第10話

「うおおおおおっ!」


 キメラ・キングの咆哮が天衝山の山頂を揺るがした。

 三つの竜の頭から放たれる属性ブレスはまさしく天災。

 炎が岩を溶かし氷が大地を凍らせ雷が空気を引き裂く。

 俺たちは咄嗟に散開し直撃を避けるのがやっとだった。


「なんてデタラメな怪物だい!」


 リナが瓦礫の陰から叫ぶ。

 その頬には軽い火傷の跡が残っていた。

 俺の作った耐熱性のマントがなければ今頃黒焦げになっていただろう。


「再生能力も極めて高いようです! 私の魔法で与えた傷がすぐに塞がっていきます!」


 雫も苦々しげに報告する。

 彼女の放つ氷の槍は確かにキメラの鱗を貫く。だがその傷は数秒も経たないうちに完全に再生してしまうのだ。

 鉱山のキメラと同じく組織の邪悪な魔術によって超常的な再生能力を与えられているのだろう。


「攻防共に隙がない。正面からのぶつかり合いは愚策だな」


 サラマンダが冷静に戦況を分析する。

 彼女は竜の盾を構えブレスの余波から身を守っていた。

 その盾にはいくつかの亀裂が入っている。あの伝説級の防具ですらキメラの攻撃を完全に防ぎきれないのだ。


 俺は【千里眼】でキメラ・キングの構造を解析していた。

 その内部構造は鉱山のキメラ以上に複雑で歪だった。

 複数の生命体の魂と魔術回路がぐちゃぐちゃに絡み合い一つの巨大なエネルギー炉を形成している。

 弱点と呼べるような明確な部位は見当たらない。

 まさに最強の合成獣。橘の最高傑作と豪語するだけのことはある。


 だが。


(……いや。一つだけある。あまりにも歪すぎるが故の『矛盾』が)


 俺の目はキメラの体内で渦巻くエネルギーの流れの中に一つの不自然な点を見つけていた。

 炎氷雷。三つの異なる属性の魔力が一つの体の中でせめぎ合っている。

 橘はそれらを強引に一つの核で制御しているようだがそのバランスは極めて不安定だった。

 まるでいつ噴火してもおかしくない火山のように。


(あの核を刺激すればあるいは内部から自壊させられるかもしれない。でもどうやって?)


 核はキメラの分厚い装甲と再生能力に守られている。

 並の攻撃では届く前に弾かれるか再生されてしまうだろう。

 必要なのは一点集中。そして再生速度を上回るほどの超々的な破壊力。

 シルヴァの『光芒一閃』のような一撃があれば。

 だが今の俺たちにそんな手段はない。


「翔琉! いつまで考え込んでるんだい! 何か手はねえのか!」


 リナの悲鳴が俺を現実に引き戻した。

 見るとサラマンダが獅子の頭に噛みつかれリナが蛇の尾に叩きつけられていた。

 雫もブレスの猛攻を防ぐので手一杯だ。

 このままでは全滅も時間の問題。


 俺は覚悟を決めた。

 賭けだ。だがこれしかない。


「三人とも聞いてくれ! 俺にありったけの魔力を集めてくれ!」


 俺はインカムを通して叫んだ。


「魔力を!? どうするんだい!」


「俺のスキルで新しい武器を作る! こいつを貫けるだけの最強の一撃を放てる武器を!」


 俺の無謀な提案に仲間たちは一瞬息を呑んだ。

 戦闘の真っ最中に装備を開発するなど前代未聞。狂気の沙汰だ。

 だが彼女たちは俺を信じてくれた。


「……分かったわ。翔琉に私たちの全てを賭ける!」


 サラマンダが叫ぶ。


「翔琉! 受け取って!」


 雫が杖を天に掲げると彼女の魔力が光の奔流となって俺の元へと注がれてきた。

 リナもサラマンダも傷ついた体に鞭打ち最後の力を振り絞って俺に魔力を送ってくれる。


「うおおおおおっ!」


 三人の膨大な魔力が俺の体に流れ込みその許容量を超えて溢れ出す。

 体中の血管が張り裂けそうだ。

 だが俺は歯を食いしばってそれに耐えた。


 そしてアイテムポーチからありったけの素材を取り出し宙に放り投げる。

 国王陛下に賜った国宝級の金属オリハルコン。

 エンシェントドラゴンからもらった鱗。

 そしてこれまで俺たちが旅の中で集めてきた数々の希少な素材たち。

 それらが仲間たちの魔力と混じり合い俺のスキルによって一つの形を成していく。


 俺がイメージしたのは『弓』。

 物理的な最強ではなく概念的な最強を貫くための武器。

 三つの属性がせめぎ合うキメラの核。その矛盾を突き崩すことができるのはそれら全ての属性を束ねそして超越する力。

 つまり『無』の属性。


【アイテム・リマスター】の光が山頂全体を覆い尽くす。

 光の中で素材たちが分解され再構築されていく。

 俺は自分の魂の一部すらその弓に注ぎ込んだ。

 これはもはやただの武器ではない。

 俺と仲間たちの絆そのものだ。


 やがて光が収束し俺の手に一つの長大な弓が握られていた。

 それは夜空の星々を溶かして固めたような美しい白銀の弓だった。

 弦は張られていない。矢もない。

 だが俺がそれを構えると俺自身の魂が矢となって弓につがえられた。


流星弓メテオ・ボウ

 ランク:EX

 効果:

 ・所有者の魂を矢として放つ

 ・あらゆる障壁防御を貫通する

 ・因果律に干渉し対象を根源から消滅させる

 ・使用時所有者の生命力を大きく消耗する


 EXランク。

 規格外の武器がここに誕生した。

 その代償は俺の命。


「……翔琉! その武器は!」


 雫がその弓の持つ尋常ならざる力に気づき悲痛な声を上げる。


「心配するな。ちょっと疲れるだけだ」


 俺は無理に笑ってみせた。

 そして弓をキメラ・キングに向かって引き絞る。

 俺の魂が輝く光の矢となり弓に番えられた。

【千里眼】でキメラの核の動きを完璧に捉える。

 炎氷雷の力が最も不安定になるその一瞬。


「――消えろ」


 俺は静かに呟き矢を放った。

 放たれた光の矢は時間も空間も超越したかのように見えた。

 キメラが放つブレスもその頑強な装甲も全てを『無かったこと』にするかのようにすり抜けていく。

 そして。

 光の矢はキメラの胸の中心その歪な核を正確に貫いた。


「グル……ォ……?」


 キメラは自分が攻撃されたことすら理解できていないようだった。

 だがその体は内側から静かに崩壊を始めていた。

 三つの属性のバランスが完全に崩れ暴走したエネルギーがその体を内側から焼き尽くしていく。

 再生能力も意味をなさない。

 なぜならそれは根源からの『消滅』だからだ。


 キメラ・キングは断末魔の叫びを上げることすらなく光の粒子となって霧散していった。

 後に残されたのは静寂とそして力なくその場に膝をつく俺の姿だけだった。


「翔琉!」


 仲間たちが駆け寄ってくる。

 俺は弓を手放しその場に倒れ込んだ。

 視界が霞み意識が遠のいていく。

 生命力を使いすぎた。

 このままでは本当に死んでしまうかもしれない。


(……ああ。でも。これで……みんなを……守れた……)


 俺が安堵と共に意識を手放そうとしたその時。

 俺の体に温かい光が注ぎ込まれた。

 それはザルカン族長にもらったエンシェントドラゴンの鱗のお守りだった。

 お守りが俺の魂と共鳴し失われた生命力をゆっくりと回復させてくれているのだ。


「……助かった……のか」


 俺はかろうじて意識を繋ぎ止めた。

 だがもう指一本動かすことはできない。

 仲間たちが涙ながらに俺の名前を呼んでいる。


 その時だった。

 俺たちの頭上にあったエルドラシアへと続く光の道がゆっくりと閉じていくのが見えた。

 祭壇にはめ込まれた『竜の涙』の力が尽きかけているのだ。


「まずい! このままじゃ橘たちを追えない!」


 リナが叫ぶ。

 だが今の俺たちにもはや戦う力は残されていない。

 万事休すか。


 そう思った瞬間。

 山頂に新たな光が差し込んだ。

 それは光の道とは違う。

 空を駆ける巨大な船――飛空艇の光だった。

 その船首には見覚えのある紋章が掲げられている。

 王家の紋章。そしてヴァレンシュタイン家の紋章。


「……遅いぜ。ヒーローはいつも遅れてやってくるってか」


 俺は薄れゆく意識の中でにやりと笑った。

 飛空艇の甲板には白銀の甲冑をまとった友の姿が見えた。

 シルヴァ・フォン・ヴァレンシュタイン。

 彼が王国の騎士団を率いて俺たちの元へと駆けつけてくれたのだ。

 俺たちの反撃はまだ終わらない。

 本当の戦いはここから始まるのだ。

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