2章 Dランク昇格と、新たな出会い
第1話
鉱石ゴーレムを討伐してから、数日が過ぎた。
俺と雫は、探索者協会の一室で、テーブルを挟んで職員と向かい合っていた。
部屋には、緊張した空気が漂っている。俺たちの前に座っているのは、先日換金カウンターで対応してくれた若い職員ではなく、協会の支部長だという、厳つい顔つきの中年男性だった。
「――単刀直入に言おう。君たち二人を、Dランク探索者に特例昇格させたい」
支部長の口から放たれた言葉に、俺は思わず耳を疑った。
「Dランク……ですか? 俺たちを?」
探索者のランクは、協会の定めた規定に基づき、ダンジョン攻略の実績や討伐したモンスターの数などに応じて、厳格に決定される。FランクからEランクに上がるだけでも、通常は数ヶ月の実績が必要だ。それを一足飛びに、Dランクへ? ありえない話だった。
「無論、冗談で言っているわけではない。君たちの功績は、それに値すると判断した」
支部長は、手元の資料に目を落とす。
「氷室雫君。君は、登録上はFランクだが、その実力はAランクにも匹敵すると、先日君たちが救助したパーティ『クリムゾン・ブレイド』から報告が上がっている。Eランクダンジョンのモンスターを、ほぼ無傷で、しかも短時間で殲滅。隠しボスであった鉱石ゴーレムの討伐。これは、特例昇格に十分値する」
まあ、雫に関しては納得だ。彼女の実力は、俺が一番よく知っている。
問題は、俺の方だった。
「そして、神崎翔琉君」
支部長の鋭い視線が、俺に向けられる。ごくり、と喉が鳴った。
「君は、Fランクの生産職でありながら、的確な戦術分析と指示によって、氷室君の戦闘を完全にサポートした。これも、『クリムゾン・ブレイド』のリーダーからの証言だ。『彼の“目”がなければ、我々も、そして彼女も、あのダンジョンから生きては帰れなかっただろう』とな」
「……!」
あの時の男が、俺たちのことをそこまで詳細に報告してくれていたとは、驚きだった。
「我々協会は、探索者の戦闘能力だけを評価するわけではない。生産職のサポート能力、パーティの司令塔としての戦術眼も、ランク査定の重要な要素だ。君たち二人は、互いの能力を完璧に補い合う、理想的なパーティ(デュオ)と言える。よって、二人揃ってのDランク昇格を、本部も承認した」
支部長はそう言うと、二枚の新しい探索者証をテーブルの上に滑らせた。
銀色に輝くプレートには、俺と雫の名前、そして、確かに『Dランク』の文字が刻まれている。
「……いいんですか? 俺なんかが、本当に」
まだ、信じられなかった。
クランでは、ゴミだと罵られ、存在価値すらないと切り捨てられた俺が、Dランク探索者? まるで、夢でも見ているかのようだ。
そんな俺の不安を見透かしたように、隣に座っていた雫が、テーブルの下で、俺の手をそっと握った。
「当然の結果だ。君は、それに値するだけのことをした」
その小さな手の温かさと、力強い言葉に、俺の心のもやは、すっと晴れていった。
そうだ。これは、俺たちが、二人で勝ち取った結果なんだ。
「……ありがとうございます。謹んで、お受けいたします」
俺は、意を決してそう言うと、新しい探索者証を手に取った。
ずしりとした重みが、これからの責任と、そして未来への期待を、俺に伝えているようだった。
◇
「いやー、まさか一足飛びにDランクとはな! これで、俺たちも中堅探索者の仲間入りだ!」
協会からの帰り道、俺は新しい探索者証を何度も眺めながら、興奮気味に言った。
Dランクになれば、受けられるクエストの幅も広がり、報酬も格段に上がる。何より、社会的な信用が違う。これで、もう誰からも「Fランクのゴミ」などと蔑まれることはないだろう。
「浮かれすぎるな、翔琉。ランクが上がれば、それだけ危険も増す。気を引き締めろ」
「分かってるって。でも、今日くらいは喜ばせてくれよ」
雫は呆れたように言いながらも、その口元は、かすかに緩んでいるように見えた。彼女も、俺と同じように、この結果を喜んでくれているのだろう。
「それで、これからどうする? Dランクになったことだし、早速、新しいダンジョンにでも挑戦してみるか?」
俺がそう提案すると、雫は少し考え込むように、顎に手を当てた。
「……いや、その前に、一つ解決しておきたい問題がある」
「問題?」
「私たちのパーティの、弱点だ」
雫の真剣な言葉に、俺は浮かれていた気分を切り替える。
「弱点……? 何かあったか?」
「今日のゴーレム戦で、はっきりした。私は、魔法攻撃に特化しすぎている。魔法耐性の高い敵や、物理的なギミックに対して、あまりにも無力だ」
確かに、今日の戦いは、俺の分析と戦術がなければ、どうなっていたか分からなかった。
「そして、君は最高の司令塔だが、君自身は戦闘能力を持たない。私が敵に足止めされている間に、もし君が奇襲を受けたら……私たちは、そこで終わりだ」
雫の指摘は、的確だった。
俺たちのコンビは、お互いが完璧に機能している間は、格上の相手にも対抗できる。だが、そのどちらかが欠けてしまえば、驚くほど脆い。
「つまり、俺たちには、もう一人仲間が必要だ、ということか?」
「そうだ。私たちの間に入って、敵の攻撃を引きつけ、物理的な障害を破壊してくれる……屈強な『前衛』が」
前衛。パーティの盾となり、剣となる存在。
それは、俺たちのパーティに、絶対的に足りていないピースだった。
「でも、どこで探せばいいんだ? 俺たち、探索者の知り合いなんて、ほとんどいないぞ」
「心当たりが、なくもない」
雫はそう言うと、懐から一枚の古いメモを取り出した。
「先日、祖父の店の資料を整理していて、見つけたものだ。祖父が懇意にしていた、腕利きの鍛冶職人の連絡先らしい」
「鍛冶職人? それが、前衛と何の関係があるんだ?」
「優れた鍛冶職人の元には、優れた武器を求める、腕利きの戦士が集まる。違うか?」
なるほど、と俺は思った。
確かに、一理ある。
「その鍛冶職人に会って、誰か有望な前衛を紹介してもらえないか、頼んでみるつもりだ。もちろん、ただ頼むだけでは、相手にされないだろうが……」
雫は、そこで言葉を切ると、意味ありげな視線を俺に向けた。
その視線が何を意味しているのか、俺にはすぐに分かった。
「……なるほど。俺の『スキル』が、交渉材料になる、と」
「その通りだ。君のリマスター技術は、どんな名工の技術よりも価値がある。それを見せれば、頑固な職人も、話くらいは聞いてくれるはずだ」
俺のスキルが、新たな仲間を引き寄せるための鍵になる。
そう考えただけで、胸が熱くなった。
「分かった。行ってみよう、その鍛冶屋に。俺たちの、三人目の仲間を探しに!」
俺が力強く言うと、雫は満足そうに頷いた。
こうして、俺たちの新たな目標が決まった。
それは、Dランクダンジョンの攻略でも、新たな装備の開発でもない。
俺たちの背中を預けられる、信頼できる仲間を見つけ出すこと。
その出会いが、すぐそこに待っていることを、この時の俺たちは、まだ知らなかった。
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