第十五話 結婚と処刑を

 気がついてすぐ目にしたのは、豪奢なベッドに取り付けられた、きらびやかな天蓋だった。


 見知らぬ光景の中で飛び起きる。


 辺りを見回すと、ほとんど使われた形跡のない高級そうな家具があちこちに設置されていることが分かった。


 他にも教科書や鞄なども置かれていることから、自分ではない他の生徒の部屋だと察する。


 まさか、アドリアンの部屋だろうか。


 一瞬そう考えたが、家具のデザインが全体的に女性の好みに沿う物であり、ドレッサーも置いてあることから、男性の部屋ではなさそうに見える。


 ここが誰の部屋なのか、何かヒントが無いかと棚からノートを取り出して表紙を見る。


 清沢星来と書かれている。


 それを見た瞬間、茜の目から反射的に涙が出てきた。 


 彼女を助ける為にこの世界で奔走してきた。

それなのに何も出来ないばかりか、自分が来てしまったせいで、かえって彼女の立場が脅かされている。


 星来はこの世界でやっと自分の居場所を見つけて、幸せに暮らしていたのに。


 茜はそこまで考えて、ハッと顔を上げた。


 それは違う。

はっきりとは分からないが、アドリアンは最初からこうなることが分かっていたかのように、人間関係を操っていた。


 ルビアがアドリアンを好きだったことや、聖女を叩いた過去を利用して星来に嫉妬心を抱かせ、アドリアンに対して過度に執着するよう仕向けていたように思える。


 結果として星来は彼に好かれるべく、唯一与えられていた役割である《聖女》を、暴走しながらも全力で務めようとしていた。


 アドリアンの様子から察するに、茜のことは以前から魔獣だと分かっていたのだろう。

ということは、最初から異世界転移者だと気づいていて、ルビア本人ではないことも知っていたことになる。


 茜はずっと利用されていたのだ。


 最終的に何をしたいのかはまだ分からないが、全て計画的に仕組まれていたことだろう。


 茜は涙を拭った。


 それならば尚更、こんなところでぐずぐずしている場合ではない。

すぐに星来を助け出さないと。


 ずかずかと大股で扉まで向かい、ノブを回そうとするがぴくりともしない。


 幽閉されているようだ。

このことでアドリアンが言っていた『異世界転移者たちを保護する』という発言が、更に疑わしくなった。


 しかし、普通に捕まえたいのなら、全員捕縛して地下牢にでも閉じ込めればいいのに、何故そうしないのか。


 そんなことを考えながらも、茜は扉にタックルしたり、細長いピンを見つけてきて鍵穴に入れてみたりした。


 しかし、ピッキングなどしたことがない彼女では、到底扉を開けることなど叶わない。


 それなら窓はどうか。

 そう考えてみたが、落下防止の為なのか、窓枠に開閉機能が無いようで、そこから降りるという選択肢も潰されてしまった。


 その後もしばらく奮闘していた茜だったが、何も解決出来ず、結局不貞腐れてベッドの上で大の字になった。


 自分の非力さを痛感する。

 魔獣なんて大それた呼ばれ方をしているが、外見以外は普通の女性なのだ。

誰かの助けがなければ、ここから出ることすら叶わない。



 この状態でどのくらい時間が経っただろうか。


 それは突然だった。

扉の向こうから、誰かが近づいてくる足音が聞こえてくる。


 茜は飛び起きて耳を澄ました。

敵の可能性もあることから、敢えて声は出さなかった。


「ルビア。起きてる〜?」


 扉越しに聞こえてきたのは、エリックの猫かぶり声だった。


「結婚式について話しに来たんだが」


 彼の声に続いたのはイアンの声だ。


 彼らの声を聞いた茜は、だんだん怒りのボルテージが上がっていくのを感じていた。


 イアンとエリックとは、最近少しは仲良くなれた気がしていた。

 勿論心から信用することは出来なかったが、それでも少なからず話が通じるかもしれないと思っていたのだ。

そんな矢先に、星来たちを陥れるの話をしたがるとは。


「結婚式って……、ふざけないでよ!」


 自身を取り繕うともせず、茜は叫ぶように言った。

 二人はそんな彼女の声を聞いて、あまりの気迫に息を呑んだようだ。


「アドリアンが言ってた……、結婚式に異世界転移者たちを呼んで、星来をその式場で殺すんだって……」

「……うん」


 明らかに気落ちしたような声が聞こえる。

それでも、『二人が何を思おうが構わない』と茜は続ける。


「あんたたちはそれで良いわけ!?星来のことが好きだったっていうのは嘘なの!?」


 茜の問いに対して聞こえてきたのは、エリックのうめき声だった。


 うめき声の間に苦しそうな呼吸音も聞こえてきて、扉の向こうが見えない茜はさすがに焦る。

 何が起きているのかは分からないが、イアンがエリックを落ち着かせようと声を掛けているのが聞こえて、ここは彼に任せるしかないと思った。


 しばらくして落ち着いたのか、うめき声は聞こえなくなる。


「俺たちに自由はないんだ」


 イアンの落ち着いた声は、静かに茜へと向けられていた。


「エリック……。大丈夫なの?」

「……うん♪なんの問題もないよ!……それで、何の話だったっけ?」


 苦しんでいたことを隠そうとしているのだろうか。

