03. 宣戦布告
「なんの御用ですか?」
警戒しながら尋ねると、フリードリヒは少し困ったような顔をした。
「そんな顔するなよ。僕はお前を迎えにきただけだ」
「魔王の命令ですか?」
「あぁ、父上はお前を一番可愛がっていらしたからな。アーデルハイドがいなくなってからはずっと寂しそうにしておられるよ」
よくもそんなにペラペラと嘘がつけるものだ。
ルーカスは心の中で感心していた。
「お前がいなくなったことで、後継者争いは苛烈になり、先日はセオドアがシャルル派の者に殺された」
「え……?」
兄たちは陰で足の引っ張り合いをすることはあっても、直接手を出すことは一度もなかったはずだ。
予想外の言葉に唖然としていると、察したフリードリヒが複雑そうな表情を見せた。
「アーデルハイドの黒髪黒眼には誰も歯向かうことがなかったけど、僕とイザヤ以外は黒髪に赤い瞳だから」
魔族はアホじゃないのか。
外の世界を見たからこそ、髪や瞳の色でその者の価値を決める慣習の異常さがわかる。
小さく溜め息をつくと、フリードリヒが不思議そうな表情をした。
「一つ、とても大事なことをお話します」
「なに?」
「アーデルハイドは死にました」
「は……?」
「魔王にお伝えください。このルーカス・カディオが魔界をぶっ潰しにいくから待っていろ、と」
最も愛らしく見える笑みを浮かべて、フリードリヒに言い放つ。
「………………つまり、魔界に帰るつもりはないんだな」
しばらく呆気にとられていたフリードリヒが小さく呟いた。
それなら無理やり連れていく、と言い出したら思いっきり叫ぼうと大きく息を吸った時、
「良かった……。自分の居場所を見つけたんだな、アーデルハイドは」
赤い瞳から涙を流すフリードリヒの姿が、かつての優しい兄の記憶と重なった。
困惑したルーカスを見て、彼はおかしそうに笑う。
「あの腐った世界で笑わなくなっていくお前を見て、ずっと心配していたんだ」
「……腐った世界?」
「僕とイザヤは後継者争いに紛れて魔界を出るつもりだ。その前にアーデルハイドの様子を見たくて、使者に志願した」
「魔界を、出る?」
「今度はイザヤも一緒に会いに来る」
「イザヤ兄上も?」
「あいつは嫉妬深いから。最近はずっとアイザックを目の敵にしてるんだ」
「はぁ……」
急展開についていけず、適当な返事をすることしかできない。
「父上には一言一句違えずにお伝えしておく。またね、愛しいアーデルハイド」
そう言って弟の頬にキスすると、フリードリヒは姿を消した。
夢を見ていたような心地になっていると、手元の硬い感触に気がついた。
いつの間にかそこには黒い本が置かれていて、小さなメモが添えられている。
[お前の助けになれば嬉しい。 イザヤ]
本の表紙には金色の文字で【封魔の書】と記されていた。
「ありがとう、兄上」
小さな声で呟くと、目元を拭って前を向いた。
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