『第一話-女神との出会い-』-6

□□□ 0日目(夜) エーテル王国 魔法都市アルカーナ



 丘の上で誓った思いは消えない。俺のローラを守ろうという思いは真剣そのものだ。


 だけど、ローラともっと仲良くなりたいという下心だったって充分に真剣だ。


 俺たちは王都から二番目に近い街であるアルカーナに来ると、一泊過ごすホテルに向かう前に食事をすることにした。


 一緒にご飯を食べるというのは親睦を深める上でも、生きる上でも必須である。しかも、その相手が可愛い女の子であるなんて、幸せこの上ない。


「なに食べようか?」


 自分でもずいぶんと声が楽しそうだなと思うけど、二人でメニューをを決める時間はとても楽しい。


 小さなレストランで料理は四種類しかないけど、俺はローラと違うメニューを選ぶとすでに決めている。


 なぜなら自然と、そっちの料理も美味しそうだね、と言って一口交換することができるからだ。恋愛の知識は何もないが、こういう小さな積み重ねが深い絆になっていくに違いない。


「私は決まりましたよ」


「お、じゃあ、注文しようか。すみませーん」


 俺が大きな声で手を上げると、女性の店員がにこやかに近づいてきた。


「はーい。ご注文はいかがですか?」


「ローラから、先にどうぞ」


 ここまでは俺の思っていた通りの展開だ。


「はい。えーっと」


 ローラはメニューを店員さんに掲げて笑顔で言った。


「こちらに書いてあるお食事を全部くださいな」


「「…………」」


 俺と店員さんだけではない。会話を聞いていた周囲も固まって俺たちを見ている。きっと全員が同じことを考えて、お互いに目配せしあう。


 引き攣った顔のまま、店員さんが冗談じゃないかと、何度も確認をする。


「ぜ、全部ですか? えっと……シチューとオムレツとリゾットとハンバーグ、四種類全部ですか?」


「はい、お願いいたします」


 ローラはにこやかに首をかしげて店員に注文を念押しする。


「うち、けっこう量があってですね。ここに量が書いてあるんですが……」


「はい。ちゃんと見ました。それで、これだけですと、少し足りないので、食後にこちらのアイスクリームをください。これも全部です」


 そう言って三種類のアイスクリームのフレーバーが書かれたメニューを指差す。


「えっ……えぇー。えーっと……」


 おずおずと店員さんは俺を見てくる。


 もしかしたらローラはとても食べるのが好きなのかもしれない。だけど、王宮育ちでレストランで出る料理の量がわかっていない可能性はある。


 豪華な食事を少しイメージしてみると、大きな皿にちょこんと小さな魚や肉が載せられている。もしかしたら、ローラはそれと勘違いしているかもしれない。


「た、食べきれなかったら俺が食べるんで」


 俺は店員さんにこっそり耳打ちして、水だけ頼むことにした。


 流石に四人前の料理は多い気がするけど、幸い俺は空腹だし頑張れば食べ切れるだろう。それに四種類もあれば必然的に分け合う形になるから、意図せずして俺の思惑通りになっている。


「あまりお腹空いていないんですか?」


「う、うん。記憶喪失のせいかなー。あはは」


「うふふ。でも、楽しみですねー。私、レストランでお食事をするのなんて初めてです」


「そうなんだー。そういえば、ローラって、いつから旅をしてるの?」


 すっかり舞い上がって、状況確認をしていないことを思い出した。周りに人がいるから、気を使わなくても、答えられるように当たり障りのない情報から入る。


 俺は一口水を飲んだ。


「今朝ですよ」


 吹き出さないように努力した結果、器官に入り盛大にむせてしまった。


 周りの客からは怪訝な目を向けられるが、仕方ない。


「そ、そうなんだ……」


 冷静になって考えると、王都とアルカーナは歩いて半日もかからない距離だ。ローラが王都の近くの森にいたということは、本当に今朝出発したということだろう。


 だが、そうなるとローラはほとんど旅をしていないことになる。急に不安になってきてしまった。


 しかし、旅の初日に出会えるなんて幸運この上ない。いきなり、野盗に襲われているし、レストランで大量のご飯を注文するしで、俺がいなかったらどうなっていたことかと思う。


「お待たせしましたー。野菜シチューと特製オムレツ、きのこリゾットと特大ハンバーグでございます」


 改めて、何も注文しなくて良かったと安堵した。


 テーブルの上に所狭しと並んだ料理。大きな皿にがっつりと盛り付けられていて、俺でも少し唖然とする量だ。


 そういえば、アルカーナには大きな学校があるから、学生向けのボリュームということなのだろう。


「あの、ローラ。無理しないで……」


「……美味しそうです」


 俺の言葉などまるで聞こえていない。ローラは両手を組んで、目を輝かせつつも、うっとりとした表情で料理を眺めている。


「すっごく美味しそうですね。いただきます」


 両手を合わせて静かにローラの食事が始まった。


 綺麗な所作でシチューを掬って口元に運ぶと、スプーンの上のシチューが桜色の唇に吸い込まれていく。


 閉じた口の奥、両頬が小さく揺れ、味を堪能しているのだろう。


 ただ、女の子が食事をしているだけの光景になぜか見とれていた。それは俺だけでなく、周囲の客や店員も含めて、動きを止めてしまっている。


 ローラはゆっくりと目を開いて、小さく呟く。


「大変美味しゅうございます」


 その声のせいなのか、周囲の客がなぜかシチューを追加で注文し出した。


 俺はただただぼーっとローラが食べるところを見ている。


「こちらも美味しゅうございます」


 今度はオムレツ、リゾットとローラは次々と頬に手を当てながら、料理を丁寧に口に運ぶ。


 並んだ料理が次々とかさを減らしていく。この細い体のどこに、こんな量の食べ物が入るのだろうか。


「す、すごい食べるんだね……」


「え? そうですか。今日は少し控えめにしていますよ。この後、湯浴みをして明日に備えて早く寝なければいけませんし」


「ふ、ふーん。ひ、控えめなんだね……そっか……」


 では、本気でローラがご飯を食べるとどれだけの量が必要になるんだろう。これから二人で旅をしていくというのに、携行食料や川で釣った魚で足りるんだろうか。よくよく考えればあのカバンの中にはいったい何が入っているんだろう。


 気づけばテーブルも口元も汚さず、ローラは大皿の料理四つと、デザートのアイスクリーム三つを見事に完食した。俺はその様子をまじまじと見ているだけだった。


 そういえば、ローラは魔法使いだ。魔法使いは魔法を使うとお腹が空いたり、眠くなったりするから、その影響なのだろうか。


 いや、俺も魔法は使えるわけだけど、どれだけ魔法を使っても、これほどの量を食べられる気がしない。


 自分よりもよく食べる女の子、意外性があって可愛い。たくさん食べる様子を見られて特に恥ずかしがる様子もないから、ローラにとってはこれが普通なんだろう。もしかしたら、王族というのはそもそも大食いの人が多いのだろうか。


 結局、俺はせっかくのローラとの初ディナーを空腹という形で終えることとなった。

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