明らかに様子がおかしいが、彼の兄であるイアンがこの状況を特に気にしていないように感じることから、こういった症状はよく起こることなのかもしれない。


「結婚式についてだが明後日、《聖樹の間》で実施することになった」

「は!?そんな突然……」


 あまりにも急な話についていくことが難しい。

早めに全てを終わらせたいという意思を強く感じる。


「ウェディングドレスも既に作ってあるそうだ。……お前の身体測定の結果を元にしたと言っていたな」


 星来ではなく、茜のサイズで作られたウェディングドレスがこの世界に存在するなんて。

 このことは本人が一番衝撃を受けている。


「……あんたたちも一枚噛んでたってこと?」

「なんの話だ?」


 茜は思いっきり扉を殴る。

それでどうにかなるわけではないが、何とかこの苛つきをどこかにぶつけてやりたかった。


「アドリアンが星来じゃなくて、あたしと結婚するなんて、そんなことあり得ないことだった!なのになんで……、ウェディングドレスなんか……!」


 一気に話したせいで噎せたが、すぐに続ける。


「最初からあたしを利用して、星来や異世界転移者をどうにかして殺そうとしてたってことなんじゃないの!?」

「待って待って!ルビアが何言ってるか分かんないよ〜?」

「……確かにセーラのことは……本当に残念だが、異世界転移者を殺すなんて話は聞かされていないし、お前とアドリアンが結婚すると聞いて驚いているのは俺たちも同じだ」


 茜はその言葉を聞いて黙り込んだ。

沈黙が起き、周囲の空気が一気に悪化する。


「あ、あのさ〜?……とりあえず落ち着こうよ〜!話が飛躍し過ぎ〜?」


 エリックが慌てた様子でそう言う。


「まあ、ボクもどうしてこんなことになってるのか分からないんだよね。……アドリアンに聞いたって答えてくれないしさー」

「俺たちが知る必要のないことだと判断されたんだろうな」

「なにそれ!いじわるなんだけど!」


 二人のやり取りを聞いていたら、何だか力が抜けてしまったようで、茜は軽く笑ったが、またすぐに怒った表情に戻る。


「……二人は、星来を助けたいとは思わないの?」

「そのことか……。正直な話、セーラが殺人をしていたかもしれないと聞いた時、信じたくはなかったが、どこか腑に落ちた自分もいたんだ」

「なんで!?」


 イアンが扉の向こうで深くため息をついた。

気持ちを落ち着けているのだろう。


「前学期の間は、セーラのことが誰よりも美しく見えたし、穢れない心を持っていて、理想の女性だと感じていたんだ」

「あ、それボクも!でも、今学期に入ってから、セーラの圧も怖かったし、魔獣浄化を八つ当たりのようにやってたってヴァレンティノから聞いちゃって……」

「八つ当たり……?」


 茜は初めて聞く情報に戸惑いを隠せなかった。


「……魔獣を浄化する前に、相手に対して暴力を振るったり、暴言を吐くんだって……。聞いた限りだと、とても汚い言葉とかも言ってたみたいで……、そんなに性格が悪かったって知ってたら、好きにならなかったなって幻滅しちゃったんだよね……」


 知る限り、現実世界にいた頃の星来は、そんなことをするような人間ではなかった。


しかし、アドリアンに嫌われる可能性に怯え、精神的に追い込まれてしまった結果、両親から言われたりやられてきたことを、他人に対して行うようになったのかもしれない。


 彼女は自業自得で、確実に愛してくれていた人たちにすら見捨てられる状況になってしまっている。


 茜は今学期に入ってすぐの星来が、とても親切にしてくれたことを覚えていた。

普通に話をしようとしてくれていたとも思う。


 アドリアンへの愛が、彼女を完全に狂わせた。


「星来は、本当はそんな子じゃない……」

「何でルビアはそんなにセーラのことを好きでいられるの?」


 エリックのもっともな質問に、茜は少しだけ微笑んだ。


「馬鹿なあたしと、ずっと一緒に居てくれたから」


 魔獣化がバレてしまった今、もうルビアとして語る必要は無かった。


 結海茜は、自分が馬鹿でどうしようもない人間だと分かっていたし、そのせいで他人から嫌がられていた時期もあった。


 星来だけはそんな時でも、呆れつつも、傍に居てくれた。


 だからこそどこに行っても、新しいところに行っても、困ったときには清沢星来がいるから、そこに帰れば大丈夫だから。

そう思って新しいコミュニティを形成してこられたのだ。


 他人からすればよくある話かもしれないし、帰る場所は星来でなくてもいいと思われるだろう。


 それでも、茜は星来が良かった。星来じゃなきゃダメだった。

だからこうして追いかけてきてまで、彼女を救おうと奔走しているのだ。


「……明日、異世界転移者たちが学園に到着する」

「仲いいんでしょ?連れてきてあげようか」


 これは彼らなりの手助けなのだろう。


「うん。お願い」


 茜は素直にそう答えた。


 この機会を逃したら、聖樹を破壊することは叶わないだろう。

何とか仲間たちに、聖樹の弱点を伝えなければ。


 茜はそう、自分を奮い立たせるのだった。

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