二話
「ようやく、見つけた」
(……誰だ?)
目を開けた瞬間、息を呑んだ。
そこは、真っ白だった。空も、地も、影も、何もない。
ただ“存在している”という事実だけが、奇妙に浮かび上がる空間。
気づけば、俺は立っていた。
足元の感触は――ない。だけど確かに“そこに立っている”という感覚だけはある。ただそれだけ。方向感覚も時間感覚も曖昧で、まるで自分の身体だけが浮かんでいるようだ。宇宙空間ってこんな感じなんかね?
しっかし…見たことあるなぁ。ラノベでよくある「あなたに力を〜」展開に似ている。
それにしても、
「……ここ、どこだ?」
声が出た。
その音が、無限に続くように白の世界に吸い込まれていく。
返事はない。
代わりに、足元から淡い光が立ち上がった。
(ん……これ、何だ?)
光の粒が、ゆらゆらと集まり、形を作っていく。
細い腕、流れる髪、やわらかな輪郭。
やがて、それは“人の形”をとった。
白の世界のここで僕の眼の前に、彼女は立っていた。
その姿は、淡い光を纏いながら、まるで現実に溶け込むように美しかった。
「こんにちは」
「……こんにちは」
思わず答えてしまった自分に、ちょっと笑ってしまいそうになる。
あまりにも自然に返してしまった。
「ここは何処で、あなたは誰ですか?」
「ここは――私が作り出した、“精神体のみが存在できる空間”」
その声は不思議だった。
優しくて、澄んでいて、それでいて冷たい。
いろいろな人の声を聞いてきたけど、ここまで現実味のないを声を聞いたのは初めてだ。
「精神体って……つまり夢の中とか、そういうのですか?」
「いいえ。夢はあなたが作るもの。ここは、私が作ったもの」
「そうですか……で、あなたは?」
「それで、ってあなた……もっと他にすることがあるんじゃないの?」
「……なんです?」
「もっと驚くべきでしょう!? 普通の人間なら“わぁぁ!どこここ!?誰ですか!?”ってなるところよ?」
「慣れてるんで」
「慣れてる!? 何に!?」
「こういう“唐突な非現実”展開に」
「それほんと?」
「いいえ、一度も経験したことないです」
「あなたね……」
「まぁ、こういうことになる身構えぐらいはあります。」
「……あなた、ラノベの読みすぎなんじゃないの?」
「読んでるけど、それは関係ないと思います。」
女は一瞬きょとんとしたあと、ふっと笑った。
その笑い方が、妙に懐かしく感じた。なぜだかまるでずっと前から知っているような――そんな既視感。
「あなた、面白いわね」
「褒め言葉として受け取ります」
「……ふふ、変な子」
その声が響いた瞬間、白の世界に波紋が走った。
彼女の周囲を包む光がふわりと揺れ、足元に淡い床のような模様が浮かび上がる。
地平線の代わりに光の壁が立ち上がり、空間が“形”を持ちはじめる。
「さて」
「さて?」
「自己紹介をしましょうか」
彼女は、まっすぐにこちらを見る。
その瞳の奥には、小さな星のような光が宿っていた。
「私は“アイン”。あなたを呼んだ者よ」
「呼んだ?」
「ええ。正確に言うなら――“探し続けて、やっと見つけた”」
(……なるほど昼間の“視線”。)
あの瞬間の違和感が、脳裏に蘇る。
「僕を、探してた?」
「そう。あなたは“リエンシーレン0”。特異点の中の特異点」
「……特異点ってどういう意味ですか。それにリエンシーレンっていうのも何ですか?」
「それは、あなたが“まだ現実の枠”にいる間は説明できない」
現実の枠ね、意味がわからない。
でも、その言葉の奥に“確かな何か”がある気がした。
根拠もなく、直感的に。
「つまり、僕が何か特別ってことですか?」
「特別というより、“鍵”ね」
「鍵?」
「世界を繋ぐための、最初で最後の。」
アインはゆっくりと右手を伸ばした。
その指先が俺の胸の前で止まる。
白い光が、じわりと肌に触れる感覚。
——ズン、と心臓の奥が熱くなった。
「……っ!」
「大丈夫。ただ、あなたの中の存在たちと“接続”を始めただけ」
「接続……?」
「ようこそ、“リンク”の世界へ――鵡限神記。」
その瞬間、視界が白に弾けた。
音が消え、色が消え、ただ“情報”の奔流だけが流れ込む。
頭の中に、無数の映像が走った。
誰かの声、誰かの記憶、知らない街、知らない空。
(……これ、何だ……?)
