないが、なぜか腹一杯のトンチキ異世界コンビが天守閣に乗り込んでいく姿を想像してしまったのだ。
「まぁいい!ほら!あおいたちも食え!」
すると、言葉を失って佇む2人に、蘭子は隣の席をポンポンと叩きながら座れと促した。
「オーナーのアップルパイはどうするんだよ。腹一杯になっちまうだろ」
タカヤの隣に座りながら、葵は蘭子に向かって言う。
「ふふーん。それは、べ つ ば ら 」
しかし、聞かれた蘭子はニヤリと笑って、最後はウインクしている。
「マジで言ってるのかこのスイーツお姫様は……。で、お前は何を食べてるんだ?」
葵はドン引きした顔のまま、隣でガツガツとお重を抱えて夢中で食べているタカヤに向かって尋ねた。
「うな重だ」
タカヤは一言返すと、再びガツガツと食べ始めた。
「でしょうね!しかもそれ大盛りじゃね?そんでほっぺにご飯粒もついてるし」
「これを食べると精がつくと聞いてな」
葵が指摘すると、タカヤはサッとほっぺのご飯粒を取り除いて味噌汁を啜っている。
「もう一度確認するが、俺たちは今日、お前たちの屋敷に泊まりに行くんだよな?オーナーのアップルパイを食べるんだよな?城攻めじゃないよな?」
トンチキ異世界コンビが約束を忘れてるのではないかと心配になった葵は、2人に向かって言う。
すると、タカヤが真面目な顔で答える。
「何を分かりきったことを聞いている。腹が減っては何とやらと言うだろ?」
その答えを聞いた葵は、頭をかきながら「ダメだ!会話になんねー!」と独り言を言い、泣きそうになりながら続ける。
「だからそれ『
そして、会話を諦めて静香に助けを求めた。
すると、静香は微笑みながら言う。
「そうね……。生憎、今日は刀を持ってきてないわ。必要なら取りに帰るわよ?」
「 「 「やる気満々!?」 」 」
珍しく静香がボケたので、驚いた3人は同時にツッコんでいた。
葵と静香は軽めに昼食を済ませると、蘭子とタカヤが案内役となり、一行は河川敷の遊歩道を歩いて街の外れへと向かった。
住宅地や大通りが遠くに見える所まで来ると、遊歩道の途中で脇道に逸れ、郊外の急な坂道を登っていく。
そして頂上にたどり着いた時、古びた洋館風の屋敷が目の前に姿を現した。
2階建てのレンガ造りで、所々に藁が絡まっている大きな館だった。
門の向こうには玄関に続く石畳の小道が見え、その脇に白や赤、淡いピンク色などのバラが咲いていた。
「ふふん!ここがわたし達の屋敷だ!」
蘭子は腰に手を当てながら自慢げ言う。
「……屋敷っていうより、もう『
葵は圧倒されながら屋敷を見上げている。
「趣があるわね。楽しみだわ」
そして静香も屋敷を見上げながら感慨深い表情で呟いた。
「……オーナーが昔、特別な客人をもてなす時に使っていたらしい。今は文化財として残されているようだが、時々こうやってホームステイの学生を受け入れているそうだ」
屋敷を見上げている2人の横にタカヤは立ち、同じように屋敷を見上げて語りだす。
「なんて言うか……お前たち相手じゃ、オーナーは気苦労多そうだな」
ふと、葵は隣に立ったタカヤの方を向き、笑いながら冗談を言った。
すると、タカヤは真面目な顔で一瞬だけ蘭子を見て即答するのだった。
「想像以上だ」
「ん?何か言ったかっ?」
「ぐあっ!痛いっ!抓るな抓るな!」
そして、何故か蘭子に襲われていた。
「ほれ!こんなところで立ち話してないで行くぞ!」
蘭子は、見上げたまま静止している3人を残して門を開けると、石畳みの小道を進み玄関へ向かう。
残された3人は、やたら張り切っている蘭子の姿に顔を見合わせて笑うと、後に続いて門を潜った。
「ただいまー!帰ったぞー!」
蘭子は上部がアーチのように丸みを帯びた木製の2枚扉を開く。
『ギィー』と音を立てながら屋敷の内側に開いた扉の向こうには、奥へ真っ直ぐに続く赤い絨毯が敷かれていた。
玄関には大きな振り子時計が置かれ、奥に続く通路の脇には大きな丸い柱が何本も続き、その間の壁には絵画が飾られている。
まるでお城のような荘厳な雰囲気に息を呑みながら葵と静香は屋敷の中へ入った。
すると、ほのかに香るリンゴの匂いとともに、上品なおばあさんが出迎えてくれた。
「いらっしゃい。お待ちしておりましたよ。葵くんと静香さんね!いつも蘭子ちゃんからお話は聞いているわ。ささ、どうぞこちらへ」
白いエプロンが付いたベージュのワンピースを着た70代くらいのおばあさんだ。
白髪に淡い紫がかった髪はゆるくまとめられていて、目元は穏やかでニコニコしている。
しかし、オーナーが纏う空気には気品が感じられ、歳を感じさせない程シャキッとしていた。
招かれるままに葵と静香はオーナーの方へ歩み寄るが、その時、サッと後ろからタカヤが割り込んで2人の前に出る。
「オーナー。騒がしくしてすまない。俺たちのわがままを受け入れてくれて感謝する」
そして、タカヤは礼儀正しくお辞儀をすると、同じように続けて葵と静香も頭を下げた。
「いいのよ。こうして若い子たちが来てくれるの、うれしいもの。それに、蘭子ちゃんから毎日のように聞いているお2人に是非お会いしてみたくって」
オーナーは右手で宙を一度仰いで、客人を快く受け入れてくれている。
「すみません、お邪魔します」
「お世話になります」
蘭子がいつもどんな話をしているのか気になってしまった葵は苦笑いで、静香は丁寧にお辞儀をして答えた。
オーナーはニコニコした表情を崩さずに続ける。
「遠慮しないで良いからね。蘭子ちゃんとタカヤさんは、まず2人をお部屋に案内してあげて頂戴。荷物が多くて大変でしょ?それと、お風呂もいつでも入れるようにしてあるわ」
お風呂と聞いて、葵はすぐに大浴場を思い浮かべた。
「お風呂!?……でかそう……」
1人で想像して勝手に驚いていると、蘭子が楽しそうに答える。
「でっかいぞ!しかもリンゴの香りがするリンゴ風呂だ!」
「そっかー。リンゴ風呂か……って、それは何だ!?」
初めて聞くお風呂の名前で現実に戻された葵は、いつもとは逆に蘭子へ問いかけていた。
「ふふーん。風呂にな、いーっぱいリンゴが浮いてるんだ。食っても良いんだぞ?」
「いや、食うのはまずいだろ……」
「美味かったぞ?」
「そう言う意味じゃない。っていうか食ったのか!?」
「美味かったぞ?」
「2回言った!?」
いつものように葵と蘭子の漫才が始まると、静香がハッと思い出したように言う。
「そういえば、東北の温泉でやっているのを聞いたことがあるわ。楽しみね」
「へぇー。リンゴ風呂なんて初めて聞いたぞ」
葵は静香の話を聞いて蘭子が冗談で言ってる訳ではない事を知る。
「オーナーの趣味だ。リンゴ好きでな」
タカヤもリンゴ風呂が好きなようでニコニコしながら教えてくれた。
「ささ、お話は後にして、荷物を置いたら食堂にいらっしゃい。アップルパイを用意してあるから」
オーナーに促された4人はそれぞれに喜びの声をあげて部屋に向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます