『第二話-完璧な旅行計画-』−10
布に包んで箱に大事にしまって、俺たちは山を降っていく。と言っても、川に沿って歩くだけで、まだ時間に余裕はある。
空を見ると少しずつ、雲が暗くなっていく。天気が悪くなるとまずい。野営装備もないから、早く麓まで行きたい。
「けど、魔力がほとんどないなんてすごいですよ。聞いたことないです」
「俺も知らないよ。これも記憶喪失のせいかな?」
「うーん。せっかくだから、マリーン先生に聞いてみますか。あ、でもラナが実験動物にされたら困っちゃいますね」
「ええーそんな怖い人なの? 実験動物にされるのは嫌だけど、これでマリーン先生が助かるならまあいっか」
「冗談ですよ。魔法使いにそんな変な人は……あんまりいません」
ローラの間を考えると、少しは人すら実験動物にする変な人がいるらしい。
けど、誰かを助けるというのは気分がいい。
不謹慎だけど、他に困っている人はいないか、なんて考えたりしてしまう。
けど、目的を間違えたらダメだ。誰かを助けるのは、あくまでローラの手伝い。俺の目的はローラを守ること、そして王女の試練を乗り越えることだ。
思わず結晶をしまった箱を撫でたりしてみる。
そして、アクアガーデンで告白する。身分の壁以前に、ローラにほとんど人間扱いされてないけど、きっとなんとかなるはずだ。
「あのさ」
俺が今日の夜ごはん何にしよう、なんて気軽な会話をしようとした時だ。
いきなりローラが俺に目もくれず駆け出した。その目線の先には何があるのか。
人だ。誰かが川岸で倒れている。
瞬間、困っている人はいないか、なんてくだらないことを考えたことを後悔した。
「「大丈夫ですか!?」」
俺とローラはほとんど同時に声を上げた。
遠目から見ても、怪我をしていることは明白だ。フードで顔は見えないけど、ぐったりしているし、服がところどころ破けていて、出血している。
体形からして女性だ。ローラよりは背が高いけど、俺よりも少し低いくらい。俺たちが近づいても、何の反応もない。
ローラが女性の背中に耳を当てる。
「大丈夫です。生きてます。怪我をしてるので治療をしましょう」
「う、うん。じゃあ、俺が運ぶよ」
女性の膝の後ろと肩に手を回す。あまり揺らさないように、持ち上げる。
「ずっと思っていましたけど、ラナは力持ちですね。研究室でも私を抱き上げてくれましたし」
「あはは。そうだね、流石にローラよりはこの人の方が重い……けど……」
女性のかぶっていたフードがはらりと落ちる。
若い女性だ。それは俺と同い年だからだ。
美女というにはまだまだ子供で、美少女というには少しだけ大人びた未成熟な美しさがある少女。
背中にかかるくらいの珍しい水色の髪がひとまとめにされていた。瞳は閉じたままだけど、その瞳もまた水色であることを知っている。
「なんで……」
俺が抱きかかえている少女を知っている。それは俺が唯一、覚えている記憶。
「ソフィア……」
幼馴染みの名前を呼んだ時、胸の中にちくりとした痛みと、じんわりとしたあたたかさが広がる。その感情の名前はわからないけど、とにかく懐かしいと感じた。
「……お知り合い、ですか?」
俺はローラの呼びかけに答えることもできない。
そして、俺の不安を募らせるかのようにしとしとと雨が降りはじめる。
ソフィアの頬を伝う雨粒は彼女が流したことのないはずの涙のように見えた。
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