気づけば、視界の奥に“現実”が割り込んできた。
寮の部屋。天井。ベッド。
でも――違う。何かが違う。違和感が襲う。
壁の線が、ノイズのように揺れている。
空気が歪み、外の風の音が断片的に消えては戻る。
デジタルと現実が混ざり合うような違和感。
「……戻った、のか……?」
いやこれは…
——「いいえ、まだ“戻って”はいないわ」
アインの声が、遠くでかすかに響く。
次の瞬間、世界が裏返った。
空間が、ガラスのようにパリンと割れる。
破片の一つひとつが、光の粒となって舞い上がる。
その奥から、“別の空”が覗いた。
白と黒のグリッド。崩れた都市の残骸。
電脳と幻想が混ざり合ったような、異様な世界。
「……ここ、は……」
——「“リンク・レイヤー”。あなたの現実と他の世界が重なる領域。」
地平線のない都市。
浮遊する建物。
重力の向きが狂っている。
視界の端では、電線のような光が幾重にも交差し、そこを何かの“影”が走り抜けた。
「これが……リンク……?」
——「そう。そして、ここで初めて“あなた”は存在を証明できる。」
「証明って……」
言いかけた瞬間、視界を裂くように黒い光が閃いた。
遠くの空間が歪み、裂け目から何かが滲み出す。
人の形をしている――でも違う。
輪郭がノイズのように崩れ、常に変形している。
“データの亡霊”みたいな存在。
「……なんだ、あれ」
——「リンク障害体。“壊れた繋がり”の残滓よ。」
「残滓?」
——「あなたが存在する世界と、この層を繋げた瞬間に溢れ出す“欠片”。放っておけば、あなたの現実にも侵食する。」
「それ、どうすればいいんですか!?」
——「あなた自身が、制御するの。」
制御ってなんだ?倒すとかじゃないのか?
アインの声が遠のく。
同時に、右手が勝手に光り始めた。
掌の中心から、白い線が伸びていく。
(これ、勝手に……!)
気づけば、その線が空間に円を描き、幾何学模様を形成していた。
視界の中に、情報が流れ込む。文字のように見えるが読めない。
《LINK PROTOCOL / ACCESS GRANTED》
「っ!……何だこれ、頭の中に!?」
——「あなたの中にある“鍵”が反応してるの。意識して。」
「意識って、そんな簡単に……!」
言い終わるより早く、ノイズの影が迫った。
歪んだ顔、焦点の合わない眼。
そして、こちらへ飛びかかる瞬間――
「っ……!」
反射的に、光の円を前に突き出す。
まばゆい閃光。
空気が爆ぜ、衝撃波が走る。
影が弾き飛ばされ、粒子となって霧散した。
呼吸が荒い。足が震える。
(……なにこれ。今の……俺が?)
——「ええ、それが“あなたのリンク能力”。」
「能力って……こんな、勝手に発動して……」
——「最初は誰でもそう。でも、あなたの場合は“初期値”が違う。」
「初期値?」
——「あなたは、“リエンシーレン0”。全てのリンクの起点。つまり、あなたが動けば世界が動く。」
その言葉の意味を理解するより早く、周囲の世界が再び軋み始めた。
都市の断片が崩れ、ノイズの波が押し寄せる。
アインの姿が、遠くに揺れる。
彼女の髪が風に流れ、目だけがこちらを見つめていた。
——「時間がない。すぐに戻るわ。」
「戻るって、どこに!」
——「あなたの“現実”。でも、もう前と同じじゃない。」
光が、視界を包む。
また、白。
でもさっきとは違う。
今度の白は、眩しく、痛いほど現実的だった。
ベッドの上にいた。
息が荒く、汗で髪が張り付いている。
外はまだ夜。
寮の廊下からは、誰かの寝息も聞こえる。
——全部、夢だった?
そう思いたかった。
でも、右手の甲には、まだ“白い模様”が残っていた。
微かに光る、それはまるで電子回路のようで――
「……アイン。」
口に出した瞬間、心の奥が震えた。
呼んだはずのその名前が、空気を震わせることなく、
頭の中に直接“響いた”。
——「また会えるわ、神記。すぐに。」
次の瞬間、光がふっと消えた。
静寂。
いつもの寮の部屋。
けれど、もう“昨日までの世界”ではなかった。
俺の現実は、確かに――“繋がってしまった”のだから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます