金色の瞳は語らない
とき
第一章 第二螺旋 召喚された人、その地に生きる人
第1話 壇上の声
帰り道を忘れた夢を見た。
目が覚めても、道はどこにもなかった。
起きると消えてしまうような夢じゃない。もう二度と戻れない、と告げる夢。いまでも、なぜか鮮やかだ。
私はどうして、帰ることも、ここで生きることも選べなかったんだろう。
朝からずっと考えていたけど、答えはどこにも落ちていない。
沈黙は、きっとYESなんだろう――そんな気がした。
いま私は船の上にいる。昼はもう過ぎた。
腹を叩く波のリズムと、縄にしみた塩と樹脂の匂いが喉を刺す。吐き気は、体育座りでうずくまると少しだけ遠のいた。
――その前に。
段の上の誰かが、乾いた声で宣言していた。耳ではなく意味だけが頭に落ちてくる。
「召喚——」「住む場所も仕事も与える」「生き残るには——」
笑う人はいない。焦点の合わない目だけが並び、風の向きすら止まって見えた。たぶん、私も同じ顔で立っていた。
港に着く。
荷を担ぐ兵士、値を張る商人、笑いと小さな喧嘩。
地面が生きていると初めて思った。
「すぐ慣れるよ!」
焦げ茶の髪が陽をはじく。
船で話したあの人――カリーネさんが笑って手を振る
胸の重さが、指一本ぶんだけ軽くなる。
砦は、思っていたよりずっと広かった。
門をくぐると空気がひんやりと変わる。
石畳を踏むたび靴底が乾いた音を返す。
――カン、カン。
干し草とパンの香り、車輪の軋む音、叱られる少年の泣き声。
生活の匂いが壁に張りついている。
なのに、一歩ごとに金属音が風で鈍く鳴る。
優しさと恐ろしさが同じ空気に溶けて、どちらの温度が本当なのか分からない。
「ここ、あなたの部屋ね」
案内されたのは一人部屋だった。
思いがけない静けさに肩の力が抜ける。寝台、木の棚、壺の水。
窓の外では旗が重たげに揺れていた。
寝る前、ふと気づく。自分の声が、自分の言葉じゃない。
頭の中で思った言葉と、口からこぼれた音が違う。なのに意味は、ちゃんと分かる。
鳥肌が立った。――この世界が、私の中に入りはじめてる。
逃げ道が、ゆっくり閉じていくみたいに。
翌朝、声が響く。
「おーい、着るものをくばるぞー!」
干した草みたいな香りの束が、兵士の腕から次々と配られていく。
淡い灰緑。光を吸うような光沢。糸のような蔓が織り込まれ、布なのにどこか生き物の皮に似ている。不思議な湿りが指に残った。
私は受け取った束を胸に抱きしめる。――これが、私の“服”。誰の許可もいらない、私のための服。
着替え終えて、水桶をのぞく。水面が震え、映る顔がすこし歪む。
知らない人みたい。でも、それが“いまの私”なんだと思った。ここで、生きるしかない。
顔を上げたとき、目が合った。
少し離れた場所に、若い男の人が立っていた。白銀の髪、金色の瞳。
他の兵士たちが忙しく動く中で、彼だけが時間の外に立っているみたいだった。
槍も持たず、ただ遠くを見ている。風が髪を撫でるたび、月のない夜の光がそこにだけ降りるようだ。
――この人、いつからここにいたんだろう。私、周りを見ていなかったのかもしれない。
鎧の擦れる音、誰かの足音、鳥の鳴き声。
彼は静かにまぶたを伏せ、また顔を上げた。その眼差しは、この世界のどこでもない“どこか”を見ている。
胸の奥がきゅっとなる。怖いわけじゃない。でも、触れたら戻れなくなる予感だけが冷たく光った。
「午後は広場に。砦の流儀を学んでもらう」
赤い髪の男――シグヴァルドの声が届く。名前を覚えようと頭の中で何度か転がす。
砦は戦う場所で、生活の場所で、そして名を与える場所なのかもしれない。
水桶の水が、陽で細かくゆれる。私は息を整えた。
ここに足跡を残せるだろうか。いなくても困らない人で、また終わらないだろうか。
答えは、まだない。けれど足は前に出る。
沈黙は、きっとYES。
そう言い聞かせて、私は広場へ向かった。
――そして、この日の終わりに再び彼を見ることになる。
私の運命を、静かに変えてしまう人を。
あとがき
初投稿です、今後ともよろしくお願いします。
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